7 / 8
第7話:王子の言葉、俺の本音
しおりを挟む昼下がりの陽が、草に覆われた石畳を柔らかく照らしていた。
村の外れにある、小さな礼拝堂の庭。
古い建物ながら手入れは行き届いており、季節の花が風に揺れている。
普段は誰も訪れないこの場所に呼び出されたとき、最初は何かの間違いだと思った。
王子——ライナルト殿下が、自分に「話がある」と言ってきたのだ。
……俺はただの平民だ。貴族でもなければ、騎士でもない。ただ、セスの隣にいるモブ。それだけの存在。
それなのに、王子は出会った頃から、なぜか俺にまで声をかけてきた。目が合えば優しく微笑んできて、セスと距離の近い俺への牽制なのかなと思った。
だけど、それが別の意味を持っていたなんて、考えもしなかった。
そして、今——。
王子が花の咲く道の中央に立ち、真っ直ぐこちらを見つめている。凛としたその姿に、冗談の影は一片もない。
「僕は……君を、好きになってしまったんだ」
心臓が、ドクンと跳ねた。
「最初は気のせいだと思った。でも……君の服について話す楽しそうな笑顔や、セスを切なげに見つめる瞳を見ていたら、気づいたんだ。——ああ、僕は君に惹かれているんだって」
優しく、でも確かな言葉。
そんなはず、ない。——いや、あってはならない。
俺は……ゲームの中で、こんなイベントを知らない。
ライナルト殿下は主人公であるセスの“攻略対象”だ。
セスが愛されて幸せになる、そのために存在すると言っても過言ではないキャラクターだ。
モブである俺に、こんな告白をする展開なんて、あるはずないのに。
「……どうして、俺なんかに」
声がかすれた。
「“なんか”じゃない。君は魅力的だよ。誰かのために心を砕いて、誰かの痛みを黙って背負う。……そんなことができる人に、惹かれない方が、おかしいよ」
そう言って笑った王子の顔は、まるで春の終わりみたいに寂しげだった。
「……そんな君に想われている彼が、本当に羨ましいよ」
その一言が、胸に突き刺さる。
俺は、何か取り返しのつかないことをしてしまったのではないか。
セスの物語を、彼の幸せを、壊すようなことを——。
その不安が、喉を締めつける。
「……俺には、どうしたらいいのか……」
それ以上は言えなかった。
言葉にすれば、どこかが崩れてしまいそうで。
庭を離れ、裏門へと続く小道を歩いていたときだった。
「リセルッ!」
声が響いた。
振り向くより先に、セスが走ってくるのが見えた。
息を切らして、焦ったような顔で——でも、その瞳には怒りも苛立ちもなかった。
「……何してたんだ、お前……王子と、ふたりで」
声が震えていた。怒っているようで、でも違う。
「えっと、それは——」
「……いや、もういい! そんなことより……!」
叫ぶような声。
荒れていて、でも……どこか、今にも壊れそうだった。
「俺、お前がいないと嫌なんだ。隣にいないのが怖い。姿が見えないと、心臓が痛くなる。……いつの間にかどこか行ってしまう気がして、怖いんだよ……!」
言葉の一つ一つが、胸に響いた。
——こんなにも、俺を大事に想ってくれているのに。
それなのに、俺は。
「……セス」
「お前が……好きだって気づいたんだ。お前がそばにいない未来なんて、考えたくもない」
その一言に、息が詰まった。
俺だって、セスが好きだ。誰よりも。
だけど、それを口にすれば、セスの“未来”が、セスの“幸せ”が——俺のせいで歪んでしまう気がして。
怖かった。
夜。
草原の丘の上にある、大きな一本木。その根元に、セスが座っていた。月の光に照らされて、どこか寂しげな背中。
子供の頃、よくここで星を見たっけ。笑って、泣いて、時には喧嘩して——でも、いつも一緒にいた。
「……来てくれたんだな」
「……うん」
隣に座る。少しあった距離が、自然と縮まっていく。
風が草を揺らす音だけが、二人の間を満たした。
「セス」
「ん?」
「俺もね。ずっと怖かったんだ。……セスが、誰かに取られると思って。セスはきっと、これからもっと沢山の素敵な人たちに出会うからさ。俺なんか、すぐに忘れられるって思って。だから、せめて——」
言葉が震える。
「離れたとしても、セスの幸せを願いたい。それだけだったんだ。……だから、今だけでも一緒にいられるのが幸せで。大事にしたくて。この気持ちを伝えるのが怖かった。当たり前に一緒にいられる今の関係が壊れたら、もう二度とそばに行くこともできないと思って……」
喉の奥が詰まりそうだった。
それでも、絞り出すように続ける。
「けど……それでも、もう隠せない。セスが好きだよ。どれだけ隣にいても足りないくらい、ずっと。……幸せになってほしいんだ。俺じゃなくてもいいから、どうか、幸せでいてって——」
息が詰まる。
この想いは、もはや願いに近かった。
「だからね。……俺を想ってくれたことはとても嬉しかったんだけど、その気持ちは忘れてほしい。俺じゃ、セスを幸せにできないから……」
風が吹いた。草が音を立て、夜の静寂をかき消す。
セスは、しばらく黙っていた。けれど、その沈黙は、すぐに破られた。
「——ふざけんなよ」
低く、絞るような声。
「忘れろだの、幸せにできないだの……誰がそんなの決めたんだよ」
振り返ると、セスがこちらを睨んでいた。
怒っている。いや、それは怒りじゃない。
涙を堪えたような、必死な表情だった。
「……俺の幸せを、勝手に決めつけんな。お前にとっては“俺のため”かもしれないけど……俺にとっては、リセルのいない未来なんて、ちっとも幸せじゃねえんだよ!」
その一言が、俺の胸を撃ち抜いた。
251
あなたにおすすめの小説
【8話完結】強制力に負けて死に戻ったら、幼馴染の様子がおかしいのですが、バグですか?
