【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g

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第5話:遺跡の崩落、焔の誓い

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 王都から再びマルフェリアの遺跡へ。同じ馬車に揺られながらも、アッシュとカイルの間には、以前にも増して重い空気が漂っていた。

 カイルからの告白と、それに対するアッシュの沈黙。その答えが出ないまま、二人は再び古代神殿の奥へと足を踏み入れることになった。

 遺跡の地下層は、地上とは比べ物にならないほど複雑で、未解明な部分も多い。調査隊は、これまで以上に慎重に、魔力の痕跡を辿りながら進んでいく。

 アッシュは、先行して通路の安全を確認しながらも、常に後方のカイルの気配を感じていた。

 何度か、アッシュはカイルと目が合った。

 そのたびに、カイルは何かを言いたげな、しかし、迷いを帯びた瞳でアッシュを見つめていた。

 アッシュは、その視線から逃れるように、すぐに顔を逸らしてしまう。彼にこれ以上、期待を抱かせるわけにはいかない。そう、自分に言い聞かせながら。

 その日の午後、地下深くに眠る未知の部屋へと到達した時だった。

 先頭を歩いていた調査隊の一人が、足元の石板につまずいた。

 その瞬間、部屋の奥から、轟音が響き渡った。

「ぐっ……!?」

 耳を劈くような音と共に、足元の地面が激しく揺れ、壁や天井から無数の岩石が崩れ落ち始める。

 それは、古代の罠だった。

 魔導装置の起動によるものか、通路のあちこちが瞬く間に崩壊していく。

「崩落だ! 出口へ急げ!」

 隊長の声が響く中、アッシュは反射的に周囲の状況を把握した。このままでは、多くの者が生き埋めになる。

「カイル殿下!」

 視線を向けた先、カイルが立っていた通路の足元が、大きく裂け始めた。

 カイルは、一瞬反応が遅れた。王子としての責務、隊員たちへの指示。その全てが彼の思考を支配し、自身の危険を顧みる余裕がなかったのだろう。

 彼の足元から、巨大な亀裂が広がっていく。その先は、深い闇の奈落だった。

「しまっ……!」

 カイルの体が、亀裂へと傾ぐ。

 その光景が、アッシュの目にスローモーションのように映った。

 三年前のあの日。カイルを守ると決めた、あの時の決意が、一瞬でアッシュの脳裏に蘇る。

 彼を失いたくない。

 理屈ではない、本能的な衝動が、アッシュの体を突き動かした。

「カイル!!」

 アッシュは、間髪入れずに地面を蹴り、全力で駆け出した。

 宙に投げ出されようとするカイルの腕を、アッシュは間一髪で掴んだ。

「くっ……重い!」

 アッシュの体が、カイルの重みに引きずられ、崖へと傾ぐ。足元は既に不安定だ。このままでは二人とも落ちてしまう。

 アッシュは、必死に足を踏ん張り、もう片方の手で壁に生えた頑丈な植物の根を掴んだ。

 上から、岩石が容赦なく降り注ぐ。アッシュの背中に、鋭い痛みが走った。

「アッシュ、離せ! このままでは、君まで……!」

 カイルが、苦しげな声で叫んだ。彼の顔は、悔恨に歪んでいた。

 自分を犠牲にしてでも、アッシュを守ろうとするカイルの姿に、アッシュの胸は張り裂けそうになった。

「嫌だ……! あなたを失いたくない!」

 アッシュは、そう叫んだ。その言葉は、誰に聞かせるためでもない、アッシュ自身の心の叫びだった。

 その瞬間、アッシュの体から、無属性の魔力がほとばしった。

 普段は冷静に制御されているはずの魔力が、アッシュの感情と連動して暴走し始めたのだ。

 周囲の崩落が、一時的に止まる。アッシュの魔力が、崩れる空間をねじ伏せるかのように、周囲の岩石を浮遊させ、亀裂を一時的に塞ぎ始めた。

 しかし、その反動は大きかった。アッシュの体は、膨大な魔力の奔流に耐えきれず、限界を迎えていた。

 意識が、遠のく。

「アッシュ……!」

 カイルの声が、遠くで聞こえる。

 アッシュは、それでもカイルの手を離すまいと、必死に指に力を込めた。

 しかし、視界が真っ暗になり、アッシュの意識は完全に途切れた。

 ◇◇◇

 次に目を覚ました時、アッシュは薄暗い部屋のベッドに横たわっていた。

 体の節々が痛み、重い。どうやら、遺跡の崩落から救出されたらしい。

 横を見ると、簡易的な医療器具が並べられていた。ここは、遺跡近くに設営された仮の医療テントのようだった。

 その時、右手に、何かが触れている感触があった。

 意識が朦朧とする中で、ゆっくりと、右手に視線を移す。

 そこには、カイルが座り、アッシュの手を、そっと握りしめていた。

 彼の顔は、憔悴しきっている。目元には、深い隈ができていた。

「……アッシュ」

 アッシュが目を開けたことに気づくと、カイルの瞳に、安堵の光が宿った。

 カイルは、アッシュの手を握りしめたまま、その顔をゆっくりとアッシュの手に近づけた。

「よかった……。目が覚めたんだな」

 その声は、震えていた。

 カイルは、アッシュの手のひらに、温かいものが落ちるのを感じた。

 ――涙だ。

 カイルの視線が、アッシュの右手に釘付けになった。

 アッシュの握りしめた手には、小さな焔石のペンダントが握られていた。

 それは、三年前、騎士団時代にカイルがアッシュに贈ったものだった。

「これは幸運の印だ。君を守ってくれる」

 そう言って、カイルが手ずからアッシュの首にかけてくれた、あのペンダント。

 別れてからも、アッシュは肌身離さず、それを身につけていたのだ。

「……まだ、持ってくれていたんだな……」

 カイルの声が、喉の奥から絞り出される。

 その言葉と共に、カイルの涙が、ペンダントを濡らす。

「もう……もう、失いたくない」

 カイルは、アッシュの手を、壊れ物のように大切に抱きしめた。

 その言葉が、アッシュの心の奥底に、深く、深く響き渡る。

 ずっと抑え込んできた、カイルへの想いが、一気に溢れ出しそうになる。

 アッシュの心が、激しく揺れ動いた。

 カイルは、アッシュの無事を確認すると、すぐに王都へと戻っていった。

 遺跡での崩落事故と、アッシュが身を挺してカイルを庇った事実は、すぐに王都にも伝えられただろう。

 そして、カイルは王宮で、ある重大な決断を下すことになる。

 それは、二人の未来を大きく左右する、カイルなりの「誓い」だった。

 アッシュは、意識が朦朧としながらも、カイルの決意を予感していた。

 遺跡の闇の中で、一度は途絶えかけた焔が、再び燃え上がろうとしていた。

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