竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜

レイ

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第十六話

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 朝の光が中庭を照らし、霧が晴れていく。
 新人のカイルは、泥だらけになった皇帝の姿にまだ慣れないのか、縮こまったままエリアンの後ろに隠れていた。しかし、その手には大切そうに古びた布の袋を握りしめている。

「あの……エリアン様、これを見ていただけますか。故郷の村で、代々『竜の寝床を癒すもの』と伝えられてきた種なんです」

 カイルが袋から取り出したのは、真珠のような光沢を放つ、親指ほどの大きさの種だった。
 表面には銀色の筋が脈動するように走っており、生きているかのように微かな熱を帯びている。

「これは……『共鳴の双葉(きょうめいのふたば)』の種ですね。古い文献でしか見たことがありません。二人の人間が同時に魔力、あるいは熱を注がないと芽吹かないと言われている……」

 エリアンは身を乗り出し、その不思議な種を見つめた。
 実家の蔵書では、この植物は「真実の信頼」を試すものとして記されていた。一人では決して育てられず、二人の波長が合わなければ、種は一瞬で灰になってしまう。

「陛下。……やってみませんか?」
「…………。断る。そんな庭いじりの延長のような儀式に、余が付き合う必要はない」

 ヴァレリウスは不機嫌そうに腕を組み、そっぽを向いた。
 だが、その視線はチラチラと、エリアンが持つ銀色の種へと向けられている。興味がないふりをするのは、彼の悪い癖だ。

「一人では無理なんです。陛下の強すぎる熱と、私の薬師としての調整力が合わさって初めて、この子は目覚めます。……ダメ、でしょうか」

 エリアンが上目遣いで、少しだけ困ったように眉を下げた。
 ヴァレリウスの喉が、わずかに上下する。
 彼は大きな溜息をつくと、のしのしとエリアンの隣へ歩み寄った。

「……一度だけだ。失敗しても文句を言うな」
「ありがとうございます! さすが陛下、話がわかる」

 エリアンは手際よく、昨日耕したばかりの「特等席」に穴を掘った。
 泥岩の粉を混ぜ込み、最高の状態に整えられた土。その中心に、銀色の種をそっと置く。

「さあ、陛下。右手をここに。私は左手を添えます」

 ヴァレリウスの大きな掌が、土の上に置かれる。
 エリアンはその上から、自分の手を重ねた。
 
 ――熱い。
 
 肌が直接触れ合う感触。ヴァレリウスの手は、剣を握るための硬いタコがあるのに、エリアンの手が重なると、驚くほど繊細に震えた。
 エリアンは自分の心臓が、トクン、と大きく跳ねるのを感じた。
 それは火山の熱のせいではない。もっと内側から湧き上がる、説明のつかない生理反応だ。

「陛下、力を抜いて。……私があなたの熱を『翻訳』して、種に伝えます」
「……翻訳、だと?」
「はい。あなたの熱は強すぎますが、本当はとても優しい。それを、この子に教えてあげるんです」

 エリアンが目を閉じ、集中を高める。
 ヴァレリウスから放たれる膨大なエネルギーを、エリアンの体が中継点となって受け止める。
 熱い奔流が腕を通り、心臓をかすめ、指先へと抜けていく。
 ヴァレリウスは、自分の荒ぶる力がエリアンの温もりを通ることで、絹の糸のように滑らかに整えられていく感覚に驚愕していた。

(こいつは……私を、恐れていない)

 誰からも「化け物」と忌み嫌われ、近づく者さえ焼き尽くしてきたこの熱を、エリアンは当然のように受け入れ、愛おしそうに導いている。
 ヴァレリウスの黄金の瞳が、至近距離にあるエリアンの横顔を射抜いた。
 汗が鼻先を伝い、銀髪が朝風に揺れる。
 そのひたむきな姿に、ヴァレリウスの胸の奥が、締め付けられるように熱くなった。

「……ッ、芽が出た!」

 カイルの歓喜の声が響いた。
 土の中から、銀色の光を纏った二つの小さな芽が、絡み合うようにして飛び出してきた。
 芽は一瞬で成長し、青紫色の美しい花を、たった一輪だけ咲かせた。
 その花からは、今までのどんなハーブよりも清涼で、心が洗われるような香りが立ち上る。

「成功です。……陛下、やりましたね」

 エリアンは顔を輝かせ、重なっていた手を離そうとした。
 だが、ヴァレリウスがそれを許さなかった。
 彼はエリアンの手を力強く握り込み、そのまま自分の方へと引き寄せた。

「陛下……?」
「…………。まだ、終わっていない。この花から、妙な気が流れてきている」
「えっ、それは浄化作用ですよ。陛下の熱を、花が……」
「黙れ。……お前が触れていないと、また熱が暴走しそうだ」

 ヴァレリウスは強引な理屈を並べ、エリアンの手を離そうとしない。
 その耳たぶが、朝日よりも赤く染まっているのを、エリアンは不思議そうに見つめた。

「もう……。陛下は甘えん坊さんですね」
「なっ、誰が……! 貴様、今の言葉を撤回しろ!」

 二人のやり取りを、カイルは口を半開きにして眺めていた。
 その後ろで、いつの間にか現れていたゼフィールが、ニヤニヤとしながら手帳に何かを書き込んでいる。

「いやあ、記録的な芽吹きだね。カイル君、君はいい仕事をしたよ」
「ぜ、ゼフィール様……。あの、陛下とエリアン様って、いつもあんな感じなんですか?」
「おっと、それは秘密だよ。……でも、この城に春が来るのは、案外早いかもしれないね」

 『共鳴の双葉』は、二人の手を繋いだまま、誇らしげにその花びらを揺らしていた。
 エリアンの薬師としての冷静さは、ヴァレリウスの不器用な所有欲に、少しずつ、けれど確実に蝕まれ始めていた。
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