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第7話:王子の言葉、俺の本音
しおりを挟む昼下がりの陽が、草に覆われた石畳を柔らかく照らしていた。
村の外れにある、小さな礼拝堂の庭。
古い建物ながら手入れは行き届いており、季節の花が風に揺れている。
普段は誰も訪れないこの場所に呼び出されたとき、最初は何かの間違いだと思った。
王子——ライナルト殿下が、自分に「話がある」と言ってきたのだ。
……俺はただの平民だ。貴族でもなければ、騎士でもない。ただ、セスの隣にいるモブ。それだけの存在。
それなのに、王子は出会った頃から、なぜか俺にまで声をかけてきた。目が合えば優しく微笑んできて、セスと距離の近い俺への牽制なのかなと思った。
だけど、それが別の意味を持っていたなんて、考えもしなかった。
そして、今——。
王子が花の咲く道の中央に立ち、真っ直ぐこちらを見つめている。凛としたその姿に、冗談の影は一片もない。
「僕は……君を、好きになってしまったんだ」
心臓が、ドクンと跳ねた。
「最初は気のせいだと思った。でも……君の服について話す楽しそうな笑顔や、セスを切なげに見つめる瞳を見ていたら、気づいたんだ。——ああ、僕は君に惹かれているんだって」
優しく、でも確かな言葉。
そんなはず、ない。——いや、あってはならない。
俺は……ゲームの中で、こんなイベントを知らない。
ライナルト殿下は主人公であるセスの“攻略対象”だ。
セスが愛されて幸せになる、そのために存在すると言っても過言ではないキャラクターだ。
モブである俺に、こんな告白をする展開なんて、あるはずないのに。
「……どうして、俺なんかに」
声がかすれた。
「“なんか”じゃない。君は魅力的だよ。誰かのために心を砕いて、誰かの痛みを黙って背負う。……そんなことができる人に、惹かれない方が、おかしいよ」
そう言って笑った王子の顔は、まるで春の終わりみたいに寂しげだった。
「……そんな君に想われている彼が、本当に羨ましいよ」
その一言が、胸に突き刺さる。
俺は、何か取り返しのつかないことをしてしまったのではないか。
セスの物語を、彼の幸せを、壊すようなことを——。
その不安が、喉を締めつける。
「……俺には、どうしたらいいのか……」
それ以上は言えなかった。
言葉にすれば、どこかが崩れてしまいそうで。
庭を離れ、裏門へと続く小道を歩いていたときだった。
「リセルッ!」
声が響いた。
振り向くより先に、セスが走ってくるのが見えた。
息を切らして、焦ったような顔で——でも、その瞳には怒りも苛立ちもなかった。
「……何してたんだ、お前……王子と、ふたりで」
声が震えていた。怒っているようで、でも違う。
「えっと、それは——」
「……いや、もういい! そんなことより……!」
叫ぶような声。
荒れていて、でも……どこか、今にも壊れそうだった。
「俺、お前がいないと嫌なんだ。隣にいないのが怖い。姿が見えないと、心臓が痛くなる。……いつの間にかどこか行ってしまう気がして、怖いんだよ……!」
言葉の一つ一つが、胸に響いた。
——こんなにも、俺を大事に想ってくれているのに。
それなのに、俺は。
「……セス」
「お前が……好きだって気づいたんだ。お前がそばにいない未来なんて、考えたくもない」
その一言に、息が詰まった。
俺だって、セスが好きだ。誰よりも。
だけど、それを口にすれば、セスの“未来”が、セスの“幸せ”が——俺のせいで歪んでしまう気がして。
怖かった。
夜。
草原の丘の上にある、大きな一本木。その根元に、セスが座っていた。月の光に照らされて、どこか寂しげな背中。
子供の頃、よくここで星を見たっけ。笑って、泣いて、時には喧嘩して——でも、いつも一緒にいた。
「……来てくれたんだな」
「……うん」
隣に座る。少しあった距離が、自然と縮まっていく。
風が草を揺らす音だけが、二人の間を満たした。
「セス」
「ん?」
「俺もね。ずっと怖かったんだ。……セスが、誰かに取られると思って。セスはきっと、これからもっと沢山の素敵な人たちに出会うからさ。俺なんか、すぐに忘れられるって思って。だから、せめて——」
言葉が震える。
「離れたとしても、セスの幸せを願いたい。それだけだったんだ。……だから、今だけでも一緒にいられるのが幸せで。大事にしたくて。この気持ちを伝えるのが怖かった。当たり前に一緒にいられる今の関係が壊れたら、もう二度とそばに行くこともできないと思って……」
喉の奥が詰まりそうだった。
それでも、絞り出すように続ける。
「けど……それでも、もう隠せない。セスが好きだよ。どれだけ隣にいても足りないくらい、ずっと。……幸せになってほしいんだ。俺じゃなくてもいいから、どうか、幸せでいてって——」
息が詰まる。
この想いは、もはや願いに近かった。
「だからね。……俺を想ってくれたことはとても嬉しかったんだけど、その気持ちは忘れてほしい。俺じゃ、セスを幸せにできないから……」
風が吹いた。草が音を立て、夜の静寂をかき消す。
セスは、しばらく黙っていた。けれど、その沈黙は、すぐに破られた。
「——ふざけんなよ」
低く、絞るような声。
「忘れろだの、幸せにできないだの……誰がそんなの決めたんだよ」
振り返ると、セスがこちらを睨んでいた。
怒っている。いや、それは怒りじゃない。
涙を堪えたような、必死な表情だった。
「……俺の幸せを、勝手に決めつけんな。お前にとっては“俺のため”かもしれないけど……俺にとっては、リセルのいない未来なんて、ちっとも幸せじゃねえんだよ!」
その一言が、俺の胸を撃ち抜いた。
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