大和の風を感じて3~泡沫の恋衣~【大和3部作シリーズ第3弾】

藍原 由麗

文字の大きさ
32 / 78

32

しおりを挟む
  韓媛からひめは、先程いた所よりもさらに下った所に来ていた。
  遠くを見ると、つぶら大泊瀬皇子おおはつせのおうじ達も見られるので、そこまで心配はしなくても良いだろう。

「確かにこの辺りは先程いた所よりも少し深そうね。別に川に入る訳ではないから、大丈夫だろうけど」

  そんなふうに思っている矢先だった。彼女のさらに先の方に子供が2人いた。きっとこの辺りに住んでいる子供なのだろう。

(まぁ、あんな子供がこの辺りで遊ぶのはさすがに危ないわ)

  どうやら男の子と女の子の2人で、男の子は8歳、女の子は6歳ぐらいに見える。

  その2人が何やら川をじっと眺めている。韓媛はどうしたのだろうと思って、彼らの目の先を見ると、川の真ん中ぐらいに大きな岩があり、その岩に何やら布らしきものが引っ掛かっているのが見えた。

(きっとあの布をとりたいのね……)

  すると、男の子の方が川の中に入っていこうとしている。川の深さはその子の腰の上辺りでまであり、水の流れが早いと危うく流されてしまうだろう。

「いけないわ。きっとこの先はさらに深くなるはずだから、もし流されでもしたら溺れてしまう!」

  韓媛は慌てて子供達の側に向かった。

  彼女が子供達の側まで来ると、男の子は岩の側まで行っており、なんとか布を掴む事が出来たようだ。

「お兄ちゃんー!  大丈夫!!」

  もう1人の女の子が、男の子に声をかけた。どうやらこの2人は兄妹のようだ。

「あぁ、苗床さなえ、布はつかんだぞ」

  男の子は手で岩をつかんだまま、少し自慢げにして言った。

  そこにちょうど韓媛がやって来た。

「ちょっと、君、危ないから早く戻って来なさい!!」

  韓媛はその男の子に呼びかけた。

「何だよ、お姉ちゃんは?  大丈夫だって、今戻る所だから」

  その男の子はそう言って、岩から手を離してこちらに戻ってくる事にした。
  だが川の水は腰上まで来ているので、彼は慎重に歩いている。

  韓媛は少しハラハラしながら、その男の子が戻ってくるのを見守っていた。

  だがその途中で片足がつまづき、彼は思わず川の中に潜ってしまった。するとそのまま彼は、川の水に流されはじめる。

(駄目だわ、この先はさらに深くなってる。早く助けないと!)

「お、お兄ちゃんー!!」

  妹の苗床は驚きの余り、大声で兄を呼んだ。

  その声に、遠くにいた大泊瀬皇子おおはつせのおうじ達も気がついたらしく、慌てて韓媛の元に向かう事にした。

  韓媛もその男の子を追うも、どんどん彼は流されていく。

(いけない、これではこの子が溺れてしまう)

  そこで意を決した彼女は、つかさず川の中に入った。川の水は冷たく、こんな状態で長く水の中にいるのは危険だ。

  そこで彼女は泳いで男の子の元に向かった。男の子の方は足が付かなくなる所まで流されていた。

  韓媛はその子を掴むと、そのまま陸地に男の子を必死で引っ張って向かった。だが川の水の流れが意外に早く、油断すると直ぐに流されてしまう状況である。

(早く、陸地に行かないと……)

  それでも何とか陸地の所にたどり着き、男の子を後ろから押して、彼を先に上がらせた。


「はぁー何とかなりそうね」

  男の子は少し水を飲んでしまったようで、少しゲホゲホしている。

  そして「お姉ちゃん、有り難う……」と震えながら言った。
  彼も急に川に流されて、相当焦っていたようだ。

  そして韓媛も陸地に上がろうとした時だった。彼女の着てる服が水で重さを増し、中々上手く陸地に上がれない。

  それを見た男の子も、どうしたら良いか分からずに、困ってしまう。

  それでも何とか踏ん張って陸地に上がろうとした際である。彼女は思わず滑ってしまい、また川の中に戻されてしまった。

(しまった、早く陸地に戻らないと!)

  しかし気が付くと、先程よりもさらに水の深い所に来てしまっている。
  また冷たい水の中を必死で泳いでいたので、体が冷え、体力も削られていく。

  そのために彼女は思うように泳げなくなってきた。さらに水も飲んでしまい、だんだん息もしずらくなってくる。


  その頃になって、ようやく大泊瀬皇子達がその場にたどり着く。
  そして彼は川の中にいる韓媛を見てとても慌てた。

  そんな彼女を助ける為、大泊瀬皇子はすぐさま川の中に飛び込む。
  そして泳いで韓媛の元へと向かった。


  一方韓媛の方はだんだんと意識が曖昧になっていき、そのまま意識を失ってしまいそうになっていた。
  するとどこからか「韓媛ー!!」と自分の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。

(この声は誰、大泊瀬皇子?)


  大泊瀬皇子は無事に韓媛の元にたどり着くことできた。だが瞬間に韓媛は意識を失ってしまう。

  その後2人はさらに流されていき、最初にいた所よりも、かなり遠くまで来てしまった。

  大泊瀬皇子は周りを見渡して、何とか上がれそうな場所を見つける。そして韓媛を抱いたままその場所に向かい、ようやく無事に陸に上がることができた。


  それから彼は韓媛をその場に横たわらせると、彼女の名を必死で呼ぶ。

「おい、韓媛、しっかりしろ!!」

  だが彼女はいっこうに目を覚まさない。恐らく水もかなり飲んでいるはずだ。

  大泊瀬皇子は彼女の心臓に耳を当ててみる。だが心臓の音が上手く聞こえてこない。
  もしかすると呼吸も止まっている可能性がある。

「う、嘘だろ……」

  大泊瀬皇子はかなり焦った。このままだと彼女は死んでしまう。

「お前を死なせるなんて、絶対にさせない!!」

  それから彼は思いっきり息を吸い、彼女に口付けて息を送り続けた。


(あれ、何かしら。何か暖かいものを感じる)

  すると韓媛は、少し意識が戻ってきた。

  そしていきなり「ゲホゲホ」と言って、彼女は飲んだ水をその場に吐き出した。

  そしてゆっくりと彼女は目を開ける。

  すると彼女の目の前には、大泊瀬皇子の顔があった。だが、彼はひどく泣きそうな表情をしている。

「お、大泊瀬皇子……」

  韓媛はゆっくりと小さな声で、彼の名を呼んだ。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

処理中です...