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54、たった一つの大切な愛
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この迷宮の一画の主である竜を倒したからか、魔物の出現は一気に収まった。
一連の騒ぎが嘘のように静まり、瘴気までが薄くなっている。
大昔に倒すのに手こずって封印された竜を、こうもあっさり斬ってしまうとは。エヴァンの底知れぬ才能にフィアリスは複雑な思いだった。
まだ総合的に判断すれば、フィアリスもレーヴェもエヴァンに技術は抜かれていないはずだ。けれどそう言っていられるのも時間の問題かもしれない。
想定よりも、成長の速度が凄まじい。
「君は私より強くなりそうだ……」
「嬉しいですか?」
横に並んだエヴァンに尋ねられる。両想いだとわかってからは、今までより距離が近い気がするが、まあいいだろう。嫌ではないから。
「教え子がどんどん立派になるのは、師としては嬉しいけどね」
これは気を抜いていられないな、と内心焦る。
そこへ一台の馬車がやって来た。こんなところまで馬車で来る者がいるとは驚きだが、出てきたのは一人の婦人だった。
ジュードと歳が近そうで、ドレスではなく動きやすい乗馬服のようなものに身を包んでいる。
フィアリスは以前彼女を一度だけ目にしたことがあった。
「リーゼリア様」
そう呼んだのはノアだ。彼女はジュードの従姉妹で、エリイシアの親友だと聞いている。葬儀で見かけただけで、フィアリスは口をきいたことがなかった。
未亡人で女領主。おまけに武人ときている。厳しさが顔つきにもあらわれていて、少々きつそうだが美人であった。
リーゼリアは竜の死骸と倒れたジュードと、エヴァンが剣にはめている一級石を見ただけで、大体のことを理解したらしかった。
「ご機嫌よう、エヴァン。大きくなったわね」
「お久しぶりです」
エヴァンも挨拶をした。親戚ではあるが、ほとんど会う機会はなかった。
話を聞くと、溢れた魔物を倒すために駆けつけたというが。
「ジュードは私のところで療養させましょう」
リーゼリアがそんなことを言い出したので、皆は顔を見合わせる。
「魔石の影響で体を壊した魔術師の症例を何度も診てきた医者が、うちの領地にはいますから。私も若い頃から医学を学んできていて、面倒は見れるわ」
ノアによると、リーゼリアの領地は珍しい薬草を育てていることで有名らしい。
「私は、この人が魔石を体に埋めていたことを早くから知っていたのよ」
リーゼリアの告白に、フィアリスは驚きを禁じ得なかった。
フィアリスのように魔石の気配を感じたわけではなく、女の勘と、症状を見てのことだったらしい。問いつめても白状はせず、反対に絶縁されてしまったのだそうだ。
一切近づくことを禁じられ、手紙を出しても返事はなしのつぶて。リーゼリアも腹を立て、死ぬなら勝手に死ねばいい、と強情を張っていたらしい。
「私は若い頃、この人のことが好きだったから。この人はエリイシア一筋だったけどね。エリイシアは良い子だったわ。エリイシアの死まで自分のせいだと思い詰めて、私はもうお手上げだったわね」
淡々とリーゼリアは心情をのべていく。そしてフィアリスの方を向いた。
「あなたがこの人を支えてくれていたのね。ありがとう、礼を言うわ。この人なんて、礼など言わないでしょう。だからこの人の分までお礼を言います」
「いいえ、リーゼリア様。それは違います。私はジュード様を支えてなどいません。自分のために利用していたのも同然でした」
互いに傷つけ合ってきたようなもので、礼を言われるようなことはしていない。
「細かいことはどうだっていいわ。この人を生かしておけたのはあなただけだった、それだけよ」
ジュードが弱っているのは確かで、どこかで治療はさせなければならない。リトスロードの本邸よりは、もう少し環境の良い場所に連れて行くべきだろう。
話をしている最中、短い間だがジュードが目を覚まし、了承は得られた。リーゼリアに対して何かと思うところがあるのだろうが、彼も観念したと見える。
館はしばらくエヴァンに任されることになり、話はまとまったのだった。
リーゼリアの従者が、ジュードを馬車へと運ぶ。その姿をフィアリスは見守っていた。
自分は、確かにジュードを愛していた。それは恋慕ではなかったけれど、大切な人だった。
彼に安らいでほしくて。少しでも苦痛を忘れてほしくて。生きていてほしくて。
愛してる。その一言にこめられるものはなんて多くの種類があって、複雑なのだろう。
フィアリスは隣に立つエヴァンへと身を寄せた。
今一つだけわかるのは、自分のたった一つの大切な愛の行き場を、ようやく見つけたということだ。
エヴァンがフィアリスの手に、そっと指を絡めてくる。フィアリスも彼の手を握り返した。
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