侯爵様の愛人ですが、その息子にも愛されてます

muku

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49、兄と弟

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 * * *

 ジュードの弟、ロディオン・リトスロードは、一族の中でも飛び抜けて優秀だった。幼い時分、初めて剣を手にした瞬間から特別だと皆が気づいた。
 神の子かと思われた。ろくに教えずとも体は動き、一日また一日と腕を上げ、すぐに大人すら負かすようになった。

 人間離れした強さであり、誰からも将来を期待された。そして輝く将来は約束されていた。成長は目覚ましく、日々勢いがついて他を寄せ付けない。

 その事実は、兄、ジュード・リトスロードの自尊心を少なからず傷つけた。
 ロディオンは特殊だから、あなたが勝っていなくても気に病むことはない。そう励ます者もいたが、慰められはしなかった。

 兄が弟より劣っているなど、恥でしかない。
 ロディオンは人当たりがよく、誰からも好かれた。無骨な兄へも尊敬の念を抱き、慕ってきた。
 だからジュードは尚のこと、惨めになった。

(どれだけ鍛錬を積もうが、知識を蓄えようが、ロディオンにはかなわない。力も、人格も……)

 長子として家を継ぐ。リトスロード侯爵となるのはジュードだ。
 譲れるものなら譲りたかった。お前の方が当主に相応しい、と。

「ジュード様はいつも、しかめつらしていらっしゃるのね」

 恐ろしい顔をものともせずに近づいてくる一人の令嬢がいた。エリイシアという、伯爵家の娘だった。
 鈴を転がしたような美しい声で彼女は笑う。誰にも分け隔てなく接する、心優しい女性だった。見た目も気立ても申し分ない。誰だってエリイシアを好きになる。

「何かご不満がおありなんですの?」

 ロディオンを伴って王宮に向かった帰り、たまたま王宮内でエリイシアに遭遇し、木漏れ日の溢れる庭で会話をすることになった。
 エリイシアは令嬢の集まる茶会の帰りだったという。

「ジュード様は素敵な御方なのに、いつもこんな風に」

 とエリイシアは眉をひそめて怖い顔をして見せた。愛らしい唇を尖らせる。

「何かに納得がいかない顔をしていらっしゃるわ」
「自分には足りないものが多すぎる」
「まあ、贅沢ですのね。足りている部分には目を向けて差し上げないのですか? あなたは今のままで十分素晴らしい方です。あんまり自分をいじめると、可哀想だわ」

 エリイシアは指を折って、ジュードの素晴らしい部分をあげていく。努力を怠らないところ、驕らないところ、厳しくも優しいところ、誠実なところ……。

「私は弱い」
「あなたが弱いのであれば、国の大半の人間は弱い者になってしまいますわ。ジュード様、ご自分をもっと愛してあげて。あなたは立派な方です。私が保証します。私が信じられないのですか?」

 栗色の豊かな波打つ髪が、陽光を受けて輝いている。無垢な白い肌。その瞳の純真さ。
 彼女に見つめられていると、心の中にある巨大な氷が少しずつ溶けていくようだった。凍えた気持ちが温められる。

「やあ、エリイシア! こんなところにいたのか」
「ロディオン」

 ぱっとエリイシアが表情を明るくして立ち上がる。
 エリイシアとロディオンは歳が同じで、幼なじみだ。
 二人が睦まじく話をするさまを、ジュードは離れたところで見守っていた。

 エリイシアの頬が淡く染まっている。ロディオンも熱っぽい視線を彼女にそそぐ。
 ロディオンはエリイシアを愛しているのだ。そしてエリイシアも、きっと。
 似合いの二人だとジュードは思った。あの二人は結ばれるべきなのだ。どちらも何の不足もない。

「兄上、何してるんですか。座ってないであなたもこちらにいらっしゃい。美味しいお菓子をくすねてきましたよ。三人で食べましょう」
「ですって、ジュード様」

 昼の光に祝福されたような男女である。気高いロディオンと、心優しいエリイシア。
 自分だって祝福する。この惨めな気持ちの責任は、ロディオンにあるわけではない。弟は優れているだけで、それは悪いことでは決してない。

 悪いのは、弱い私なのだ。
 ジュードの心はまた、静かに凍っていった。


 ロディオンは、ジュードの目の前で呆気なく死んだ。
 二人で魔石鉱山へ視察に行き、大変なものを発見した帰りだった。人に聞かれたら騒ぎになるとわかっていたから、詳細は二人しか知らない。

