【8話完結】僕の大切な人はBLゲームの主人公でした。〜モブは主人公の幸せのためなら、この恋も諦められます〜

キノア9g

文字の大きさ
8 / 8

第8話:この記憶が、君の幸せになるように

しおりを挟む


 朝の光が、静かに差し込んでいた。

 窓辺に吊るした薄布がふわりと揺れ、縫いかけの衣が、やさしく風に撫でられる。
 手元には、昨夜セスに渡された糸巻きが転がっていた。これでまた、一枚、彼のための服が縫える。

 針を持つ指先は、震えていた。けれど、それはもう、昨日までのような不安の震えではなかった。
 ただ、胸がいっぱいで。あたたかくて。
 もう、“あの運命“を思い出す必要なんてないのだと思えた。

 カラン——。
 扉の鈴が、軽やかに鳴った。

 振り返れば、そこには——

「……セス?」

「来るって分かってただろ。昨日、あんなこと言っといて」

 不貞腐れたような言い方のくせに、その顔は少し赤く、目元が心なしか腫れていた。
 俺と同じくらい泣いていたんだな、と思ったら、ふと笑みがこぼれた。

「どうしたの?」

「来た理由、言わないと分からない?」

 言って、セスは一歩踏み出す。
 そして俺の手を、まるで何かから救い上げるように、しっかりと握った。

「もう、隠れるな。逃げるなよ。……お前がいなくなったら、俺は……また、大騒ぎするからな。今回の件で学んだ。お前は思い込みが激しすぎて、放っておいたらまずいことになる」

 その声の真剣さに、胸の奥がきゅっと締めつけられた。
 言いかけた言葉が喉で絡まり、それでも、何とか口を開く。

「……で、でも、本当に俺でいいの? セスなら、もっと素敵な人がたくさんいるよ。……俺なんか、その幸せを遠くから祈るだけのちっぽけな立場で——」

「違う」

 遮るように。けれど、その声はとても優しく。

「お前は、俺の中で、一番大事な存在だ。……最初から、ずっとな。だから、お前は堂々と俺の隣にいろ」

 そのまなざしが、何よりの答えだった。
 俺は、黙って頷いた。

 

 午後、礼拝堂の中庭。
 緑の香りに包まれた空間に、俺とセス、そして王子の姿があった。

「来てくれて、ありがとう」

 王子は、変わらぬ上品な微笑みを浮かべていた。けれど、その目だけが、ほんの少しだけ寂しげに揺れている。

「彼と、上手くいったようだね。……本当に、よかった」

「……ごめんなさい」

 口に出した途端、後悔した。けれど——

「謝らなくていいんだよ、リセルくん」

 王子は、そっと視線をセスへ向ける。

「君は幸運だね、セス。こんなにも誰かを想って、想われること。……それは、決して当たり前のことではないのだから」

「……ああ」

 短く、けれど深く頷いたセスに、王子は一歩、歩み寄る。

「だから、どうか。私の分まで、彼の幸せを守ってやってくれ」

 そして最後に、俺を見つめるその目は、まるで祝福の祈りを込めたように澄んでいた。

「君が選んだ人が、君を選んでくれたんだ。これからは、自分を卑下して身を引くのではなく、自分が幸せになれるように生きなさい。……君たちの幸せな未来を、心から祈っている」

 その言葉に、自然と涙が込み上げてきて、止めることができなかった。

 

 夜。
 あの丘の、あの木の下。
 月は静かに輝き、草の上には、ふたつの影。

「なあ、リセル」

「……うん?」

「お前さ、ずっと“別れのための思い出”を作ろうとしてただろ?」

 不意に言われて、目を逸らしかけた瞬間、セスの手が俺の頬に触れた。

「……俺は、そんなのいらないからな。今までの思い出よりも、これからを一緒に作っていきたい。泣いても、喧嘩しても、笑っても。全部、お前と一緒に」

 言葉のひとつひとつが、胸に刺さるように届く。
 そしてその痛みが、こんなにも優しいことに、今、初めて気づいた。

「……でも、俺、怖かったんだ」

 掠れた声で絞り出すように言った。

「セスにとって、俺は……ただの幼馴染でしかないんじゃないかって。離れても平気な存在なんじゃないかって……思ってた」

「——ったく」

 そっと、でも強く抱き寄せられる。
 セスの体温が、全部を否定してくれるようで、泣きそうになった。

「俺にお前のこと、何回好きって言わせるつもりだ。理由なんか、意味なんか、どうでもいい。……俺の隣にいてほしいのは、お前だけなんだよ。リセルじゃなきゃ、意味がないんだからな」

