竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜

レイ

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第十三話

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 昨夜の出来事を思い返すと、首筋のあたりがふわりと熱くなる。
 エリアンは調合室の窓を開け、火山の麓に広がる城下町を見下ろした。
 昨夜、自分を抱きしめたヴァレリウスの腕。あの岩のように硬く、けれどどこか震えていた熱量。
 
「……いけませんね。仕事、仕事」

 エリアンは自分の頬を軽く叩いた。
 今日は城下町の市場へ向かう日だ。中庭の開墾は順調だが、土壌の酸性を中和するための「灰まき石」と、新しい薬草の苗が不足している。
 準備を整え、意気揚々と玄関ホールへ向かうと、そこには見覚えのある、けれど見慣れない姿があった。

「陛下……? その格好は」

 立っていたのは、軍服を脱ぎ捨て、上質な黒の革ジャージに身を包んだヴァレリウスだ。
 いつもは上げている漆黒の髪が少しだけ額に落ち、鋭い金瞳を柔らかく縁取っている。

「……ゼフィールが、視察が必要だとうるさくてな。ついでだ、案内しろ」

 ヴァレリウスはそっぽを向いたまま、ぶっきらぼうに告げた。
 隣でゼフィールが、「僕、そんなこと言ったっけなー」と楽しそうに口笛を吹いている。
 
「そうですか! 一人だと荷物が持てるか心配だったので、助かります」
「……私は荷物持ちではないぞ」
「わかっています。最強の護衛官様ですよね」

 エリアンが笑いかけると、ヴァレリウスは眉間にしわを寄せたまま、大股で歩き出した。

---

 市場は熱気と活気に溢れていた。
 火山の恩恵を受けたこの街では、地下熱を利用した工房や、珍しい鉱石を扱う店が軒を連ねている。
 鼻をくすぐるのは、屋台から漂う香ばしい焼き肉と、刺激的なスパイスの匂い。
 
「賑やかですね。あ、陛下、あそこの店に欲しかった石があります!」

 エリアンはヴァレリウスの手首を掴み、人混みを縫うように進んだ。
 掴まれたヴァレリウスは、一瞬ぎょっとしたように固まったが、すぐにエリアンの歩幅に合わせて歩調を緩める。
 
 辿り着いたのは、古びた天幕を張った石材店だ。
 店主の男――オズワルドが、埃っぽい作業着の袖で額を拭いながら顔を上げた。

「いらっしゃい。……ほう、あんた、いい目をしてるな」
「オズワルドさん、この『焦げ茶色の泥岩』を三袋いただけますか? できれば、よく乾燥しているものを」
「泥岩だと? そんなもん、建築には使えねえぞ」
「いいえ、これは最高の肥料になるんです。地下の熱で蒸されたこの岩には、植物が喜ぶ栄養が凝縮されていますから」

 エリアンが専門的な知識を披露するたび、オズワルドの表情が驚きに変わっていく。
 その隣で、ヴァレリウスは周囲を威圧するように立っていたが、エリアンが楽しそうに石を選定する姿から視線を外せずにいた。
 
 石を購入し、重い袋をヴァレリウスが片手で軽々と持ち上げる。
 
「陛下、本当に重くないですか?」
「……羽毛よりも軽い。それより、あちらの店は何だ」

 ヴァレリウスが指差したのは、木の実を蜜で煮詰めた菓子を売る露店だった。
 甘い、焦がし砂糖の香りが風に乗って運ばれてくる。

「食べてみますか? 陛下は甘いものもお好きでしょう?」
「……別に好きではない。だが、お前が疲れているようだからな」

 不器用な言い訳と共に、ヴァレリウスが串に刺さった菓子を二つ購入した。
 エリアンは差し出された菓子を受け取り、迷わず口に運ぶ。
 サクッとした食感の後に、とろりとした蜜の甘さが広がり、鼻からハチミツの香りが抜けていく。

「美味しい……! 陛下、これ、元気が出ます」
「…………」

 ヴァレリウスもまた、無言で菓子を噛み砕いた。
 彼の喉が動くたび、満足げな空気が周囲に漏れ出す。
 恋などという自覚はない。けれど、二人で同じ甘さを共有する時間は、昨夜の狂おしい熱気とは違う、穏やかな色を帯びていた。

 ふと、エリアンが立ち止まった。
 路地裏の隅、一人の老女が枯れかけた鉢植えを前に項垂れている。
 鉢の中には、茶色く変色し、今にも力尽きそうな小さな薬草が植わっていた。

「……陛下、少しだけ待ってください」

 エリアンは迷わず老女に駆け寄った。
 ヴァレリウスは重い袋を担いだまま、黙ってその背中を見守る。

「おばあさん、この子、まだ死んでいませんよ」
「ああ、薬師さんかい。……もう何をしても駄目なんだ。火山の灰が降りすぎて、根が焼けてしまったらしい」

 エリアンは鞄から、自作の冷却水を取り出した。
 昨夜、ヴァレリウスに使ったものと同じ、氷晶草のエッセンスだ。
 
「この水を、土ではなく『茎の裏』に塗ってあげてください。そうすれば、自分で熱を逃がす力を思い出します。ほら、見ていてくださいね」

 エリアンが指先で丁寧に水を馴染ませると、数分後。
 力なく萎れていた葉が、ゆっくりと、けれど確かに上を向いた。
 
「おお……。生きてる、生きてるよ!」

 老女の顔に喜びが広がる。
 エリアンは満足げに立ち上がり、再びヴァレリウスの元へ戻ってきた。

「お待たせしました。……陛下、どうかしましたか?」

 ヴァレリウスは、エリアンをじっと見つめていた。
 
「……お前は、誰に対してもそうなのか」
「え?」
「助けが必要な者に、迷わず手を差し伸べる。……私に対しても、そうだったように」

 その言葉に含まれた微かな熱に、エリアンは一瞬、言葉を失った。
 
「……それは、私が薬師だからです。目の前で消えそうな命があるなら、繋ぎたいと思う。……陛下に対しても、そうです。私は、あなたに笑っていてほしい」

 直球すぎる言葉に、ヴァレリウスは顔を真っ赤にして背を向けた。
 
「……帰るぞ。石が重くなってきた」
「えっ、さっき羽毛より軽いって……! 待ってください、陛下!」

 夕暮れ時の市場。
 慌てて追いかける銀髪の青年と、足早に逃げるように歩く漆黒の皇帝。
 
 二人の距離は、甘い菓子の香りと、不器用な言葉の余韻を残しながら、少しずつ、少しずつ重なり始めていた。
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