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4.レイナ・ディートンは消えていた
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リチャード先生はレイナが転校してきた二週間後ぐらいにやって来た人で、そもそも僕らの小学校には副担任なんていないのが普通だったから、何事だろうとちょっぴり話題になった。ふたを開けてみれば答は単純。校長先生の遠い親戚で、仕事にあぶれたため、臨時教員としての採用とのことだった。教え方は喋りが固いけど、親切丁寧で分かり易い。
「リチャード先生がどうして」
ドアを開けると、先生は機敏な動作ですっと近寄ってきて「事情は聞いている。まず、君の体調だが、大丈夫かい?」と尋ねてきた。
「僕のことは大丈夫だから、レイナを。レイナ・ディートンがいなくなっちゃった! 探して見付けて!」
「分かっているよ」
そのあとのことは、正直、あんまりよく覚えていない。
僕は「レイナを、レイナが」と連呼して、叫び疲れて眠ってしまったのだ。風邪がぶり返したのもあると思う。
目覚めて回復した僕に、先生と警察の人がざっと説明してくれた。
レイナ・ディートンとその母親は、どうしても避けられない急な用事ができたため、この町を離れなければならなくなった。それは真に急なことで、誰にも挨拶する余裕がなく、また可能な限り人目に付かないようにしなければならなかったという。学校で先生がみんなの前で改めてした説明でも、都合で急に引っ越さなければならなくなったと言っていた。
僕は彼女がいなくなる現場に居合わせたせいか、より詳しい事情は僕が大人になったら話そうと、約束してもらった。それまでは詮索するなとも言われた。でも、どうしても考えてしまう。
いくら無事だと言われても、あのあと彼女の姿を見ていないのだから、気になって当然だと思う。しばらくは、テレビのニュース番組やネットのニュースサイトに、“鞄詰めの子供の遺体発見さる”なんて見出しが躍らないか、注意深く探していたくらいだ。
旅行から戻った僕の父と母は、警察から説明を受け、ディートンさんを全く悪く言わなかった。普通に考えたら、病気の子供を預かっておいて勝手な理由で姿をくらますなんて無責任に過ぎる!くらいは言いそうなものなのに。ということは、僕の両親は、母娘が姿を消した背景に納得しているに違いない。
それから何年か経って、僕は、一定レベル以上の暴力的なシーンのある映像作品を観てもよい年齢に達した。つまり、人殺しや死体なんかの出てくる作品を観られるようになった僕は、割とはまった捜査物のシリーズがあって、その中のエピソードである制度のことを初めて知った。
あ、レイナが消えたのは、こういうことなのかと思った。
某政府機関の地下にある、完全な個室に通された。
今日が、かつて僕とレイナが学校で初めて顔合わせした日と同じになったのは、偶然だろう。
彼女が消えた詳しい事情を教えてもらえるのは、成人したらすぐだと思っていたが、実際にはもっと後になった。関係する裁判の判決確定を待たねばならないとか、犯罪者の仲間を完全に一掃する必要があるとか、色々と難しいらしい。
「先生、お久しぶりです」
僕は、かつて副担任だった男性に手を差し出し、握手をした。小振りな四角いテーブルを間にして、お互い着席する。
「先生の本名も、きっとリチャードではないんでしょうね?」
「そんなことを言い出すからには、もう察しは付いているという訳か。だが、あくまで他言無用に願う。君の行状を徹底的に調査した上で、こうして打ち明けることに最終的なゴーサインが出たのだから。裏切らないでもらいたい」
「分かっていますよ。ただ、一度でいいから、レイナ・ディートンと会いたいな」
「まあ、そう先走ることもなかろう。それよりも君がいつ気付いたのかが気になる。今後の参考のためにも、聞かせてもらえないか」
ジャケットのポケットに手を入れ、何やら操作する様子を見せた元リチャード先生。大方、録音かメモを取るつもりだろう。
