【16話完結】スパダリになりたいので、幼馴染に弟子入りしました!

キノア9g

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第2話:スパダリ修行という名の「餌付け」

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 俺がシリル・ヴァン・オルディスという「師匠(推し)」に弟子入りしてから、二年が経過した。
 現在、俺たちは七歳。
 前世の記憶がある俺にとって、この二年はあっという間だったが、子供の身体にとっては劇的な成長期間だ。
 俺の身長は少しだけ伸びた。
 そしてシリル様は、美少年としての完成度にさらに磨きがかかっていた。

「――リアン。茶葉の蒸らし時間が十秒長い」
「はっ! 申し訳ありません師匠!」

 公爵家の広大なサンルーム。
 俺は、午後の柔らかな日差しの中で、砂時計を睨みながらティーポットを掲げていた。
 優雅にソファに座り、分厚い魔術書を読んでいるシリル様が、視線も上げずに指摘してくる。

「紳士たるもの、パートナーの好みの濃さを完璧に把握し、最高の一杯を提供する。基本だろう?」
「はい! 肝に銘じます!」
「よろしい。では、淹れ直して」

 冷淡とも取れる声色だが、俺にはわかる。今のシリル様は機嫌が良い。
 なぜなら、口元がわずかに緩んでいるからだ。

 俺の「スパダリ修行」は、順調(?)に進んでいた。
 週に三回、こうして公爵家に通い詰め、シリル様の行動を観察し、時にはこうして指導を受けている。
 内容は多岐にわたる。テーブルマナー、エスコートの所作、教養、そして魔法制御。
 シリル様は七歳にして王立学園の高等部レベルの知識を持っている天才だ。彼の指導は的確で、そして容赦がない。

(くっ、厳しい……だが、それがいい!)

 俺は新しいお湯を注ぎながら、内心でガッツポーズをした。
 普通なら「いじめ」に見えるかもしれない。だが、これは「修行」なのだ。
 完璧な男になるためには、完璧な男に仕え、その技術を盗むのが一番の近道。
 俺は「出来の悪い弟子」として、甲斐甲斐しくシリル様の身の回りの世話を焼いていた。


 ◇◇◇

 ある日のことだ。
 いつものように屋敷を訪れると、屋敷の使用人たちがピリピリとした空気を纏っていた。
 執事長が困り顔で俺を出迎える。

「リアン様……本日は、若様のご機嫌が少々……」
「機嫌が悪いんですか?」
「いえ、その。本日は朝から家庭教師の詰め込みすぎでして。剣術、歴史学、魔術理論、他国語……休憩なしで六時間ぶっ通しなのです」

 うわぁ、と俺は顔をしかめた。
 ブラックだ。真っ黒だ。
 公爵家の跡取り教育が過酷なのは知っていたが、七歳の子供にさせるスケジュールではない。労働基準法違反で訴えたいレベルだ。
 前世で過労死した俺の「社畜センサー」が激しく反応した。

「わかりました。俺が行ってきます」
「しかし、今の若様は誰も部屋に入れません。お父上の公爵様ですら……」
「大丈夫です。俺、空気読まないの得意なんで」

 俺は執事長にウィンク(できてない)をして、シリル様の私室へと向かった。

 コンコン、とノックをする。返事はない。
 無視を決め込んで、俺は「失礼しまーす!」と元気よくドアを開けた。

 部屋の中は、薄暗かった。
 カーテンが閉め切られ、机の上の魔道具の明かりだけがついている。
 書類と本の山に埋もれるようにして、シリル様がいた。
 その背中は、以前よりも少し小さく見えた。

「……入るなと言ったはずだ」

 振り返ったシリル様の顔を見て、俺は息を呑んだ。
 美しい顔に、在りし日の俺(社畜時代)と同じ影が落ちている。
 目の下のクマ。血の気のない唇。そして何より、瞳から光が消えている。
 彼は「完璧」を求められすぎている。期待という名の重圧に、小さな心と身体が押しつぶされそうになっているのだ。

 それなのに、彼はペンを置こうとしない。
 ここで「頑張れ」と言うのは簡単だ。でも、それは一番言っちゃいけない言葉だ。

 俺は無言で部屋に入り、カーテンを少しだけ開けた。
 そして、シリル様の元へ歩み寄ると、持ってきたバスケットをドンと机の上に置いた。

「休憩です、師匠」
「……リアン、私は忙しい。帰ってくれ」
「いいえ、休憩です。これは弟子からの一生のお願いです!」

 俺は強引にシリル様の手からペンを奪い取った。
 シリル様が驚いて目を見開く。怒られるかと思ったが、俺は構わず彼の背後に回り込んだ。

「スパダリたるもの、自己管理も仕事のうちですよ。疲れた顔をしていては、レディたちも不安になって寄ってきません」

 そう言いながら、俺はシリル様の肩に手を置いた。
 ガチガチだ。鉄板かと思うほど凝り固まっている。
 俺は深呼吸をし、自分の中に眠る微弱な魔力を練り上げた。

 俺の持つ魔力適性は【生活魔法】と【支援魔法】。
 攻撃力は皆無。火の玉一つ出せない。
 だが、「ちょっと便利」なことならできる。

「えいっ、ほかほかにな~れ~」
「……っ!? な、何を……」

 俺の手のひらから、じんわりとした温熱効果のある魔力が流れ出す。
 これは前世でいう「ホットタオル」と「低周波治療器」を合わせたようなオリジナル魔法だ。
 こわばった筋肉を魔力でほぐし、血行を良くする。
 シリル様の身体が、ビクリと跳ねた。