 これからそれを王都に運ぶところだったのだ。
 運が悪いのか誰かの罠なのか、強力な魔物の襲撃にあった。地下の迷宮へ追い込まれる羽目になり、難儀していたところへ大規模な爆発に巻き込まれた。
 ロディオンは崩れた岩の下敷きになり、ジュードが見つけた時には瀕死の状態だった。

「しっかりしろ、ロディオン。今助ける」

 鉱脈の関係か術が発動しないので、自分の力を頼るしかない。しかし岩は、とても一人で動かせるような大きさではなかった。
 じわじわと血は流れてジュードの足下を染める。ロディオンの命が流れ出る。
 胸が潰されているのか、ひゅうひゅうと苦しげな息を漏らしながらロディオンは喋った。

「助かりません……、兄上。また上のものが崩れるかもしれない。逃げて下さい」
「弱気なことを言うなど、お前らしくもない」

 歯を食いしばって岩に全体重をこめるが、びくともしなかった。状況は理解できていたが、受け止められない。

「これを、必ず、王家の元へ……。悪漢の手に渡らないよう」

 ロディオンが必死に守ったものを差し出した。
 赤く輝き、しかしあちこちが砕けた――。
 一級石。

 鉱山から一級石が採掘されたなど前代未聞だった。もうその等級の石はどこからも見つからないだろうというのが王都の学者の見解だったのだ。
 ロディオンは次第に意識が混濁していくようだった。

「死ぬな、ロディオン」

 死んでいいわけがない。血を分けた、たった一人の弟だ。誰からも必要とされているロディオン。これから彼はもっと強くなり、敬われ、愛されるはずだった。

「兄上……あなたを一人にして……苦労をかけますが……申し訳ありません……それから……」

 最期のロディオンの言葉を聞いて、ジュードは目を見開いて動きを止めた。

「エリイシアを頼みます」

 エリイシアを。
 そして弟はこの世を去った。
 ジュードは弟を守ることが出来ず、最もこの国に必要であったはずの男を失ってしまった。
 残されたのは劣ったこの兄。

 長らく呆然と膝をついていたジュードの目は、散らばった一級石の欠片に吸い寄せられていた。
 これを、使えばどうだろうか?

 一級石の力は強大だ。これを利用すれば、私はロディオンと同等、いや、それ以上の力を得られるかもしれない。
 一級石を見つけたことは、自分とロディオンしか知らないのだ。

(ロディオンがいなくなった)
(そうしたら、エリイシアは)
(エリイシアは私に振り向いてくれるだろうか?)

 自分がそんなことを考えていると気づいた瞬間、ジュードの中で何かが音を立てて砕け散った。


 ロディオンが失われて嘆き悲しんだエリイシアだったが、周りの説得もあり、その後ジュードの妻となることに決まった。
 無理をすることはない、とジュードは言ったが、「あなたのことは心から愛しておりますわ」とエリイシアは笑っていた。

 どの道、エリイシアはリトスロード侯爵家に縁づく予定であり、家としては兄と弟、どちらが夫でもよかったのだ。
 あの時発見された一級石は極秘に王室に献上され、隠し持って来た欠片でジュードは禁忌に手を出した。

 一級石の欠片を背中に「埋めた」のである。
 それからは仕事に明け暮れた。
 力も、愛した人も、望んだものは全て手に入れたが、同時に全てを失っていた。

 ――エリイシア。私は、醜い男だ。

 変わらぬ優しさで包んでくれるエリイシア。愛にすがり愛に飢え、しかし求めた愛がどれほど自分を傷つけただろう。
 一級石の欠片はジュードに力を与えたが、同時に心身を蝕んだ。いつしか癒着し、離れなくなってしまっている。石のせいで精神にも異常をきたしつつあった。

「あまり自分を痛めつけないでくださいな」

 エリイシアは悲しげに笑って、いつもジュードの手をとった。温もりが伝わると、ジュードはなんとも言えない気持ちになった。

 エリイシアを愛している。
 愛する資格などないけれど。

「あなたはちっとも、悪くなんてないんだわ」

 真実を知っても、エリイシアは同じように言うだろう。夫がどれほど下劣だったとしても、許すだろう。
 ひょっとすると、全てを知っているのではないかとすら思う。
 償い切れない罪だと知りながら、ジュードは贖うように身を捧げて魔物と戦い続けた。

 だが、妻が病にかかり、自分が許されていないことを痛感した。
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