「本当の意味で気付いたというか、そうじゃないかなと思ったのは、証人保護プログラムという制度があると知ったときだから、だいぶあとになってからですよ。ただ、思い返してみれば、それ以前、レイナと話をしているときに違和感あったなって」
「リチャード先生がどうして」
ドアを開けると、先生は機敏な動作ですっと近寄ってきて「事情は聞いている。まず、君の体調だが、大丈夫かい?」と尋ねてきた。
「僕のことは大丈夫だから、レイナを。レイナ・ディートンがいなくなっちゃった! 探して見付けて!」
「分かっているよ」
そのあとのことは、正直、あんまりよく覚えていない。
僕は「レイナを、レイナが」と連呼して、叫び疲れて眠ってしまったのだ。風邪がぶり返したのもあると思う。
目覚めて回復した僕に、先生と警察の人がざっと説明してくれた。
レイナ・ディートンとその母親は、どうしても避けられない急な用事ができたため、この町を離れなければならなくなった。それは真に急なことで、誰にも挨拶する余裕がなく、また可能な限り人目に付かないようにしなければならなかったという。学校で先生がみんなの前で改めてした説明でも、都合で急に引っ越さなければならなくなったと言っていた。
僕は彼女がいなくなる現場に居合わせたせいか、より詳しい事情は僕が大人になったら話そうと、約束してもらった。それまでは詮索するなとも言われた。でも、どうしても考えてしまう。
いくら無事だと言われても、あのあと彼女の姿を見ていないのだから、気になって当然だと思う。しばらくは、テレビのニュース番組やネットのニュースサイトに、“鞄詰めの子供の遺体発見さる”なんて見出しが躍らないか、注意深く探していたくらいだ。
旅行から戻った僕の父と母は、警察から説明を受け、ディートンさんを全く悪く言わなかった。普通に考えたら、病気の子供を預かっておいて勝手な理由で姿をくらますなんて無責任に過ぎる!くらいは言いそうなものなのに。ということは、僕の両親は、母娘が姿を消した背景に納得しているに違いない。
それから何年か経って、僕は、一定レベル以上の暴力的なシーンのある映像作品を観てもよい年齢に達した。つまり、人殺しや死体なんかの出てくる作品を観られるようになった僕は、割とはまった捜査物のシリーズがあって、その中のエピソードである制度のことを初めて知った。
あ、レイナが消えたのは、こういうことなのかと思った。
某政府機関の地下にある、完全な個室に通された。
今日が、かつて僕とレイナが学校で初めて顔合わせした日と同じになったのは、偶然だろう。
彼女が消えた詳しい事情を教えてもらえるのは、成人したらすぐだと思っていたが、実際にはもっと後になった。関係する裁判の判決確定を待たねばならないとか、犯罪者の仲間を完全に一掃する必要があるとか、色々と難しいらしい。
「先生、お久しぶりです」
僕は、かつて副担任だった男性に手を差し出し、握手をした。小振りな四角いテーブルを間にして、お互い着席する。
「先生の本名も、きっとリチャードではないんでしょうね?」
「そんなことを言い出すからには、もう察しは付いているという訳か。だが、あくまで他言無用に願う。君の行状を徹底的に調査した上で、こうして打ち明けることに最終的なゴーサインが出たのだから。裏切らないでもらいたい」
「分かっていますよ。ただ、一度でいいから、レイナ・ディートンと会いたいな」
「まあ、そう先走ることもなかろう。それよりも君がいつ気付いたのかが気になる。今後の参考のためにも、聞かせてもらえないか」
ジャケットのポケットに手を入れ、何やら操作する様子を見せた元リチャード先生。大方、録音かメモを取るつもりだろう。
「本当の意味で気付いたというか、そうじゃないかなと思ったのは、証人保護プログラムという制度があると知ったときだから、だいぶあとになってからですよ。ただ、思い返してみれば、それ以前、レイナと話をしているときに違和感あったなって」
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