大和の風を感じて3~泡沫の恋衣~【大和3部作シリーズ第3弾】

藍原 由麗

文字の大きさ
21 / 78

21《軽大娘皇女の恋》

しおりを挟む
  軽大娘皇女かるのおおいらつめは自身の部屋にいた。

  彼女はこの1週間の間、木梨軽皇子きなしのかるのおうじの事でただただ泣き続けた。彼女自身こんなに泣き続けたのは、恐らく生まれて始めての事であろう。

「お兄様は今頃どうされてるの?もう向こうにつかれたのかしら」

  彼女もこれが許されない恋なのは分かっている。でも彼に惹かれていく想いをどうする事も出来なかった。

  自分達はたまたま血が繋がっていただけなのだと。

「お兄さま、お会いしたいわ……」

  軽大娘皇女が、そんな事を考えている時だった。誰かの足音がこちらに近付いて来ている。

(あら、一体誰かしら?)

  彼女がそう考えていると、部屋の前で足音が止まり、外から声が聞こえた。

かるの姉上、俺です、大泊瀬おおはつせです。今中に入っても良いですか」

(え、大泊瀬が?)

  軽大娘皇女は、何故弟がここに来たのか、さっぱり理由が分からない。
  こんな所に滅多に来ない彼が来たとなると、何か急な用件でも出来たのだろうか。

「大泊瀬一体どうしたの?とりあえず部屋の中に入ってちょうだい」

  姉の軽大娘皇女にそう言われたので、大泊瀬皇子おおはつせのおうじはそのまま中に入ってきた。

  そして彼の後ろに、もう1人誰かがいる事に軽大娘皇女も気が付いた。
  彼女が一体誰だろうと見ると、相手は少し自分の見覚えのある顔だった。

「あ、あなたは、もしかして葛城の韓媛からひめ?」

  軽大娘皇女は意外な人物の訪問にとても驚いた。どうして葛城の彼女がここに来たのだろうか。

  韓媛は軽大娘皇女に名前を呼ばれたため、軽くお辞儀をして、挨拶した。

「軽大娘皇女、どうもご無沙汰しております。葛城の韓媛です」

  軽大娘皇女も予想外の訪問者にとても驚いたが、彼女とは久々の再会だったので、とても嬉しく思った。

「まぁ、韓媛。本当に久しぶりね。お父様は元気にされてるの?」

  韓媛は「はい、お陰さまで」と答えて、軽大娘皇女の側にやって来た。

  そして、軽大娘皇女に座るように言われたので、大泊瀬皇子と一緒に彼女の前に座った。

「あなたと会えて本当に嬉しいわ。今日はこの宮に泊まって行かれるの?」

  軽大娘皇女は、韓媛の訪問ですっかり上機嫌になっていた。

  大泊瀬皇子もそんな姉を見て、何はともあれ、今日ここに彼女を連れてきて良かったと思った。

「あぁ、そのつもりだ。姉上が最近塞ぎ込んでいるのを聞いて、彼女が心配して会いたいと俺に言ってきた」

  それを聞いた軽大娘皇女は、少し驚きはしたものの、そんな彼女の心遣いにとても感謝した。

「韓媛、それは本当にありがとう。最近はあなたのような若い子と話しをする機会がなかったので、今日は色々と楽しくお話ししてみたいわ」


  それからしばらくして、大泊瀬皇子は彼女ら2人で話しをさせた方が良いと思い、一旦部屋を退出する事にした。

  その際に「また後で、迎えにくる」とだけ韓媛に伝えた。



  それから2人は、それぞれの近況や雑談等をして、会話をとても楽しんだ。

(とりあえず、軽大娘皇女がお元気そうでなによりだわ)

  韓媛は、自分と楽しそうに話しをする彼女を見てそう思った。

  昨日見た光景だと、軽大娘皇女が木梨軽皇子の元に会いに行ってからの心中のようだ。そうすると彼女は、この後伊予国いよのくにに行こうとしてるのだろうか。

  だが韓媛が見る限り、彼女が周りの目を盗んで皇子に会いに行こうとしている気配は、余り感じられない。

「それにしても、軽大娘皇女がお元気そうで本当に良かったです」

「私も、元気そうなあなたを見れて本当に何よりだわ。大泊瀬おおはつせが最近葛城に度々行っているのは聞いていたの。だからてっきり、弟はあなたに会うために行ってるのだと思ってたわ」

  韓媛はそれを聞いてとても驚いた。彼が葛城に来ているのは、父の葛城円かつらぎのつぶらに会うためで、自分はそのついでだ。

  だが彼が彼女に会いに来ているのは事実なので、そんな噂がたっていても不思議ではない。

(確かに、はたから見ればそう思われてもおかしくないわ……)

「大泊瀬皇子が葛城に来られてるのは父に会うためです。私はきっとそのついでなのでしょう」

  韓媛は、とりあえず彼女の誤解は解いておこうと思った。今後さらに変な噂がたって、大泊瀬皇子に迷惑がかかっては申し訳ない。

「まぁ、恐らくはそうなんでしょうけど。でも昔から弟とあなたは仲が良かったから、そう言う可能性もあるのかと思って」

(駄目だわ、軽大娘皇女は完全に私と皇子の仲を疑われてる……)

「軽大娘皇女、皇子と私はそう言う関係ではありません。それに私の相手は、父が探すはずですから」

  韓媛もこれは嘘ではないと思うので、とりあえず大泊瀬皇子との関係だけは否定しておきたいと思った。

「まぁ、そうなの。最近葛城の娘が大和に嫁ぐ事が多かったから、当然あなたも大和に嫁ぐものだと思っていたわ」

  確かに軽大娘皇女が言っているのは本当だった。過去に葛城の磐之媛いわのひめが大和の大王に嫁いで以降、葛城からは何人もの妃を大和に送り出している。

  そして最近、大泊瀬皇子が度々葛城に来ており、自分にも会っているとなれば、普通はそう考えるだろう。

(そ、そうだったわ。もしかするとお父様も、私の嫁ぎ先を大和の皇子にと考えられてるかもしれない……)

  韓媛はその事に初めて気が付き、余りの衝撃に言葉を失った。

  そんな韓媛を見て、軽大娘皇女は慌てて言った。

「ま、まぁ、それはそれで良いかもと私も思っていただけよ。余り気にしないでね」

  軽大娘皇女は、自分の発言で固まってしまった彼女を見て、この件はもう触れないでおこうと思った。

(大泊瀬は、多分その事を分かって葛城に行っているはずだわ。あの子も中々大変そうね)

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

処理中です...