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第3章:勇者のパパ疑惑!?伝説の師匠と魔の育児研修
第24話:家族の肖像
しおりを挟む嵐のような「抜き打ち監査」が、ついに終わりを告げようとしていた。
勇者の屋敷の正門前。
修復されたばかりの門扉の下で、ガランド・ヴォルテックス導師は巨大な戦鎚を肩に担ぎ、俺たちを振り返った。
「世話になったな。……久しぶりに血が滾ったわい」
その顔は晴れやかだ。
初対面の時の、俺を「害虫」を見るような目で睨んでいた鬼教官の面影はない。
「じっじ! またね!」
俺の腕の中で、リュウ(エンシェント・ドラゴン幼体)が元気に手を振る。
ガランドは目尻を下げ、リュウの頭をワシャワシャと撫でた。
「おう、また来るぞ。いい子にしておれよ。……パパとママを困らせるんじゃないぞ?」
「あい!」
パパとママ。
その言葉に、俺とアレクセイは顔を見合わせて苦笑した。
あの堅物だった師匠が、この奇妙な家族関係を認めてくれた証だった。
「アレクセイ」
「はい、師匠」
ガランドの表情が引き締まる。
「お前は強くなった。剣の腕だけではない。……『守るべきもの』を持つ者の強さだ。かつてわしがお前に教えられなかったものを、お前はこの小さな家族から学んだようだな」
アレクセイは深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。すべて、師匠の教えのおかげです」
「ふん、調子のいいことを。……そして、ノワール」
ガランドの視線が俺に向く。
俺は背筋を伸ばし、最敬礼(ビジネスお辞儀)をした。
「はい、ガランド様」
「今回の『監査』の結果を伝える」
ゴクリ、と喉が鳴る。
ここで「不合格」と言われれば、俺の勇者パーティーでのキャリアは終わる。
緊張が走る中、ガランドはニヤリと不敵に笑った。
「……『条件付き合格』だ」
条件付き。
俺が首をかしげると、ガランドは指を一本立てた。
「お前の覚悟と管理能力は認める。だが、戦闘力はまだまだ雑魚だ。アレクセイの足手まといにならんよう、これからも精進せよ。……次に来た時、成長していなければ承知せんぞ?」
それは脅しではなく、期待の言葉だった。
俺は胸が熱くなるのを感じながら、力強く頷いた。
「承知いたしました! 次にお会いする時までには、ブレスの一発くらい片手で弾けるようになっておきます!」
「ガハハ! 大きく出たな! 楽しみにしているぞ!」
ガランドは豪快に笑うと、背を向け、手を振りながら去っていった。
その背中は、来た時よりも少しだけ小さく、そして温かく見えた。
「……行っちゃいましたね」
「ああ。……だが、またすぐ来るだろうな」
アレクセイが俺の肩を抱く。
俺たちは、伝説の老勇者の姿が見えなくなるまで、ずっと見送っていた。
◇◇◇
その夜。
屋敷のダイニングには、温かい湯気が立ち上っていた。
メニューは、ガランド師匠直伝の『特製筋肉シチュー』を俺がアレンジした、野菜たっぷりのビーフシチュー。それに焼きたてのパンと、新鮮なサラダ。
豪勢なディナーだ。
「いただきます」
「あい! たーます!」
リュウも専用のハイチェアに座り、スプーンを握りしめている。
彼の前には、ドラゴンの成長に合わせて魔力を添加した特製離乳食。
「ノワール、あーん」
「え、俺ですか? 自分で食べられますよ」
「いいから。今日は祝杯だ」
アレクセイがスプーンでシチューを差し出してくる。
リュウの前だぞ、と目で訴えるが、勇者は聞く耳を持たない。
仕方なく口を開けると、濃厚なデミグラスソースの味が広がった。
「……美味い」
「でしょう? 俺が作りましたから」
「いや、お前が作ったものを、お前と食べるから美味いんだ」
サラッと言ってのける。
この男、最近デレの破壊力が上がっている気がする。
俺が赤くなっていると、リュウが「ズルい!」とばかりにテーブルを叩いた。
「パパ! リュウも! リュウも!」
「はいはい、リュウはこっちな」
俺がリュウの口にスプーンを運ぶ。
リュウはパクっと食べると、満面の笑みで「おいちー!」と叫んだ。
平和だ。
数日前まで、誘拐だのカチコミだので血なまぐさい戦いをしていたのが嘘のようだ。
俺はふと、リビングの暖炉を見つめた。
パチパチと燃える火。
隣には最強の勇者。足元には伝説のドラゴン。
(……前世の俺が見たら、絶対に信じないだろうな)
ブラック企業で死んだ俺が、異世界でウサギに転生し、勇者に拾われ、今ではこんな温かい食卓を囲んでいる。
人生(兎生)、何が起こるか分からない。
でも、悪くない。
いや、最高だ。
「どうした、ノワール? 手が止まっているぞ」
「いえ……なんでもありません。幸せだな、と思いまして」
素直に言うと、アレクセイは目を丸くし、それから優しく微笑んだ。
「そうか。……俺もだ」
彼はグラスを掲げた。
「我々の家族と、これからの日々に乾杯」
「乾杯」
「かんぱーい!」
グラスと、リュウのマグカップが触れ合う音が、心地よく響いた。
◇◇◇
食後のリラックスタイム。
リュウはカーペットの上で、取り戻したぬいぐるみと遊んでいる。
俺とアレクセイはソファに並んで座り、それを眺めていた。
「そういえば、リュウの成長速度が異常に早い気がするのだが」
アレクセイがふと呟いた。
確かに。
生まれてまだ数日しか経っていないのに、言葉数は増えているし、ブレスの威力も上がっている。
昨日の戦闘で見せた『聖竜の咆哮』なんて、成竜クラスの威力だった。
「俺たちの魔力を受けているからでしょうか? 特に、昨日の戦闘で覚醒したみたいな……」
言いかけた、その時だった。
カッッッ!!!!