「熱い……いや、温かい……?」
「動かないでくださいね。ここ、すごく凝ってますよ」

 俺は小さな手で、一生懸命に彼の肩を揉みほぐした。
 シリル様は最初こそ抵抗しようとしていたが、次第に力が抜け、椅子に深く沈み込んでいった。
 普段、誰にも弱みを見せない彼が、されるがままになっている。
 人に触れられること、体温を伝えられることに、彼は飢えていたのだと思う。

「……変な魔法だ」
「『お疲れ様魔法』です。俺、これしか取り柄がないので」
「……気持ちいい、かも」

 ぽつりと漏れた本音に、俺は嬉しくなった。
 役に立った。あの完璧なシリル様の役に立ったぞ!
 俺は調子に乗って、「眼精疲労回復」の魔法もかけた。

「さあ、次は糖分補給です!」

 俺はバスケットを開けた。
 中に入っているのは、俺が朝から格闘して作ったクッキーだ。
 ただし、形はいびつで、いくつかは焦げている。

「……炭?」
「クッキーです! チョコチップ入りです!」
「君は、魔法だけでなく料理の才能も独特だね」

 シリル様は呆れたように笑った。
 ああ、やっと笑った。
 人形のような無表情より、その笑顔の方がずっといい。

 シリル様は、俺が差し出した不格好なクッキーを、警戒もせず口に入れた。

 サク、という音。
 俺は固唾を飲んで見守る。味見はしたが、自信はない。

「……甘い」
「まずいですか?」
「いや。……悪くない」

 そう言って、彼はもう一枚、手に取ってくれた。
 公爵家で出される最高級の菓子に比べれば、泥団子みたいなものだろう。
 それでも彼は、俺が作ったものを「悪くない」と言って食べてくれる。
 その事実が、なんだかむず痒くて、誇らしかった。

 クッキーを食べ終えると、満腹感とマッサージの効果で、シリル様の瞼が重くなってきたようだった。
 ふらり、と彼の頭が揺れる。

「師匠、少し寝たほうが……」

 言いかけた時だ。
 シリル様の頭が、コテンと俺の腹(みぞおち付近)に預けられた。

「……十分だけ。十分したら起こして」
「えっ、あ、はい」

 俺は硬直した。
 シリル様はそのまま、すぅ、すぅ、と寝息を立て始めた。
 長い睫毛が頬に影を落としている。無防備な寝顔は、年相応の七歳の子供のものだ。

(うおおお、動けない!)

 俺は内心で叫んだ。
 これはあれだ、スパダリがよくやるやつだ。ヒロインに肩や膝を貸して、「好きなだけお休み、子猫ちゃん」って言うやつだ。
 なんで俺がやられているんだ。逆だろ。
 俺がシリル様の肩にもたれかかって、「疲れました~」って甘えるのが正解じゃないのか?

 だが、俺の腹に預けられた頭は温かくて、少し重い。
 その重さが、「彼が生きている」証拠のようで、俺は動くことができなかった。

(まあ、いいか。師匠が休めるなら)

 俺はそっと、彼の手の甲を撫でた。
 いつも冷たい彼の手が、今は少しだけ温かい。
 完璧に見える彼も、本当はただの寂しい子供なんだ。
 そう思うと、俺の中にむくむくと「守ってあげなきゃ」という庇護欲が湧いてきた。


 ◇◇◇

 三十分後。
 予定時間を大幅に過ぎて、シリルは目を覚ました。

「……寝過ごした」

 彼はバッと顔を上げ、時計を見て眉を寄せた。
 俺はずっと彼の枕になり続けていたので、足がしびれていた。

「おはようございます、師匠。顔色が良くなりましたね」
「なぜ起こさなかった」
「気持ちよさそうに寝てたので。起こしたらスパダリを目指す者としてどうかなって」
「……馬鹿な奴だ」

 シリル様はため息をついたが、その表情は憑き物が落ちたように穏やかだった。
 彼は立ち上がり、俺のしびれた足を気遣うように手を貸してくれた。

「リアン」
「はい?」
「……今日のクッキーの味、覚えておくから」

 それは遠回しな「また作ってこい」という催促であり、もっと深い意味での「君を受け入れる」というサインだった。
 俺は嬉しくなって、満面の笑みで答えた。

「はい! 任せてください! 次は焦がしません!」

 シリル様は、俺の頭をくしゃりと撫でた。
 その手つきは、以前のような「ペットを愛でる」ものではなく、何か大切な宝物を扱うような、少しだけ湿度を含んだものに変わっていた。

 こうして俺の「スパダリ修行」は、シリル様の「癒やし係」へと変貌を遂げていった。
 そして、俺が彼の世話を焼けば焼くほど、彼が俺に向ける視線が「執着」へと変化していくことに、俺はまだ気づいていなかったのである。
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