大和の風を感じて3~泡沫の恋衣~【大和3部作シリーズ第3弾】

藍原 由麗

文字の大きさ
31 / 78

31《吉野での出来事》

しおりを挟む
  こうして10日間程した後、韓媛からひめ達はいよいよ吉野へと向かう事となった。

  葛城円かつらぎのつぶらは韓媛と従者を数名ひきつれ、まずは大泊瀬皇子おおはつせのおうじのいる遠飛鳥宮とおつあすかのみやへと向かう。
  そして皇子と彼の従者と合流すると、彼らは続けて吉野に行くために馬を走らせた。

  韓媛は父親である葛城円の馬に一緒に乗っており、そんな彼女ら親子の横では、大泊瀬皇子が並んで馬を走らせている。

  この季節は周りの山々が紅葉におおわれている。そしてそこからは秋の景色も垣間みることが出来た。
  そしてこの日は天候にも恵まれ、遠出にとても最適な日となった。

「お父様、今日は良い天気に恵まれて本当に良かったですね」

  韓媛は嬉しそうにしながら、後にいる父親に話しかけた。彼女自身、ここまで遠くに来るのはかなり久しぶりである。

  大泊瀬皇子はそんな無邪気な彼女を見ながら、内心ふと思った。

(相変わらず韓媛は、父親にとてもよく懐いている。これだと円も中々娘を嫁がせにくいだろう。 まぁ父親と娘が仲が良いのが悪い事ではないが……)

  大泊瀬皇子はそんな事を考えながら、突然円に声をかける。

「円、この先一旦は離宮りきゅうに行く事にする。そして荷物をおろした後に、川沿いに向かうがそれで良いか」

  皇子曰く、大和の離宮の近くに大きな川が流れており、その付近に紅葉の綺麗な場所があるらしい。今日は皆でそこに向かう予定である。

「そうですね。ここまで走り通しでしたので、少し離宮で休憩したのち向かわれたら宜しいかと」

  葛城円は大泊瀬皇子にそう答えた。自分はまだ大丈夫だが、娘の体力も考えて休憩を挟んだほうが良いであろう。


  こうして彼らは、一旦離宮に寄る事にした。離宮はこの付近に住む者達に、管理を任せている。

  大泊瀬皇子は宮に着くと、管理の者を呼び寄せて指示を出している。

  韓媛は始めてきた離宮を、1人で色々と見て回っていた。凄く広いと言う訳ではなかったが、とても綺麗に整備されていて、さすが大和の宮だなと思った。

(本当に良い所だわ。皇族の人達が行幸で使う気持ちが良く分かる)

  すると大泊瀬皇子が遠くから、こっちに来るように声をかけてきた。どうやら皆で移動をするようだ。

(あら、やだ私ったら。初めて来たものだからつい……)

  韓媛は急いで大泊瀬皇子の元に駆けよった。

「済みません、大泊瀬皇子。初めてきた所だったので、色々と興味深くて」

  それでも韓媛は初めての場所なので、とても心を躍らせている。

  大泊瀬皇子もそんな彼女を見て、本人がこの離宮を気に入ってくれたようで安堵する。こんな機会でもなければ、中々彼女をここに連れて来る事もなかっただろう。

「いや、それは良いが、そろそろ移動しようと思う」

  こうして皇子達は、しばらく離宮で休憩した後、近くに流れている川の側へ向かう事にした。


  韓媛達が馬を走らせていると、彼らの目の先に川が見えてきた。その川は青く澄んでいて、水の力強い波の音が聞こえて来る。

  そのまま川の近くまで来ると、大きな川が横たわっており、場所によっては深さもありそうだ。

  そしてその川の両隣には、木々が生い茂り、秋の紅葉を彩っている。

「まぁ、何て綺麗なのかしら。本当に秋の紅葉だわ」

  韓媛はその光景を見て、余りの美しさに魅了される。こんな綺麗な紅葉はいまだかつて見た事がない。

  父親のつぶらも「これは見事だな」ととても感心しながら、一緒にその景色を眺めていた。

(こんな素晴らしい景色が見れて、皇子とお父様には本当に感謝ね)

  韓媛は今日ここに来れた事を、本当に有り難いと思った。

すると大泊瀬皇子が、韓媛達の横に馬を並べてくる。

「俺もここに来たのは久々だ。ここの景色は何度見ても、本当に心が安らぐ」

  他の従者達も皆、この光景にはとても感動したらしく、じっと辺りの景色を見ているようだ。

  それからしばらくの間、皆でその景色を見ていたが、ふと大泊瀬皇子が声をかけてきた。

「この先に降りられる所があるから、そこに行ってみよう」

  大泊瀬皇子にそう言われたため、他の者達もそのまま彼に着いて行く事にした。

  そして川の流れている側まで来ると、馬から降りて、馬は近くの木に紐で縛って繋いだ。

  韓媛も馬から降りて、川の側までやって来た。川の水は透き通っており、陽の光を浴びてとても輝いている。

  彼女がその水に手を入れてみると、水はかなり冷えてはいたが、とても心地よかった。

  そんな韓媛から、想わず笑みが溢れる。

  そんな彼女を少し離れた所から、大泊瀬皇子は見ていた。彼自身もここ最近ずっと物騒な出来事が続いていたので、今日は良い気分転換になりそうだ。

(まぁ韓媛もとても喜んでいるようだ。今日はここにきた甲斐があったな)

  すると韓媛は何か思いついたのか、彼に向かって声をかけてきた。

「大泊瀬皇子、この先を少し見に行ってきますね!」

「韓媛、それは構わないが、この先は少し水が深くなるから十分に気を付けろ」

  韓媛は大泊瀬皇子にそう言われて「分かりました」と言って楽しそうにしながら歩いて行った。

「はぁー、本当に全くやれやれだ」

  大泊瀬皇子は、思わず口をこぼして言った。この先は少し深さは増すが、無理に入らなければ溺れる事もない。

  彼がそんなふうに思っていると、となりに葛城円がやって来た。彼も今向こうに歩いていった韓媛を見ていた。

「大泊瀬皇子、娘が本当に済みません……」

  円は、そんな娘の代わりに皇子に謝った。
今日の彼女は久々の遠出と言う事で、少し落ち着きが無さそうに見える。

「まぁ、韓媛なら心配は無いだろうが」

  そう言って、大泊瀬皇子と円は無邪気な韓媛を見つめていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

処理中です...