侯爵様の愛人ですが、その息子にも愛されてます

muku

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53、あらゆるものを断ち切るような

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「……ジュード様……?」

 魔物を一掃した圧倒的な力の正体は、ジュードのものだったらしい。
 病的な顔色の悪さで、服もきっちりとは着こなしていない。こんなところまでやって来ることが出来る体調ではないはずだ。歩くどころか立ち上がることさえ難しかったではないか。

 けれども目つきは、フィアリスが最後に会った時より虚ろではない。劇的な変化ではなかったが、瞳の中には平素と違う色があった。
 抑えようとしていない、感情の一端が表出している。

「ジュード様、どうして……」

 フィアリスが歩み寄ろうとすると、ジュードが一歩踏み出した。

「お前に、言わなければならないことがある。エリイシアにも言うべきだったことだ。エリイシアはもう間に合わないが、お前にならまだ言える」

 ジュードは、手にしたものを差し出した。
 血塗れのそれは、魔石だった。手のひらに乗るほどの大きさで、すべらかに形は整えられている。
 禁忌を犯して体に埋めた、一級石の欠片。

 先ほど抉り出したばかりのそれは、ジュードの血がしたたっていた。
 よろめいてジュードが膝をつく。

「ジュード様!」

 駆け寄ったフィアリスに、顔を上げないままジュードが言った。

「許してくれ、フィアリス」

 エリイシアにも言えなかった言葉。おそらくは何度も何度も飲みこんで、いつか伝えようとしてその機会を永遠に失ってしまった言葉。
 発せられた声には、あらゆるものが凝縮されていた。

 私は――この方に、許しを乞われるような人間では――ない。

 フィアリスはそう思っている。
 しかし、彼の謝罪を受け止めなければならないとも感じた。

 押し出された一言は、彼が築いた分厚い壁の向こうから、初めて温度を伴って届けられたものだった。後悔と悲嘆、そして覚悟と願い。
 己可愛さに、己を傷つけて満足する為に、彼の言葉を否定してはならない。
 私達はどちらも、間違っていた。共に罪人だ。

 二人の間にしかわからない痛みがある。
 フィアリスはジュードに、微笑んだ。

「許します。ですから私のことも、許してください」

 共に堕ちて堕ちて、ようやく底にたどり着いた。
 でもそこはまだ地獄ではなくて、戻るべき地上が見える、ただの穴の底なのだ。
 ジュードは生きてくれるだろう。自分も生きる。

 まっさらな気持ちで生きていけるほど若くはないし、やはり罪は罪なのだが、それでも、歩み出すことはできるのだ。
 初めてフィアリスは、ジュードの瞳の中に、はっきりと自分の姿が映されているのを見た。

 ジュードは体力の限界を越えたと見え、崩れるように倒れてしまった。ノアも走ってきて、脈をとる。

「今のところは」

 長年埋めていた石は体に癒着しており、分離するのはかなり危険で難しいであろうと予想された。抉り出すというのは相当な無茶である。傷も浅くはないはずだ。
 しかしひとまず命に別条はないようで、フィアリスも胸を撫でおろした。無理を押してここまでたどり着いたのだ。そういう点はフィアリスも他人を非難できる立場にはないが。

 だがほっとしたのも束の間、レーヴェの鋭い声が飛んだ。

「何をしている!」

 見ると、下でのびていたはずのギリネアスが、倒れている竜のそばにいるではないか。
 しかも手にしているのは割れて飛び散った一級石の欠片である。
 そしてそれを――竜の口にほうりこんだ。

 レーヴェがひと飛びで距離を詰めて、ギリネアスの体のど真ん中に蹴りを入れて壁に叩きつけ、気絶させたものの遅かった。
 もう動くことはないかと思われた竜だったが、もぞりと顎を動かして、一級石の欠片を飲み込んだ。

 その途端。メキメキと嫌な音がして、裂けた腹が繋がって再生していく。

 ――ガ、アアアア、ガアアアアアアアアアア!!!

 息を吹き返した竜は首をもたげて天に向かって咆哮する。
 魔石を取り込んだ効果なのか、鱗の表面には虹色の煌めきが見られ、どう見ても体表が強化されている。

 羽ばたいて風を起こし、一気に浮上しようとした。
 フィアリス、ノア、レーヴェがすかさず捕縛の術を使い、鎖を竜に巻きつける。
 だが力の強さは先ほどの比ではなく、三人とも引きずられそうになった。

「あーっ! 駄目だ、もたねぇ!」
「泣き言を言ってる暇があるなら踏ん張ってくださいよレーヴェ!」
「踏ん張っててこれなんだよ! さっきあんなに手こずったのに、石を飲み込んだんじゃますます倒せる気がしねーわ! ああ嫌だ! 俺はめんどくさいことが大嫌いだってのに!」

 海に流される船を人力で引き留めようとするような空しさがあった。
 フィアリスも地面を踏みしめていたが、今にも体が浮かび上がりそうだ。
 その横を、何故かエヴァンが悠長に通り過ぎていく。

「エ、エヴァン……?」
「父上、その石をお借りしますよ」

 エヴァンは倒れたジュードのそばにかがみこむと、一級石を拾い上げて血を拭った。
 自分の剣の二級石の装着を解除するのを見て、フィアリスは彼が何をしようとしているか悟った。

「エヴァン! やめなさい! 無茶だ!」
「無茶ならあなたも父上もやっている。それに、私なら出来ますよ」

 二級石がはまっていたところに、一級石が装着される。一級石の中で、微細な光が散って浮かび上がった。

「言ったでしょう? あなたを守るために強くなった。あなたの為なら私は、何でも出来るんです」

 過剰な自信からくる発言ではない。それは確信に満ちていた。
 一級石から放たれる光は、徐々に増していく。
 エヴァンは魔法を使って、高く飛び上がった。竜が縛られているところよりも高く。

 剣を振り上げる。
 バチン、と音がして、捕縛の鎖が振り切られた。自由になった竜が空へと放たれる。

「エヴァン!」

 空中のエヴァンと、地上にいるフィアリスの視線が交わった。
 エヴァンは強気な笑みを浮かべると、竜へと剣を振り下ろす。
 あらゆるものを断ち切るような、決意に満ちた豪快な一撃。

 それは爽快な切れ味だった。
 すっぱりと、竜の首が切り落とされた。

 丁度、切断面に魔物の核があるのが見てとれる。黒々とした核は脈動していたが、空気に触れると動かなくなり、体は地上へと墜落していった。

 ノアとフィアリスがジュードを引っ張って慌てて回避する。
 高見から軽々と着地したエヴァンは、凛々しい笑顔をフィアリスへと向けた。

「ね? 愛するあなたの為なら、何だってしてみせますよ」
「戻ってからにしてくれ、そういうの」

 レーヴェが腰に手をあてて、虚ろな目をして空を見上げた。
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