『偽物の番』だと捨てられた不憫な第三王子、隣国の冷徹皇帝に拾われて真実の愛を教え込まれる

レイ

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二十一話

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 アイゼン帝国の皇城は、未だかつてない活気に包まれていた。
 フィオーレが咲かせた「氷晶の青薔薇」の奇跡は、瞬く間に大陸中を駆け巡った。不治の病をも癒やす特効薬、そして魔力を回復させる伝説の霊薬。その源泉である「奇跡の庭師」を一目見ようと、近隣諸国から視察団という名の野次馬たちが続々と押し寄せていたのだ。

「フィオーレ様、こちらの苗木は少しだけ日当たりの良い場所へ移しましょうか」

 温室の中で、フィオーレは今日も忙しく立ち働いていた。
 最近の彼は、以前の自信なさげに俯いていた姿が嘘のように、凛とした佇まいを見せている。銀糸のような髪を後ろで緩く束ね、作業用のエプロンを締めた姿は、高貴な美しさと親しみやすさが同居し、見る者の目を奪わずにはいられない。

「そうだね、グンターさん。この子は少しだけ、お日様の光が恋しいみたいだ」

 フィオーレがふわりと微笑み、土のついた指先を頬に当てた。その仕草一つをとっても、どこか神秘的な気品が溢れている。
 そんな平和な光景を壊すように、温室の入り口からひらひらと軽薄そうな声が響いた。

「おやおや、これは驚いた。氷の国に、こんなにも愛らしい春の妖精が隠れていたなんて」

 現れたのは、南方の海洋国家・ヴェネティア連合王国からやってきた第二王子、**シルヴァン**だった。
 彼は金髪を華やかにカールさせ、真珠を散りばめた派手な衣装を纏っている。アイゼン帝国の実利的な服装とは正反対の、蝶のような男だ。シルヴァンは周囲の制止を無視し、大股でフィオーレへと歩み寄った。

「君が噂の庭師かい? ああ、美しい。その碧い瞳は、我が国の海よりも深く、澄んでいる。……ねぇ、そんなに土で汚れる仕事なんてやめて、僕と一緒に南の島へ来ないかな? 毎日、君を宝石の海で泳がせてあげるよ」

 シルヴァンはフィオーレの手を無造作に取り、その手の甲に唇を寄せようとした。
 フィオーレは驚きのあまり、目を丸くして固まってしまう。

「あ、あの、えっと……私はここにいたいので」
「遠慮しなくていいよ。アイゼンの皇帝は冷酷で有名だろう? こんな繊細な花を育てるよりも、僕に甘やかされる方が君には似合っている」

 シルヴァンがさらに顔を近づけた、その瞬間。
 温室全体の気温が、文字通り「氷点下」に叩き落とされた。
 入り口のガラスに、パキパキと薄い氷の結晶が張り付いていく。

「――その汚い口を、私の番から離せ。南の小蝿(こばえ)」

 背後から響いたのは、心臓の鼓動を強制的に止めるような、圧倒的な殺意を孕んだ低音。
 ヴォルフラムだ。
 彼は騎士団を引き連れることもなく、たった一人でそこに立っていた。けれど、その存在感だけで、温室内の空気は完全に支配されている。

「あ、ヴォルフラム様!」

 フィオーレがぱっと表情を輝かせ、シルヴァンの手を振り払ってヴォルフラムの方へ駆け寄ろうとした。
 ヴォルフラムは、フィオーレが自分の方へ向かってくるのを確認すると、わずかに目を細めた。彼はフィオーレを自分の腕の中に力強く引き寄せ、その細い腰をガシッと掴んで固定する。

「……お、おやおや、ヴォルフラム陛下。これは失礼。少し、この美しい妖精さんとお話ししていただけでして」

 シルヴァンは、ヴォルフラムの放つ凄まじい圧に顔を青ざめさせながらも、なんとか営業スマイルを保っていた。
 ヴォルフラムは、フィオーレの肩に自分の顎を乗せ、獲物を威嚇する龍のような金の瞳でシルヴァンを射抜く。

「お喋りだと? 貴公の鼻の下がだらしなく伸びていたのは、私の見間違いか? ……フィオーレは私の妃であり、この国の至宝だ。お前のような極彩色の鳥が、気安く触れていい存在ではない」
「ヴォルフラム様、痛いです……少し、力が入りすぎています」

 フィオーレがヴォルフラムの腕をぽかぽかと叩くが、皇帝は全く離す気配がない。
 むしろ、見せつけるようにフィオーレのうなじに鼻先を寄せ、深く、独占的な呼吸を繰り返した。

「……お前に、余計な羽虫が寄ってくるからだ。やはり、今すぐ婚姻の儀を前倒しにするべきだな。いや、いっそこの温室ごと、地下の最も深い場所へ移設するか」
「もう、極端すぎますよ! シルヴァン様は、ただ挨拶をしてくださっただけです」
「挨拶に唇など不要だ。……貴公、まだそこにいたのか? 今すぐ私の視界から消えろ。さもなくば、ヴェネティアとの貿易協定を白紙に戻し、お前を氷漬けにして国境へ送り返す」

 ヴォルフラムの言葉は、決して冗談には聞こえなかった。
 シルヴァンは「ひぃっ!」と短い悲鳴を上げ、派手な衣装を翻して脱兎のごとく温室を逃げ出した。

 静寂が戻った温室。
 フィオーレは、呆れたようにヴォルフラムを見上げた。

「ヴォルフラム様。あんなに脅かしたら、他国との関係が悪くなってしまいます」
「関係など知るか。……お前が、あのような男に微笑みかけていた方が問題だ」

 ヴォルフラムは、フィオーレを抱きしめたまま、その白い頬を自分の指でぐいぐいと引っ張った。
 嫉妬を隠そうともしない、子供のような仕草。
 フィオーレは、その不器用な愛情表現に、可笑しさがこみ上げてきた。

「微笑んでなんていませんよ。困っていただけです。……私を拾ってくれたのは、ヴォルフラム様でしょう? 私が誰かについていくなんて、あるはずありません」
「……本当に、そう思っているのか?」
「はい。私は、この国の庭師ですから。貴方の隣で、ずっとお花を育てていたいんです」

 フィオーレが優しく囁き、ヴォルフラムの胸板に耳を当てた。
 そこから聞こえる鼓動は、まだ激しく波打っている。
 ヴォルフラムは、深く溜息をつくと、フィオーレを押し潰さない程度の力でぎゅっと抱きしめ直した。

「……お前がそう言うなら、今回は信じてやろう。だが、明日からの視察団の案内には、常に十人の近衛兵を付けさせる。もちろん、俺も同行する」
「そんな、お仕事が……」
「これが今の俺の、最優先公務だ」

 ヴォルフラムは、フィオーレの唇を軽く啄むように奪った。
 独占欲に満ちた、けれどどこまでも甘い、皇帝陛下なりの仲直りの印。

「さあ、戻るぞ。……外の空気に触れさせすぎた。今夜は、俺の腕の中から一歩も出さんからな」

 フィオーレは、顔を赤らめながらも、その温かな独占欲に身を委ねた。
 氷の皇帝が、一人の庭師のために熱くなりすぎる日常。
 そんな騒がしくも幸せな毎日が、アイゼン帝国の新しい風物詩になろうとしていた。
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