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5.レイナ・ディートンはもういない
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「続けて」
「名前を呼んだとき、振り向かなかったり反応が遅かったり。あれ、本名とは違う名前をもらって暮らしていたからですよね、きっと。慣れない内は、どうしてもタイムラグが生じる」
「そうだな。ファーストネームをそのまま使ったり、響きの似た名にしたりと工夫を施すんだが、限界はある」
「あのソフト帽のセールスマン風の男性は、連絡係か巡回警備係といったところですか? 彼はレイナのお母さんを名前で呼ばずに、奥さんと呼んだ。慣れない偽名と違い、『奥さん』なら、結婚経験のある人は大抵は振り返る」
「そのつもりがあったかどうかは、本人に聞かねば分からない。残念ながら彼はもう亡くなっていてね」
「そうでしたか……。僕が気付いたこと、思い当たったことなんて、この程度のものです。要する、全てが終わったあとでないと気付けなかった」
「なるほど。よく分かった。我々のやり方で、基本的には間違いないと思える」
「それで……他に教えてもらえる事柄ってあります? レイナの本名や、どんな事件の証人になったのか、なんてのは無理なんでしょうね」
「分かっていてくれてありがたい。その辺の情報は明かせない」
「今、レイナやそのお母さんが何と名乗って、どこに暮らしているかもですか」
「……手続き上は全て終了している。偶然再会した折に思い出話に花を咲かせるくらいなら関与しない。ただ、こちらが手引きして会わせるということはできない」
「制約が多いんですね。予想はしていたけれども」
「前もって断っておくと、レイナ・ディートンなる女性を探して欲しいと探偵に調査依頼を出しても無駄だ。書類上、死亡扱いになっているのだから」
「それじゃあせめて、彼女を連れ出したときの状況を。セールスマンは当日、レイナの家に僕がいたことを知らなかったんですか」
「その点は、記録がないな」
「実は、おかしいと思った点がもう一つあるんです。あのセールスマン風の男が、レイナの家を担当する連絡係や監視役だとしたら、僕があの日の前日から来ていることくらい、掴んでいるはず。なのに、レイナを連れ出すのに随分とせっかちな方法を用いている。何て言うでしたっけ……神隠し? 一歩間違えれば神隠し騒ぎになっていましたよ、あれ」
「そうか。そこまで気が付いていたのかい」
リチャードの喋りは一段低い音量、しかもかすれた声になった。咳払いを挟んで、喉の調子を整えると、続けて言った。
「ならば、やはり真実を伝えるべきだな」
真実? そんな台詞を吐くってことは、今までの話は嘘が混じっているのだろうか?
「セールスマン風の男は、確かに君の見込んだ通り、我々の側の連絡役だった。しかし、あの問題の日の昼間、ディートン家の玄関前に現れた男は違う。別人だったのだ」
「え? で、でも、顔は同じでした」
「整形だ。元々、ベースの似ていた男にさらに整形手術を施して、そっくりにしたんだ。それくらい、ウォーラン・シンジケートにとって容易いことだったらしい」
「シンジケートって、あのとき姿を見せたセールスマン風の男は、犯罪組織の人間だったの?」
「そうなのだ。我々は奴らから母娘の存在を完全に隠したつもりでいたが、組織の人数を甘く見積もってしまっていた。そして、組織とつながりのある者が母娘を目撃するという不幸な偶然が起きた。連中はそれ以降、時間を掛けて連絡係の偽者を仕立て上げ、決行日に供えた。真向かいの家、つまり君の一家が旅行に出掛けるのを絶好のチャンスと捉えていたんだ」
「何てこと……」
うちの両親が旅行を計画したせいで、いや、僕が病気になりながら、二人を行かせようとしたせいで、犯罪組織が行動を起こした? そんな。
「奴らの計画は、娘が一人になるのを待って偽の連絡係が訪問、『君のお母さんが襲われた。ここも危ない、一刻も早い退去の指令が出た』とレイナに伝え、大きな鞄の中に隠して連れ出すというもの。レイナは連中の嘘に気付かず、大人しく従っただろう。我々は感知したが一歩遅かった」
「じゃあ、レイナはどうなった?」
「電話があった。母親に裁判で証言させないなら解放すると。だが、その判断を下す前に、事件は動いた、不慣れな土地に出張ってきた連中は、地元の小悪党と諍いを起こし、アジトに放火された。拘束されていたレイナは放置され、そのまま……」
