7 / 20
5.5話 エリオット視点
しおりを挟む彼が少しずつ回復している姿を見て、胸を撫で下ろしていた。
出会ったときは命の灯が今にも消えそうで、冷たい体を必死に温めることしかできなかったが、彼はその小さな体で必死に生き抜こうとしていた。
そんな姿に、俺の心は日々温かく満たされていく。
けれど、母の病が癒える兆しが見えない中で、俺の心には焦燥感も同時に募っていた。
どれだけ努力しても、母の顔色は日に日に悪くなるばかりだった。
彼と別れて森から帰ってきたつもりが、なぜか彼は俺と一緒にこの家に来ていた。
しかも、俺が仕事でいない間、母のそばにいる姿をたびたび見かけるようになった。彼は俺たちから何かを感じ取り、力を貸そうとしているのだと薄々気づいてはいた。
彼は妖精であり、その命自体が奇跡のような力を宿している。
それでも、その存在が本当に母を癒せるのかはわからないし、何より――その力を奪うような形になってしまうことが怖かった。
それでも、彼が何をしてくれたのかはわからないが、徐々に母の顔色は良くなっていった。
最近では起きて会話もできるようになり、久しぶりに一緒にご飯を食べることもできた。こんな幸せがまた味わえるなんて……彼に感謝しかない。
ただ、母に何かをした後の彼は今にも消えてしまいそうで、見ていて辛かった。
ある日、仕事から戻り、いつも通り母の顔を見に行くと、母が床に倒れていた。
悪化したのか!? と慌ててその顔色を覗き込む。だが苦しんでいる様子はなく、むしろ顔色はかなり良くなっているように見えた。
安らかに眠る母の姿は、これまでで一度も見たことのない穏やかなものだった。
安堵しながら母をベッドに戻す。――ふと、彼の姿がないことに気づいた。
あたりを探し回るが、どこにも見当たらない。彼をよく見かけた場所もくまなく探したが、いない。最悪の予想が浮かんでは打ち払うを繰り返した。
「どこにいる? 返事をしてくれないか?」
反応はない。感覚を研ぎ澄ますと、ただ何かがこの部屋にいる気配だけがした。
隅に置いていた森で作った籠が目に入る。そこには、黒く染まり、ところどころ透けている小さな体が力なく横たわっていた。
「……!」
その姿を見た瞬間、胸が強く締めつけられ、目の前が一瞬暗くなるような感覚に襲われた。
彼の体はまるで生命を失ったかのように冷たく、俺の腕に抱かれても頼りないほど軽い。――彼がここまで自分を削って、母のために力を使ってくれたのだということはすぐに理解できた。
「どうして……君がこんなに……」
その無私の献身に、胸が押しつぶされるような思いだった。言葉もなく、ただただ申し訳なさが溢れてくる。
彼は俺に何も言わないまま、純粋な気持ちで母を救おうとしてくれていたのだ。けれど、こんな姿にしてしまっていいはずがない。
彼を傷つけないように籠ごと胸に抱き、俺は夜の森へと駆け出した。
冷たい風が体に刺さり、闇が恐ろしいほど深く立ちはだかるが、そんなことはどうでもよかった。――彼を何とかして救いたい、その一心で足を進める。
暗い森の奥へと進むうちに、魔物の気配が濃くなってきた。視界の隅に魔物の影がちらつく。そのたびに剣を引き抜き、襲いかかってくる魔物を払いながら進んだ。
傷だらけになりながらも、彼を抱きしめる腕だけは決して緩めなかった。
やがて、月明かりに照らされ、神域の湖面が姿を現した。人間には入ることのできないはずの場所――それなのに、今日はなぜかすんなり入れた。俺以外にも彼を助けたい何かがいるのかもしれない。
神聖な光を湛える湖。その静けさが、今はどこか痛々しく感じられた。俺は湖の縁に膝をつき、彼の体をそっと湖水に浸していった。
「頼む……どうか、彼を助けてくれ……」
冷たい水が彼の体に触れるたびに、黒く染まった色がほんの少しずつ薄れていくように見えた。
それでも体温は戻らない。焦りが胸の奥からじわじわと広がり、どうしてもこの状況を変えたいと願う自分がいる。
「……君を助けるために、何かできることがあるはずだ……」
そのとき、不意にある考えが浮かんだ。――騎士の誓い。
それは、騎士が一生に一度だけ使うことのできる、生涯を共にする相手を守り抜く誓いだ。
それを行えば伴侶と命を共有し、同じ寿命で、同じ日に最期を迎えることになる。
ただ、それは人間同士で行うことが想定されているもの。病に倒れた伴侶に使うのが一般的で、寿命を削ってでも守りたい者に捧げられるものとされていた。
――彼にとって、これが望ましいことなのかどうか、わからない。
「……でも、俺は君をこのまま死なせたくない!!」
苦悩と焦りが押し寄せてくる。俺は彼を救いたい――それが本心だ。
けれどもし、彼に選ぶ余地があるのなら、本来ならば同意を得た上で誓うべきだという思いは揺るがなかった。
だが、今この瞬間に彼が消えてしまうかもしれないという恐怖が、俺を突き動かしていた。
「すまない……許してくれ。君の命がかかっているんだ。頼む……いいと言ってくれ」
彼は俺の言葉が聞こえていたのか、微かに首を縦に振った。意味を理解していないのかもしれない。
それでも、俺を動かすには十分だった。
覚悟を決め、誓いを交わす決意を固めた。彼の小さな手を握りしめ、その命の灯が途絶えないようにと祈る。俺にできることがあるなら、今この瞬間にすべてを捧げようと、冷たい体を支えながら呟いた。
彼の顔をそっと上に向け、指で口を開かせる。――魔物との戦いで負った傷から血が滲み出すのを感じ、そのまま彼の唇へと垂らした。
瞬間、まばゆい光が辺りを包み込む。
「……!」
俺の目の前で、彼の体から黒い色が消え、少しずつ元の姿に戻っていく。
その光景に目を見張りながら、彼がまるで人間のような大きさに変わっていくのを見つめていた。
光が収まったとき、俺の膝の上で彼は静かに目を閉じ、眠っていた。
その顔は安らかで、今まで見た中で最も穏やかな表情だった。
彼の無事を確かめると、胸の奥から安堵と同時に大きな感謝が込み上げてきた。
「……君を、勝手に誓いで縛ってしまった……すまない」
458
あなたにおすすめの小説
転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる
塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった!
特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。
普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている
迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。
読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)
魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。
ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。
それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。
それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。
勘弁してほしい。
僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。
麗しの眠り姫は義兄の腕で惰眠を貪る
黒木 鳴
BL
妖精のように愛らしく、深窓の姫君のように美しいセレナードのあだ名は「眠り姫」。学園祭で主役を演じたことが由来だが……皮肉にもそのあだ名はぴったりだった。公爵家の出と学年一位の学力、そしてなによりその美貌に周囲はいいように勘違いしているが、セレナードの中身はアホの子……もとい睡眠欲求高めの不思議ちゃん系(自由人なお子さま)。惰眠とおかしを貪りたいセレナードと、そんなセレナードが可愛くて仕方がない義兄のギルバート、なんやかんやで振り回される従兄のエリオットたちのお話し。完結しました!
溺愛の加速が尋常じゃない!?~味方作りに全振りしたら兄たちに溺愛されました~
液体猫(299)
BL
毎日投稿だけど時間は不定期
【《血の繋がりは"絶対"ではない。》この言葉を胸にクリスがひたすら愛され、大好きな兄と暮らす】
アルバディア王国の第五皇子クリスは冤罪によって処刑されてしまう。
次に目を覚ましたとき、九年前へと戻っていた。
巻き戻す前の世界とは異なるけれど同じ場所で、クリスは生き残るために知恵を振り絞る。
かわいい末っ子が過保護な兄たちに可愛がられ、溺愛されていく。
やり直しもほどほどに。罪を着せた者への復讐はついで。そんな気持ちで新たな人生を謳歌する、コミカル&シリアスなハッピーエンド確定物語。
主人公は後に18歳へと成長します(*・ω・)*_ _)ペコリ
⚠️濡れ場のサブタイトルに*のマークがついてます。冒頭のみ重い展開あり。それ以降はコミカルでほのぼの✌
⚠️本格的な塗れ場シーンは三章(18歳になって)からとなります。
推し変したら婚約者の様子がおかしくなりました。ついでに周りの様子もおかしくなりました。
オルロ
BL
ゲームの世界に転生したコルシャ。
ある日、推しを見て前世の記憶を取り戻したコルシャは、すっかり推しを追うのに夢中になってしまう。すると、ずっと冷たかった婚約者の様子が可笑しくなってきて、そして何故か周りの様子も?!
主人公総愛されで進んでいきます。それでも大丈夫という方はお読みください。
過労死研究員が転生したら、無自覚チートな薬草師になって騎士様に溺愛される件
水凪しおん
BL
「君といる未来こそ、僕のたった一つの夢だ」
製薬会社の研究員だった月宮陽(つきみや はる)は、過労の末に命を落とし、魔法が存在する異世界で15歳の少年「ハル」として生まれ変わった。前世の知識を活かし、王立セレスティア魔法学院の薬草学科で特待生として穏やかな日々を送るはずだった。
しかし、彼には転生時に授かった、薬草の効果を飛躍的に高めるチートスキル「生命のささやき」があった――本人だけがその事実に気づかずに。
ある日、学院を襲った魔物によって負傷した騎士たちを、ハルが作った薬が救う。その奇跡的な効果を目の当たりにしたのは、名門貴族出身で騎士団副団長を務める青年、リオネス・フォン・ヴァインベルク。
「君の知識を学びたい。どうか、俺を弟子にしてくれないだろうか」
真面目で堅物、しかし誰より真っ直ぐな彼からの突然の申し出。身分の違いに戸惑いながらも、ハルは彼の指導を引き受ける。
師弟として始まった二人の関係は、共に過ごす時間の中で、やがて甘く切ない恋心へと姿を変えていく。
「君の作る薬だけでなく、君自身が、俺の心を癒やしてくれるんだ」
これは、無自覚チートな平民薬草師と、彼を一途に愛する堅物騎士が、身分の壁を乗り越えて幸せを掴む、優しさに満ちた異世界スローライフ&ラブストーリー。
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 ほぼ毎日お話のことを登場人物の皆が話す小話(笑)があがります。
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新!
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる