大和の風を感じて3~泡沫の恋衣~【大和3部作シリーズ第3弾】

藍原 由麗

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31《吉野での出来事》

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  こうして10日間程した後、韓媛からひめ達はいよいよ吉野へと向かう事となった。

  葛城円かつらぎのつぶらは韓媛と従者を数名ひきつれ、まずは大泊瀬皇子おおはつせのおうじのいる遠飛鳥宮とおつあすかのみやへと向かう。
  そして皇子と彼の従者と合流すると、彼らは続けて吉野に行くために馬を走らせた。

  韓媛は父親である葛城円の馬に一緒に乗っており、そんな彼女ら親子の横では、大泊瀬皇子が並んで馬を走らせている。

  この季節は周りの山々が紅葉におおわれている。そしてそこからは秋の景色も垣間みることが出来た。
  そしてこの日は天候にも恵まれ、遠出にとても最適な日となった。

「お父様、今日は良い天気に恵まれて本当に良かったですね」

  韓媛は嬉しそうにしながら、後にいる父親に話しかけた。彼女自身、ここまで遠くに来るのはかなり久しぶりである。

  大泊瀬皇子はそんな無邪気な彼女を見ながら、内心ふと思った。

(相変わらず韓媛は、父親にとてもよく懐いている。これだと円も中々娘を嫁がせにくいだろう。 まぁ父親と娘が仲が良いのが悪い事ではないが……)

  大泊瀬皇子はそんな事を考えながら、突然円に声をかける。

「円、この先一旦は離宮りきゅうに行く事にする。そして荷物をおろした後に、川沿いに向かうがそれで良いか」

  皇子曰く、大和の離宮の近くに大きな川が流れており、その付近に紅葉の綺麗な場所があるらしい。今日は皆でそこに向かう予定である。

「そうですね。ここまで走り通しでしたので、少し離宮で休憩したのち向かわれたら宜しいかと」

  葛城円は大泊瀬皇子にそう答えた。自分はまだ大丈夫だが、娘の体力も考えて休憩を挟んだほうが良いであろう。


  こうして彼らは、一旦離宮に寄る事にした。離宮はこの付近に住む者達に、管理を任せている。

  大泊瀬皇子は宮に着くと、管理の者を呼び寄せて指示を出している。

  韓媛は始めてきた離宮を、1人で色々と見て回っていた。凄く広いと言う訳ではなかったが、とても綺麗に整備されていて、さすが大和の宮だなと思った。

(本当に良い所だわ。皇族の人達が行幸で使う気持ちが良く分かる)

  すると大泊瀬皇子が遠くから、こっちに来るように声をかけてきた。どうやら皆で移動をするようだ。

(あら、やだ私ったら。初めて来たものだからつい……)

  韓媛は急いで大泊瀬皇子の元に駆けよった。

「済みません、大泊瀬皇子。初めてきた所だったので、色々と興味深くて」

  それでも韓媛は初めての場所なので、とても心を躍らせている。

  大泊瀬皇子もそんな彼女を見て、本人がこの離宮を気に入ってくれたようで安堵する。こんな機会でもなければ、中々彼女をここに連れて来る事もなかっただろう。

「いや、それは良いが、そろそろ移動しようと思う」

  こうして皇子達は、しばらく離宮で休憩した後、近くに流れている川の側へ向かう事にした。


  韓媛達が馬を走らせていると、彼らの目の先に川が見えてきた。その川は青く澄んでいて、水の力強い波の音が聞こえて来る。

  そのまま川の近くまで来ると、大きな川が横たわっており、場所によっては深さもありそうだ。

  そしてその川の両隣には、木々が生い茂り、秋の紅葉を彩っている。

「まぁ、何て綺麗なのかしら。本当に秋の紅葉だわ」

  韓媛はその光景を見て、余りの美しさに魅了される。こんな綺麗な紅葉はいまだかつて見た事がない。

  父親のつぶらも「これは見事だな」ととても感心しながら、一緒にその景色を眺めていた。

(こんな素晴らしい景色が見れて、皇子とお父様には本当に感謝ね)

  韓媛は今日ここに来れた事を、本当に有り難いと思った。

すると大泊瀬皇子が、韓媛達の横に馬を並べてくる。

「俺もここに来たのは久々だ。ここの景色は何度見ても、本当に心が安らぐ」

  他の従者達も皆、この光景にはとても感動したらしく、じっと辺りの景色を見ているようだ。

  それからしばらくの間、皆でその景色を見ていたが、ふと大泊瀬皇子が声をかけてきた。

「この先に降りられる所があるから、そこに行ってみよう」

  大泊瀬皇子にそう言われたため、他の者達もそのまま彼に着いて行く事にした。

  そして川の流れている側まで来ると、馬から降りて、馬は近くの木に紐で縛って繋いだ。

  韓媛も馬から降りて、川の側までやって来た。川の水は透き通っており、陽の光を浴びてとても輝いている。

  彼女がその水に手を入れてみると、水はかなり冷えてはいたが、とても心地よかった。

  そんな韓媛から、想わず笑みが溢れる。

  そんな彼女を少し離れた所から、大泊瀬皇子は見ていた。彼自身もここ最近ずっと物騒な出来事が続いていたので、今日は良い気分転換になりそうだ。

(まぁ韓媛もとても喜んでいるようだ。今日はここにきた甲斐があったな)

  すると韓媛は何か思いついたのか、彼に向かって声をかけてきた。

「大泊瀬皇子、この先を少し見に行ってきますね!」

「韓媛、それは構わないが、この先は少し水が深くなるから十分に気を付けろ」

  韓媛は大泊瀬皇子にそう言われて「分かりました」と言って楽しそうにしながら歩いて行った。

「はぁー、本当に全くやれやれだ」

  大泊瀬皇子は、思わず口をこぼして言った。この先は少し深さは増すが、無理に入らなければ溺れる事もない。

  彼がそんなふうに思っていると、となりに葛城円がやって来た。彼も今向こうに歩いていった韓媛を見ていた。

「大泊瀬皇子、娘が本当に済みません……」

  円は、そんな娘の代わりに皇子に謝った。
今日の彼女は久々の遠出と言う事で、少し落ち着きが無さそうに見える。

「まぁ、韓媛なら心配は無いだろうが」

  そう言って、大泊瀬皇子と円は無邪気な韓媛を見つめていた。
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