【16話完結】スパダリになりたいので、幼馴染に弟子入りしました!

キノア9g

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第2章 スパダリ修行は夜も忙しい!?〜嫉妬と媚薬と婚約騒動〜

第12話:スパダリ失格?

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 薔薇園での一件から、数日が過ぎた。
 あの日、シリル様に手を引かれて連れ帰られた俺は、極上のケーキと、とろけるような甘やかし(ハグ、頭なで、膝枕のフルコース)を施され、頬の腫れもすっかり引いていた。

 しかし、俺の心の中に生まれた「小さなヒビ」は、塞がるどころか、じわじわと広がっていた。

 執務室。
 俺はいつものように、シリル様のデスクの横で書類整理をしていた。

「……リアン」
「はい、お茶のお代わりですね。すぐ淹れます」
「いや、違う。……顔色が悪い」

 シリル様がペンを置き、心配そうに俺を覗き込む。
 そのアイスブルーの瞳に映る俺は、確かに少し疲れているように見えた。

「大丈夫ですよ。季節の変わり目ですから」
「嘘だ。……あの女が、また何か言ってきたのか?」

 シリル様の声が鋭くなる。
 「あの女」とは、もちろんエリス王女のことだ。
 あの日、置き去りにされたエリス王女は、なんとその日の夕方に公爵邸へ戻ってきた。
 しかも、「日射病で倒れてしまい、ご迷惑をおかけしました」という完璧な被害者面(と、涙ながらの謝罪)を携えて。
 外交問題にしたくない公爵家の家臣たちは、彼女の滞在延長を認めざるを得なかったのだ。

「いいえ、エリス様とはお会いしていませんよ。シリル様が『接触禁止令』を出してくれたおかげで」
「ならいいが……」

 シリル様は納得いかない様子だったが、再び書類に目を落とした。

 嘘ではない。直接は会っていない。
 だが、屋敷の中を歩けば、使用人たちの噂話が耳に入ってくる。

『やっぱり、エリス様とお似合いよね』
『リアン様も良い方だけど、やっぱり公爵家の隣には王族の方が……』
『シリル様も、幼馴染という情があるから切り捨てられないのよ』

 悪意のない、客観的な意見。
 それが一番、俺の胸に刺さった。

 ズキン、ズキン。

 ここ数日、胸の痛みが治まらない。
 シリル様がエリス様(外面は完璧)と並んで歩いているのを見るたびに、心臓が握り潰されるように痛む。
 俺はそれを「不整脈」だと診断していたが、薬を飲んでも治らない。

(……俺は、邪魔なのかな)

 ふと、そんな弱気な思考が頭をもたげる。
 俺が目指す「スパダリ」とは、パートナーを最高に輝かせる男のことだ。
 今の俺は、シリル様を輝かせているだろうか?
 それとも、彼の足枷になって、その輝きを曇らせているだけなんだろうか?


 ◇◇◇

 その日の午後。
 シリル様が会議で席を外している隙に、俺は呼び出しを受けた。
 場所は、本邸から離れた庭園のガゼボ。
 待っていたのは、エリス王女その人だった。

「ごきげんよう、補佐官さん」

 エリス様は優雅に紅茶を飲んでいた。
 周囲に人払いがされているのを確認し、俺は一礼した。

「お呼びでしょうか、殿下」
「ええ。あなたに提案があってね」

 彼女はカップを置き、冷ややかな笑みを浮かべた。
 あの薔薇園で見せた、本性の顔だ。

「単刀直入に言うわ。……シリル様のために、消えてくださらない?」
「…………」
「あなたも気づいているでしょう? 公爵家の当主であるシリル様には、相応のバックアップが必要なの。我がロズタリア王国の後ろ盾があれば、彼はもっと高みへ行けるわ」

 正論だった。
 政治的なメリットだけを見れば、この縁談は完璧だ。

「それなのに、あなたがいつまでも側でチョロチョロしているせいで、シリル様は決断できないのよ。『幼馴染の情』という鎖で、彼を縛り付けている自覚はある?」

 縛り付けている。
 その言葉に、俺は息を呑んだ。
 シリル様は優しい。俺が「離れたくない」と言えば、きっと無理をしてでも置いてくれるだろう。
 でも、それは彼のためになるのか?