――僕は意味不明な叫び声を発して、喚いていた。
「名前を呼んだとき、振り向かなかったり反応が遅かったり。あれ、本名とは違う名前をもらって暮らしていたからですよね、きっと。慣れない内は、どうしてもタイムラグが生じる」
「そうだな。ファーストネームをそのまま使ったり、響きの似た名にしたりと工夫を施すんだが、限界はある」
「あのソフト帽のセールスマン風の男性は、連絡係か巡回警備係といったところですか? 彼はレイナのお母さんを名前で呼ばずに、奥さんと呼んだ。慣れない偽名と違い、『奥さん』なら、結婚経験のある人は大抵は振り返る」
「そのつもりがあったかどうかは、本人に聞かねば分からない。残念ながら彼はもう亡くなっていてね」
「そうでしたか……。僕が気付いたこと、思い当たったことなんて、この程度のものです。要する、全てが終わったあとでないと気付けなかった」
「なるほど。よく分かった。我々のやり方で、基本的には間違いないと思える」
「それで……他に教えてもらえる事柄ってあります? レイナの本名や、どんな事件の証人になったのか、なんてのは無理なんでしょうね」
「分かっていてくれてありがたい。その辺の情報は明かせない」
「今、レイナやそのお母さんが何と名乗って、どこに暮らしているかもですか」
「……手続き上は全て終了している。偶然再会した折に思い出話に花を咲かせるくらいなら関与しない。ただ、こちらが手引きして会わせるということはできない」
「制約が多いんですね。予想はしていたけれども」
「前もって断っておくと、レイナ・ディートンなる女性を探して欲しいと探偵に調査依頼を出しても無駄だ。書類上、死亡扱いになっているのだから」
「それじゃあせめて、彼女を連れ出したときの状況を。セールスマンは当日、レイナの家に僕がいたことを知らなかったんですか」
「その点は、記録がないな」
「実は、おかしいと思った点がもう一つあるんです。あのセールスマン風の男が、レイナの家を担当する連絡係や監視役だとしたら、僕があの日の前日から来ていることくらい、掴んでいるはず。なのに、レイナを連れ出すのに随分とせっかちな方法を用いている。何て言うでしたっけ……神隠し? 一歩間違えれば神隠し騒ぎになっていましたよ、あれ」
「そうか。そこまで気が付いていたのかい」
リチャードの喋りは一段低い音量、しかもかすれた声になった。咳払いを挟んで、喉の調子を整えると、続けて言った。
「ならば、やはり真実を伝えるべきだな」
真実? そんな台詞を吐くってことは、今までの話は嘘が混じっているのだろうか?
「セールスマン風の男は、確かに君の見込んだ通り、我々の側の連絡役だった。しかし、あの問題の日の昼間、ディートン家の玄関前に現れた男は違う。別人だったのだ」
「え? で、でも、顔は同じでした」
「整形だ。元々、ベースの似ていた男にさらに整形手術を施して、そっくりにしたんだ。それくらい、ウォーラン・シンジケートにとって容易いことだったらしい」
「シンジケートって、あのとき姿を見せたセールスマン風の男は、犯罪組織の人間だったの?」
「そうなのだ。我々は奴らから母娘の存在を完全に隠したつもりでいたが、組織の人数を甘く見積もってしまっていた。そして、組織とつながりのある者が母娘を目撃するという不幸な偶然が起きた。連中はそれ以降、時間を掛けて連絡係の偽者を仕立て上げ、決行日に供えた。真向かいの家、つまり君の一家が旅行に出掛けるのを絶好のチャンスと捉えていたんだ」
「何てこと……」
うちの両親が旅行を計画したせいで、いや、僕が病気になりながら、二人を行かせようとしたせいで、犯罪組織が行動を起こした? そんな。
「奴らの計画は、娘が一人になるのを待って偽の連絡係が訪問、『君のお母さんが襲われた。ここも危ない、一刻も早い退去の指令が出た』とレイナに伝え、大きな鞄の中に隠して連れ出すというもの。レイナは連中の嘘に気付かず、大人しく従っただろう。我々は感知したが一歩遅かった」
「じゃあ、レイナはどうなった?」
「電話があった。母親に裁判で証言させないなら解放すると。だが、その判断を下す前に、事件は動いた、不慣れな土地に出張ってきた連中は、地元の小悪党と諍いを起こし、アジトに放火された。拘束されていたレイナは放置され、そのまま……」
――僕は意味不明な叫び声を発して、喚いていた。
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