突然、リュウの体が強く発光し始めた。
まばゆい虹色の光がリビングを包む。
「なっ!? またブレスか!?」
「いや、違う! これは……進化(エボリューション)の光!?」
俺は慌てて目を覆った。
魔物の進化は、レベルアップや特定の条件を満たした時に突然起こる。
まさか、昨日の戦闘経験値がここで反映されたのか!?
光が収束していく。
そこにいたのは、白いトカゲのような姿のリュウではなかった。
「……え?」
光の中から現れたのは、真っ白な髪に、虹色の瞳を持つ、人間の幼児だった。
年齢で言えば、3歳くらいだろうか。
背中には小さな翼、お尻には尻尾が生えているが、それ以外は完全に人間の男の子だ。
肌は透き通るように白く、ほっぺたはプニプニしている。
「マッマ~!」
幼児化したリュウが、トテトテと二本足で歩いてきた。
そして俺の膝に、今までよりもスムーズによじ登ってくる。
「り、リュウ……なのか?」
「うん! リュウだよ! おっきくなった!」
リュウがニカっと笑う。
可愛い。破壊的に可愛い。
天使か? いや、ドラゴンだ。
「人化……だと? エンシェント・ドラゴンは高位になれば人化できるとは聞いていたが、幼体でここまで完全に変身するとは……」
アレクセイが驚愕して固まっている。
俺たちの魔力(特にアレクセイの規格外魔力)を吸収し続けた結果、成長スキップが起きたらしい。
「すごいな、リュウ。かっこいいぞ」
「えへへ~」
俺が頭を撫でると、リュウは嬉しそうに目を細め、そしてアレクセイの方を見た。
「パパ!」
「ん? あ、ああ。なんだ?」
リュウは俺とアレクセイの手を取り、無理やり重ね合わせた。
そして、キラキラした瞳で、とんでもないことを言い出した。
「パパ、マッマ、ちゅーして!」
……は?
「えほん、よんだ! パパとママは、ちゅーするの!」
リュウが指差したのは、昨日ガランド師匠が置いていった絵本『勇者と姫の物語』だった。
なんて余計な教育を!!
「リュウ、それはね、物語の中のお話で……」
「やだ! ちゅーして! なかよし!」
リュウが駄々をこね始める。
このままでは、また癇癪ブレス(今度は人型バージョン)が発動しかねない。
俺は助けを求めてアレクセイを見た。
ボス、なんとか言ってやってください。
だが。
アレクセイは、まんざらでもない顔をしていた。
むしろ、「よく言った我が息子よ」という称賛の眼差しだ。
「……子供の教育には、両親の仲睦まじい姿を見せるのが一番だと聞く」
「どこの教育論ですかそれ!」
「リュウが望んでいるんだ。……断れば、また屋敷が半壊するぞ?」
脅しだ。これは卑怯な脅しだ。
でも、リュウは期待に満ちた目で俺たちを見上げている。
ここで拒否したら、彼の純真な心に傷がつくかもしれない。
「……わかりましたよ。フリだけですよ、フリだけ」
俺は観念して、頬を差し出した。
ほっぺにチュッ、くらいなら教育的にも許容範囲だろう。
「ほら、ボス。早くしてください」
俺が目を閉じて待っていると。
グイッ、と顎を掴まれた。
「んっ!?」
触れたのは、頬ではない。唇だ。
しかも、フリなんかじゃない。
深くて、熱くて、とろけるような、本気の口づけ。
「ん……むぅ……ッ!」
リュウが見てる! リュウが見てるから!
俺が抗議しようと背中を叩くが、アレクセイは離さない。
むしろ、空いている手で俺の腰を引き寄せ、さらに深く味わおうとしてくる。
キャアアアッ! とリュウがはしゃぐ声が遠くに聞こえる。
俺の思考回路はショート寸前だ。
長い、長いキスの後。
ようやく解放された俺は、茹でダコのように真っ赤になっていた。
「……教育的指導、やりすぎです」
「そうか? リュウも喜んでいる」
アレクセイは涼しい顔で、でも耳を少し赤くして笑った。
リュウは「パパかっこいー!」と拍手喝采だ。
とんでもない英才教育だ。
「はぁ……。これからの生活が思いやられますよ」
俺はため息をつきつつ、二人に挟まれて温かいソファに沈み込んだ。
最強の勇者。
人化したドラゴン。
そして、元社畜のウサギ。
俺たちの「家族」の形は、少し(かなり)歪で、騒がしくて、危険がいっぱいだ。
でも、この場所こそが、俺が前世から探し求めていた「定住の地」なのかもしれない。
「さて、リュウ。もう寝る時間だ」
「やだー! もっとあそぶ!」
「ダメだ。夜はパパとママの……いや、大人の時間だ」
「ボス、子供に変なことを吹き込まないでください!」
賑やかな夜は更けていく。
俺の異世界就職ライフ(育児編)は、どうやらまだまだ激務が続きそうだ。
だが、このブラックな職場なら、喜んで残業してやろうじゃないか。
俺は二人の笑顔を見ながら、こっそりと幸せを噛み締めた。
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