「あなたが本当に彼を大切に思っているなら……身を引くのが『愛』ではなくて?」

 エリス様は勝ち誇ったように言った。
 俺は拳を握りしめ、爪が掌に食い込む痛みで、心の痛みを誤魔化した。

「……おっしゃる通り、かもしれません」
「でしょう? そこで、わたくしが良い場所を用意してあげたわ」

 エリス様が一枚の書類を差し出した。
 そこには『北の資料保管塔・管理人』という辞令が書かれていた。
 資料保管塔。
 敷地の最北端にある、古文書や使われない資料が眠る塔だ。普段は誰も近づかない、埃まみれの場所。
 事実上の左遷。いや、隔離だ。

「そこなら静かだし、シリル様の視界に入ることもないわ。あなたの仕事場、そこに移しておいたから」
「……え?」
「もう荷物は運ばせているわよ。今の執務室の私物は全てね」

 手回しが早すぎる。
 俺は目を見開いたが、すぐに諦めの感情が波のように押し寄せてきた。

 これは、チャンスかもしれない。
 俺自身、自分の感情(この胸の痛み)を持て余している。
 シリル様の近くにいると、苦しくて、惨めで、泣きたくなる。
 少し距離を置いた方が、お互いのためになるのかもしれない。

「……承知いたしました」

 俺は書類を受け取った。
 エリス様が満足げに笑う。

「賢明な判断ね。……さあ、行きなさい。シリル様が戻る前に」


 ◇◇◇

 俺は執務室に戻らず、そのまま北の塔へと向かった。
 塔の中は薄暗く、カビと古い紙の匂いがした。
 殺風景な部屋の真ん中に、俺の荷物が入った段ボール箱がポツンと置かれている。

「……ここが、新しい職場か」

 窓から見える景色は、鬱蒼とした森だけ。
 煌びやかな本邸は遥か遠くに見える。
 シリル様のいる場所から、一番遠い場所。

 俺は箱を開けた。
 中には、愛用のティーセット、マッサージグッズ、そして『スパダリへの道』と書かれたノートが入っていた。
 それを見た瞬間、堪えていた涙が溢れそうになった。

「泣くな、リアン」

 俺は天井を見上げた。
 これが、スパダリの試練だ。
 愛する人(師匠)の大成のために、自ら泥をかぶり、身を引く。
 なんてカッコいい生き様だ。ハードボイルドだ。
 そう自分に言い聞かせないと、心が折れてしまいそうだった。

「よし、掃除だ! 環境整備もスパダリの基本スキル!」

 俺は空元気を出し、雑巾を持って掃除を始めた。
 窓を拭き、床を磨く。
 体を動かしていれば、余計なことを考えなくて済む。
 シリル様が今頃、俺がいなくなった執務室でどうしているか、なんて考えなくて済む……。


 ◇◇◇

 夕刻。
 シリルは、王宮での会議を終えて屋敷に戻った。
 足取りは重いが、執務室に戻ればリアンがいると思うと、自然と早足になる。
 今日の夕食は、リアンのリクエストでハンバーグにする予定だ。そう伝えれば、彼はきっと尻尾を振って喜ぶだろう。

「リアン、戻ったよ」

 シリルはドアを開けた。
 しかし、返事はなかった。
 部屋は静まり返っている。
 夕日が差し込む室内は整然としていたが、何かが足りない。

 デスクの横。
 いつもリアンが座っていた小さな机が、綺麗に片付けられていた。
 私物がない。
 読みかけの本も、書きかけの書類も、お気に入りのマグカップも。
 まるで、最初からそこに誰もいなかったかのように。

「……リアン?」

 嫌な汗が背中を伝う。
 シリルはベルを鳴らした。
 すぐに執事長が飛んでくる。

「リアンはどこだ。部屋にいない」
「え……? リアン様なら、先ほど『人事異動があった』と荷物をまとめて出て行かれましたが……」
「人事異動? 私がそんな辞令を出した覚えはないぞ」
「は、しかし、エリス王女殿下の署名入りの書類をお持ちで……ご自身も『納得している』と……」

 バキッ。

 シリルが掴んでいたドアノブが、ひしゃげた音を立てた。
 執事長が青ざめて後ずさる。

「どこへ行った」
「き、北の……資料保管塔へ……」

 シリルは返事もせず、弾丸のように走り出した。


 ◇◇◇

 北の塔。
 掃除を終えた俺は、簡易ベッドに座ってぼんやりと夕日を眺めていた。
 お腹が空いた。
 でも、食堂に行く気力もない。
 今日はもう、このまま寝てしまおうか。

 その時。

 バンッ!!

 階下の扉が、爆発したかのような音を立てて開いた。
 ドカドカと階段を駆け上がってくる足音が聞こえる。
 ただ事ではない足音だ。

「え、なに? 熊?」

 俺が身構えた瞬間、部屋のドアが蹴破られた。

「リアン!!」

 そこに立っていたのは、熊よりも恐ろしい形相のシリル様だった。
 肩で息をし、髪は乱れ、瞳は血走っている。
 俺は腰を抜かしそうになった。

「し、師匠!? どうしてここに……」
「どうして、だと……?」

 シリル様が近づいてくる。
 一歩、また一歩。
 その圧迫感に、俺は後ずさり、壁に背中がついた。

「勝手に荷物をまとめて、こんな廃墟に引きこもって……私から逃げられるとでも思ったのか?」
「に、逃げたわけじゃありません! 異動の辞令が出たので、仕事場を移しただけで……」
「誰の辞令だ! 私は認めていない!」

 シリル様が叫んだ。
 その声には、怒りだけでなく、深い悲痛が混じっていた。

「なぜ相談しなかった! なぜ、あの女の言うことは聞いて、私の言うことは聞かないんだ!」
「だって……!」

 俺も叫び返した。
 抑えていた感情が、決壊した。

「だって、そっちの方が師匠のためになると思ったから! 俺みたいな凡人が側にいたら、師匠の評判が下がるだけだし、王女様との縁談だって……!」
「まだそんなことを言っているのか!!」

 ダンッ!

 シリル様の手が壁を叩き、古い漆喰がパラパラと落ちた。
 至近距離で睨みつけられる。
 その瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。

「……あ」

 シリル様が、泣いている。
 俺は息を呑んだ。

「お前は……本当に、私のことがわからないんだな」

 シリル様の声が震えている。

「評判? 家柄? そんなもの、どうでもいい。私が欲しいのは、公爵としての地位でも、王家の後ろ盾でもない」
「……じゃあ、なんなんですか」
「お前だ」

 シリル様は俺の肩を掴み、揺さぶった。

「お前がいない世界で、私が正気でいられると思うか? 帰ってきて、お前がいなかった時の絶望がわかるか? ……心臓を抉り取られた気分だった」

 切実な言葉が、俺の胸に突き刺さる。
 俺は、自分が思っていた以上に、この人に深く愛されている(依存されている)のかもしれない。
 それは「ペットへの愛」なんて軽いものじゃない。
 もっと重くて、暗くて、逃げ場のない……執着。

「……ごめんなさい。俺、また間違えましたか」
「大間違いだ。スパダリ失格だ」

 シリル様は俺の額に自分の額を押し付けた。
 熱い。火傷しそうなほど熱い。

「もう許さない。私の目の届かない場所に行くなんて、二度とさせない」
「師匠……」
「帰るぞ。お前の居場所はここじゃない。私の隣だ」

 シリル様は俺の手首を掴んだ。
 ブレスレットの冷たい感触が、今はひどく安心できた。
 俺は頷いた。

「はい。……帰ります」

 俺たちは塔を出た。
 もう、迷わない。
 エリス様になんと言われようと、世間にどう思われようと、俺はシリル様の側にいる。
 それが、彼にとっての唯一の救いなら。

 だが。
 俺たちの絆が深まったことを、面白く思わない人間が一人。
 本邸の窓からこちらの様子を伺っていたエリス王女は、ギリリと扇子を握りしめていた。

「……小賢しい。言葉で言ってもわからないなら、実力行使に出るしかないわね」

 彼女の手には、小瓶が握られていた。
 怪しく揺らめく紫色の液体。
 それは、王家の宝物庫から持ち出した、禁断の秘薬だった。
 次なる波乱が、すぐそこまで迫っていた。
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