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14.過去と始まり①
しおりを挟むノアは旧ロゴニスタ王国の北の国境付近の小さな村の孤児院で育った。
赤子の頃に孤児院の前に置かれていたそうだ。
その村は誰もが優しく孤児院の仲間もいたので、ノアは捨てられたことになぜと思うことはあってもそう悲観していなかった。
孤児たちが城と呼んでいた孤児院での生活は、非常に穏やかな時間が流れていた。
居場所があるということがどれだけ幼い子供にとって大事なことなのか、大人になったノアは身をもって実感していた。
だから、いつしか自分だけの家を持つのが夢だった。
必ず帰る場所がある。たとえ家族を持つことができなくても、心を許せる人に出会えて過ごせたらそれだけで幸せだろうと思っていた。
だが、穏やかな日常は十二年前のダンジョンの氾濫により崩壊した。
住んでいた村は魔物に襲われ、兄弟姉妹のように慕い可愛がっていた孤児院の仲間たちや院長を目の前で殺され建物は壊滅した。
押し寄せてくる魔物の大群に周囲を気にかける余裕もなく、ノアもオークに襲われたが運よく崩れた瓦礫がオークの頭に直撃したため動きが止まったその隙に逃げおおせることができた。
幸運にもノアはランドルフに拾われこうして王都で仕事にありつけているが、生き延びた人たちがどうなったかわからないままだ。
災いには太刀打ちできない。あれほど無力さを感じたことはなかった。
――でも、こうして生活できている。
あの村ではほとんどの者が命を落とし、最後を確認することができないほど荒れ果てた。
想像もしなかった唐突な別れと残虐な光景はこびりつき苦しいほどの悲しみを抱えたが、ランドルフに出会い生きていくすべを身に付けることができたのは幸運だった。
だからこそ、黄昏の獅子があちこちの辺境のダンジョンを攻略し、その災いを減らすために動く彼らの活躍を聞くたびに胸が温まる思いだった。
勝手に親しみを覚え、応援していた冒険者の一人と関係を持つことになるとは思わなかったがそれも何かの縁だ。
多くを望まない。
健康で衣食住があるだけで素晴らしい。そう思って日々を生活していた。
◇
一緒に過ごした彼らと丘に駆け上がる。
そこには大きなリンゴの木がなっていて、実がなる時期になると毎年自分がもぎとったリンゴの大きさを比べ競っていた。
手に取ったリンゴを見せ合い誰が一番かを決めために囲んで見せ合うが、これがなかなか決まらない。
最後は果硬の太さと長さまのことまで持ち出し口論になった。
結局、あれこれ言い合ってそれぞれが譲らないまま決着が付かず、もういいかと皆で笑い合うと噛り付いた。
しゃくっと噛むと果実が口の中を広がるはずなのに味がしない、そう思ったところでノアはふっと目を開けた。まだ外は暗い。
とても懐かしい夢を見ていたようだ。
ダンジョンの氾濫が起こる前ののどかな村での生活。
今思えば少し不思議な村で、辺境なのに孤児院には子供がとても多かった。一時的に預けられる子も多く、孤児院育ちだが村全体が自分たちを見守り家族のようだった。
王都に来て孤児院をいくつか巡ってみたけれど、あの村の孤児院の在り方は珍しく特殊だということがはっきりとわかった。
院長も亡くなり生存者も散り散りになった今では話を聞くことはできないが、特別な事情があってもなくてもノアは過ごした時間は変らない。
受け入れてくれたこと、誰もが家族のように接してくれたことに感謝していた。
ふぅっと大きく息をつき、暖を求めるようにノアに抱き着いているブラムウェルを見た。
一度抜け出したはずだが、やっぱり引き寄せられたようだ。
そのおかげか、過去を思い出しても生々しい魔物が襲ってくる場面がなかったのは久しぶりだ。
まじまじと見つめていると、ノアの視線を感じたのかブラムウェルが目を覚ました。
暗い中だと一層輝きを見せる双眸がノアを捉え、眼前で目じりが緩んでいく。
「ノア。もう起きたの?」
自然な動作でノアの頭に鼻を埋め、寝起きのかすれた声が耳朶をくすぐる。
「ごめん。起こした?」
「いや。大丈夫。このまままた寝る?」
暗闇に慣れた目で時刻を確認すると、あと一時間ほどで日が昇る。
すりすりと甘えるように鼻をすりつけ、足も絡められた。完全に身体の自由を奪われる。
「ちょ、重いのだけど」
「重くしてるからね」
顔をのぞき込まれ、そこでごく自然に表情を和らげたブラムウェルに胸がきゅんとなった。
警戒も何もない、人に滅多に見せないであろう特別な姿になんだか落ち着いていられない。昨夜のことがあったからなおさらだ。
「どうしたの?」
「家だからかな? ノアが自然体だなと思って。些細なこのやり取りが嬉しい」
ちょっとどぎまぎしていることを隠しながら訊ねると、穏やかに目を細められじっと顔を見つめられる。
本当に嬉しそうなその表情に目を奪われていると、ふっと目の前が翳った。
一瞬のことだった。
あまりにも一瞬すぎて騒ぎ立てるのもどうかというレベルのキスに、ノアは目を見開く。
「あっ、無意識だった。許可なくごめん」
本人もしてしまったことを驚いているようで、ぱちぱちと目を瞬いた。
だけど、その後もじっとノアの唇を見つめていっこうに視線を離さない。
「ああ~。これくらいいいよ」
じわじわと頬が熱くなる。
昨夜はなんともなかったのに、無意識というのも、見つめる眼差しもあまり深く考えるとドツボにはまりそうだ。
ノアは気持ちを切り替えて、ごそごそと起き上がった。
寝ててもいいのに、ブラムウェルも一緒になって身体を起こす。
「目が覚めたしシャワーを浴びるね」
「一緒に入る?」
「入らないから」
冗談を言うブラムウェルのおでこをぺしっと叩くと、嬉しそうにされる。
なんかいろいろ気恥ずかしくて、ノアはそそくさとバスルームに逃げた。
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