大和の風を感じて3~泡沫の恋衣~【大和3部作シリーズ第3弾】

藍原 由麗

文字の大きさ
63 / 78

63《市辺皇子の決心》

しおりを挟む
  翌日大泊瀬皇子おおはつせのおうじ市辺皇子いちのへのおうじは、忍坂姫おしさかのひめ達に見送られながら馬に乗って狩りに出発した。

  その道中、市辺皇子は自分の前を走る大泊瀬皇子を見ながら、今回の狩りに出掛けた日のことを思い返す。



「市辺皇子、どうぞお気をつけて行ってきて下さいね」

  そう答えたのは彼の妃である荑媛はえひめだった。

  彼女は葛城蟻臣かつらぎのありのおみの娘で、気立てが良くとても心の優しい女性である。
  彼女との婚姻は周りからの勧めで決まったことではあったが、市辺皇子と荑媛の仲は思いのほか上手くいっていた。

  阿佐津姫あさつひめとの婚姻はなくなってしまったが、荑媛を妃に迎え入れたことにはそれなりに満足している。

  そして市辺皇子はもしものことを考えて彼女にある話をする。

「荑媛、今は次の大王がまだ決まっていない状態だ。なのでもし俺に万が一のことがあれば、億計おけ弘計をけを遠くに逃げさせるんだ。今の大泊瀬は正直何をするか分からない」

  荑媛は突然皇子にそんなことをいわれ、とても驚いた表情を見せる。
  これではまるで、彼がこれから殺されてしまうといっているようなものだ。

「い、市辺皇子。何て話をされるのですか。そんな縁起でもないことを……」

  荑媛は思わず身震いしながら彼に言った。

  彼女も大泊瀬皇子がここ最近自身の兄弟を殺し、彼女の同族であった葛城円かつらぎのつぶらを死に追いやったことは知っている。
  そのため、これが冗談でいっている訳でないことを、彼女も十分に理解していた。

  なので荑媛は、彼には今回の狩りにはできれば行って欲しくないと思っている。

「市辺皇子、一体何をお考えなのですか?」

  荑媛は思わず彼にそういった。

  だが市辺皇子はそれに対してのはっきりとした答えを話す様子はない。

「別に、もしものことがあった時のために、伝えておいた方が良いと思っただけだ。それに今回の狩りは忍坂姫の提案だ。別に心配することでもない」

  荑媛も彼にそういわれたので、少し不安を覚えはしたものの、彼を狩りに送り出すことにした。

(今回は人数も少なめで、大泊瀬も恐らく油断しているだろう。あいつを殺すなら今回が良い)

  市辺皇子は今回の狩りを利用して、大泊瀬皇子を殺すことにしていた。
  これは彼も、自身の命をかけてのことになる。なので最悪の事態にそなえて荑媛に息子達のことを伝えたのだ。

(大泊瀬と剣でやり合うことにでもなれば、強さは恐らく五分五分になる。だがそれも覚悟の上だ。たとえ相討ちになったとしても、必ずあいつを俺が倒してみせる)

  市辺皇子はそんなことを考えながら、前の大泊瀬皇子を見ていた。



  そして狩りを行う山の麓までくると、彼らは1人だけ見張りを残し、馬を降りて歩いて向かうことにした。

  今回の狩りを行うにあたり、大泊瀬皇子と市辺皇子は行動を共にすることになる。
  大泊瀬皇子は内心嫌がっていたが、市辺皇子は全く嫌がる素振りを見せない。

  一応従者も付いてきてはいるが、数名程度である。2人の皇子がそれなりに剣を使えることもあったので、仮に何かあっても皇子二人がかりなら大抵の相手は倒せると忍坂姫が考えたのだ。

  それに彼女自身も、2人には今回の交流をきっかけに親しくなって欲しいという願いがあった。

  そこで彼女は、従者達に2人の皇子とは少し距離をあけて、彼らの後を付いて歩くように言っている。

  だがこの忍坂姫の対応が、市辺皇子にとってはかなり好都合となった。


  そんな中、市辺皇子が大泊瀬皇子に声をかけてきた。

「それにしても大泊瀬と2人で行動するなんてかなり久々だな。それこそお前が子供の頃以来じゃないか?」

  大泊瀬皇子は、市辺皇子が自身の後ろで愉快そうな口調でそう話しているように思えた。

  だがそんな市辺皇子の態度に彼は全く関心を示すことなく、そのまま前に進んでいく。

「まぁ、そうかもな。以前のことなど俺は覚えてない」

  そんな大泊瀬皇子を市辺皇子はとても注意深く見ていた。

(とりあえず、もう少し行った所で行動を起すことにしよう……)

  今回市辺皇子が連れてきている従者の中に、大泊瀬皇子を暗殺するための協力者も紛れさせている。
  彼らとは大泊瀬皇子達と落ち合う前に合流し、そこから一緒にここまでやってきている。

  そしてしばらく歩いた頃を見計らって、市辺皇子は従者達に手で合図を送る。

  すると協力者の数名は、皇子達とは別の方向に進むよう他の従者達の誘導を始める。
  こうすることで、市辺皇子と大泊瀬皇子を2人きりにする状況を作らせたかったのだ。

  一方大泊瀬皇子はひたすら前を向いて歩いていたため、その行動に気が付いていない。

  市辺皇子は極力自分と関わりを持ちたくないと思っている彼の心理を利用したのである。


  それからしばらく歩いて、やっと大泊瀬皇子もその異変に気づきだした。

「おい、従者の者達が見えなくなったぞ。もしかして他の者は皆、道を間違えて別の方に行ったのではないか?」

  大泊瀬皇子は思わず後ろにいる市辺皇子に声をかける。

「まぁ大泊瀬が黙々と進むもんだから、皆とはぐれてしまったようだな」

  市辺皇子は特に慌てるふうでもなくしてそう話す。

大泊瀬皇子は彼にそういわれて一旦歩くのを止めた。そして「どうしたものか、一度引き返すべきだろうか……」とその場で少し考え出した。

  大泊瀬皇子がそう考えている丁度その時だった。

  市辺皇子はそんな彼の後で、そっと音を立てないようにして自身の剣を抜く。

(よし、大泊瀬が油断している今しかない……)

  彼は後ろから剣を大きく振りかざした。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

処理中です...