 鼓動が伝わる距離で、肩をぎゅっと抱かれて、もう逃げ場なんてなかった。
 でも、それが嬉しかった。心から、嬉しかった。

「……セス」

 名前を呼ぶと、彼は少し照れたように笑って、俺の髪を撫でた。

「今日が終わって、明日が来ても、お前の隣にいたい。……これから、ずっと」

 涙がこぼれて、止まらなかった。
 けれどそれはもう、哀しみの涙じゃなかった。

「……うん」

 ただ一言、それだけで精一杯だった。

 それでもセスは笑って、そっと俺の唇にキスをした。

 

 この人と、未来を紡いでいこう。
 たとえどんな結末が待っていようと、この選択だけは、きっと悔やまない。

 

 俺は、ずっと欲しかったものをやっと手にした。
 それは名前でも、立場でもなく。
 たった一人の「好きな人の隣」という場所だった。

 いつか、もしもまた苦しい夜が来ても。
 この夜を思い出せば、乗り越えていける。——きっと、ふたりなら。

しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

【完結】大学で再会した幼馴染(初恋相手)に恋人のふりをしてほしいと頼まれた件について

kouta
BL
大学で再会した幼馴染から『ストーカーに悩まされている。半年間だけ恋人のふりをしてほしい』と頼まれた夏樹。『焼き肉奢ってくれるなら』と承諾したものの次第に意識してしまうようになって…… ※ムーンライトノベルズでも投稿しています

こっそりバウムクーヘンエンド小説を投稿したら相手に見つかって押し倒されてた件

神崎 ルナ
BL
バウムクーヘンエンド――片想いの相手の結婚式に招待されて引き出物のバウムクーヘンを手に失恋に浸るという、所謂アンハッピーエンド。 僕の幼なじみは天然が入ったぽんやりしたタイプでずっと目が離せなかった。 だけどその笑顔を見ていると自然と僕も口角が上がり。 子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。   ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。 指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。 あれから10年近く。 ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。 だけど想いを隠すのは苦しくて――。 こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。 なのにどうして――。 『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』 えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 一月十日のアルファポリス規約改定を受け、サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をこちらへ移しましたm(__)m サブ垢の『バウムクーヘンエンド』はこちらへ移動が出来次第、非公開となりますm(__)m)

異世界から戻ったら再会した幼馴染から溺愛される話〜君の想いが届くまで〜

一優璃 /Ninomae Yuuri
BL
異世界での記憶を胸に、元の世界へ戻った真白。 けれど、彼を待っていたのは あの日とはまるで違う姿の幼馴染・朔(さく)だった。 「よかった。真白……ずっと待ってた」 ――なんで僕をいじめていた奴が、こんなに泣いているんだ? 失われた時間。 言葉にできなかった想い。 不器用にすれ違ってきたふたりの心が、再び重なり始める。 「真白が生きてるなら、それだけでいい」 異世界で強くなった真白と、不器用に愛を抱えた朔の物語。 ※第二章…異世界での成長編 ※第三章…真白と朔、再会と恋の物語

聖女召喚の巻き添えで喚ばれた「オマケ」の男子高校生ですが、魔王様の「抱き枕」として重宝されています

八百屋 成美
BL
聖女召喚に巻き込まれて異世界に来た主人公。聖女は優遇されるが、魔力のない主人公は城から追い出され、魔の森へ捨てられる。 そこで出会ったのは、強大な魔力ゆえに不眠症に悩む魔王。なぜか主人公の「匂い」や「体温」だけが魔王を安眠させることができると判明し、魔王城で「生きた抱き枕」として飼われることになる。

【if/番外編】昔「結婚しよう」と言ってくれた幼馴染は今日、夢の中で僕と結婚する

子犬一 はぁて
BL
※本作は「昔『結婚しよう』と言ってくれた幼馴染は今日、僕以外の人と結婚する」のif(番外編)です。    僕と幼馴染が結婚した「夢」を見た受けの話。 ずっと好きだった幼馴染が女性と結婚した夜に見た僕の夢──それは幼馴染と僕が結婚するもしもの世界。  想うだけなら許されるかな。  夢の中でだけでも救われたかった僕の話。

侯爵令息は婚約者の王太子を弟に奪われました。

克全
BL
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

昔「結婚しよう」と言ってくれた幼馴染は今日、僕以外の人と結婚する

子犬一 はぁて
BL
幼馴染の君は、7歳のとき 「大人になったら結婚してね」と僕に言って笑った。 そして──今日、君は僕じゃない別の人と結婚する。 背の低い、寝る時は親指しゃぶりが癖だった君は、いつの間にか皆に好かれて、彼女もできた。 結婚式で花束を渡す時に胸が痛いんだ。 「こいつ、幼馴染なんだ。センスいいだろ?」 誇らしげに笑う君と、その隣で微笑む綺麗な奥さん。 叶わない恋だってわかってる。 それでも、氷砂糖みたいに君との甘い思い出を、僕だけの宝箱にしまって生きていく。 君の幸せを願うことだけが、僕にできる最後の恋だから。

処理中です...