(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g

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5.5話 エリオット視点

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 彼が少しずつ回復している姿を見て、胸を撫で下ろしていた。
 出会ったときは命の灯が今にも消えそうで、冷たい体を必死に温めることしかできなかったが、彼はその小さな体で必死に生き抜こうとしていた。
 そんな姿に、俺の心は日々温かく満たされていく。

 けれど、母の病が癒える兆しが見えない中で、俺の心には焦燥感も同時に募っていた。
 どれだけ努力しても、母の顔色は日に日に悪くなるばかりだった。

 彼と別れて森から帰ってきたつもりが、なぜか彼は俺と一緒にこの家に来ていた。
 しかも、俺が仕事でいない間、母のそばにいる姿をたびたび見かけるようになった。彼は俺たちから何かを感じ取り、力を貸そうとしているのだと薄々気づいてはいた。

 彼は妖精であり、その命自体が奇跡のような力を宿している。
 それでも、その存在が本当に母を癒せるのかはわからないし、何より――その力を奪うような形になってしまうことが怖かった。

 それでも、彼が何をしてくれたのかはわからないが、徐々に母の顔色は良くなっていった。
 最近では起きて会話もできるようになり、久しぶりに一緒にご飯を食べることもできた。こんな幸せがまた味わえるなんて……彼に感謝しかない。
 ただ、母に何かをした後の彼は今にも消えてしまいそうで、見ていて辛かった。

 ある日、仕事から戻り、いつも通り母の顔を見に行くと、母が床に倒れていた。
 悪化したのか!? と慌ててその顔色を覗き込む。だが苦しんでいる様子はなく、むしろ顔色はかなり良くなっているように見えた。
 安らかに眠る母の姿は、これまでで一度も見たことのない穏やかなものだった。

 安堵しながら母をベッドに戻す。――ふと、彼の姿がないことに気づいた。
 あたりを探し回るが、どこにも見当たらない。彼をよく見かけた場所もくまなく探したが、いない。最悪の予想が浮かんでは打ち払うを繰り返した。

「どこにいる? 返事をしてくれないか?」

 反応はない。感覚を研ぎ澄ますと、ただ何かがこの部屋にいる気配だけがした。
 隅に置いていた森で作った籠が目に入る。そこには、黒く染まり、ところどころ透けている小さな体が力なく横たわっていた。

「……!」

 その姿を見た瞬間、胸が強く締めつけられ、目の前が一瞬暗くなるような感覚に襲われた。
 彼の体はまるで生命を失ったかのように冷たく、俺の腕に抱かれても頼りないほど軽い。――彼がここまで自分を削って、母のために力を使ってくれたのだということはすぐに理解できた。

「どうして……君がこんなに……」

 その無私の献身に、胸が押しつぶされるような思いだった。言葉もなく、ただただ申し訳なさが溢れてくる。
 彼は俺に何も言わないまま、純粋な気持ちで母を救おうとしてくれていたのだ。けれど、こんな姿にしてしまっていいはずがない。

 彼を傷つけないように籠ごと胸に抱き、俺は夜の森へと駆け出した。
 冷たい風が体に刺さり、闇が恐ろしいほど深く立ちはだかるが、そんなことはどうでもよかった。――彼を何とかして救いたい、その一心で足を進める。

 暗い森の奥へと進むうちに、魔物の気配が濃くなってきた。視界の隅に魔物の影がちらつく。そのたびに剣を引き抜き、襲いかかってくる魔物を払いながら進んだ。
 傷だらけになりながらも、彼を抱きしめる腕だけは決して緩めなかった。

 やがて、月明かりに照らされ、神域の湖面が姿を現した。人間には入ることのできないはずの場所――それなのに、今日はなぜかすんなり入れた。俺以外にも彼を助けたい何かがいるのかもしれない。
 神聖な光を湛える湖。その静けさが、今はどこか痛々しく感じられた。俺は湖の縁に膝をつき、彼の体をそっと湖水に浸していった。

「頼む……どうか、彼を助けてくれ……」

 冷たい水が彼の体に触れるたびに、黒く染まった色がほんの少しずつ薄れていくように見えた。
 それでも体温は戻らない。焦りが胸の奥からじわじわと広がり、どうしてもこの状況を変えたいと願う自分がいる。

「……君を助けるために、何かできることがあるはずだ……」

 そのとき、不意にある考えが浮かんだ。――騎士の誓い。
 それは、騎士が一生に一度だけ使うことのできる、生涯を共にする相手を守り抜く誓いだ。
 それを行えば伴侶と命を共有し、同じ寿命で、同じ日に最期を迎えることになる。
 ただ、それは人間同士で行うことが想定されているもの。病に倒れた伴侶に使うのが一般的で、寿命を削ってでも守りたい者に捧げられるものとされていた。
 ――彼にとって、これが望ましいことなのかどうか、わからない。

「……でも、俺は君をこのまま死なせたくない!!」

 苦悩と焦りが押し寄せてくる。俺は彼を救いたい――それが本心だ。
 けれどもし、彼に選ぶ余地があるのなら、本来ならば同意を得た上で誓うべきだという思いは揺るがなかった。
 だが、今この瞬間に彼が消えてしまうかもしれないという恐怖が、俺を突き動かしていた。

「すまない……許してくれ。君の命がかかっているんだ。頼む……いいと言ってくれ」

 彼は俺の言葉が聞こえていたのか、微かに首を縦に振った。意味を理解していないのかもしれない。
 それでも、俺を動かすには十分だった。

 覚悟を決め、誓いを交わす決意を固めた。彼の小さな手を握りしめ、その命の灯が途絶えないようにと祈る。俺にできることがあるなら、今この瞬間にすべてを捧げようと、冷たい体を支えながら呟いた。

 彼の顔をそっと上に向け、指で口を開かせる。――魔物との戦いで負った傷から血が滲み出すのを感じ、そのまま彼の唇へと垂らした。
 瞬間、まばゆい光が辺りを包み込む。

「……!」

 俺の目の前で、彼の体から黒い色が消え、少しずつ元の姿に戻っていく。
 その光景に目を見張りながら、彼がまるで人間のような大きさに変わっていくのを見つめていた。

 光が収まったとき、俺の膝の上で彼は静かに目を閉じ、眠っていた。
 その顔は安らかで、今まで見た中で最も穏やかな表情だった。
 彼の無事を確かめると、胸の奥から安堵と同時に大きな感謝が込み上げてきた。

「……君を、勝手に誓いで縛ってしまった……すまない」
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