キノア9g
BL
目が覚めたら、大好きだったRPGの世界に転生していた。
知識チートでなんとか死亡フラグを回避した……はずだったのに、あっさり死んで、気づけば一年前に逆戻り。
今度こそ生き残ってみせる。そう思っていたんだけど——
「お前、ちょっと俺に執着しすぎじゃない……?」
幼馴染が、なんかおかしい。妙に優しいし、距離が近いし、俺の行動にやたら詳しい。
しかも、その笑顔の奥に見える“何か”が、最近ちょっと怖い。
これは、運命を変えようと足掻く俺と、俺だけを見つめ続ける幼馴染の、ちょっと(だいぶ?)危険な異世界BL。
全8話。
とある冒険者達の話
灯倉日鈴(合歓鈴)
BL
平凡な魔法使いのハーシュと、美形天才剣士のサンフォードは幼馴染。
ある日、ハーシュは冒険者パーティから追放されることになって……。
ほのぼの執着な短いお話です。
祝福という名の厄介なモノがあるんですけど
野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。
愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。
それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。
ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。
イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?!
□■
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです!
完結しました。
応援していただきありがとうございます!
□■
第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m
来世はこの人と関りたくないと思ったのに。
ありま氷炎
BL
前世の記憶を持つ、いずる。
彼は前世で主人だった三日月と、来世で関わらない事を願った。
しかし願いは叶わず、幼馴染として生まれ変わってしまった。
【完結】大学で再会した幼馴染(初恋相手)に恋人のふりをしてほしいと頼まれた件について
kouta
BL
大学で再会した幼馴染から『ストーカーに悩まされている。半年間だけ恋人のふりをしてほしい』と頼まれた夏樹。『焼き肉奢ってくれるなら』と承諾したものの次第に意識してしまうようになって……
※ムーンライトノベルズでも投稿しています
【8+2話完結】氷の貴公子の前世は平社員〜不器用な恋の行方〜
キノア9g
BL
氷の貴公子と称えられるユリウスには、人に言えない秘めた想いがある――それは幼馴染であり、忠実な近衛騎士ゼノンへの片想い。そしてその誇り高さゆえに、自分からその気持ちを打ち明けることもできない。
そんなある日、落馬をきっかけに前世の記憶を思い出したユリウスは、ゼノンへの気持ちに改めて戸惑い、自分が男に恋していた事実に動揺する。プライドから思いを隠し、ゼノンに嫌われていると思い込むユリウスは、あえて冷たい態度を取ってしまう。一方ゼノンも、急に避けられる理由がわからず戸惑いを募らせていく。
近づきたいのに近づけない。
すれ違いと誤解ばかりが積み重なり、視線だけが行き場を失っていく。
秘めた感情と誇りに縛られたまま、ユリウスはこのもどかしい距離にどんな答えを見つけるのか――。
プロローグ+全8話+エピローグ
絶対に追放されたいオレと絶対に追放したくない男の攻防
藤掛ヒメノ@Pro-ZELO
BL
世は、追放ブームである。
追放の波がついに我がパーティーにもやって来た。
きっと追放されるのはオレだろう。
ついにパーティーのリーダーであるゼルドに呼び出された。
仲が良かったわけじゃないが、悪くないパーティーだった。残念だ……。
って、アレ?
なんか雲行きが怪しいんですけど……?
短編BLラブコメ。
姉の代わりに舞踏会に行ったら呪われた第三王子の初恋を奪ってしまった
近井とお
BL
幼少期、ユーリは姉によく似ていることから彼女の代わりに社交の場に出席することが多々あった。ある舞踏会の夜、中庭に姿を眩ませたユーリに誰かがぶつかってくる。その正体は呪われていると噂の第三王子であったが、ぶつかられたことに腹を立てたユーリは強気に接し、ダンスを踊った後、彼を捜している気配を感じてからかいながら立ち去る。
それから数年後、第三王子は初恋の令嬢を探し始めたが、それはユーリに違いなく……。
初恋の相手を捜す第三王子×軽口令息
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる