大和の風を感じて3~泡沫の恋衣~【大和3部作シリーズ第3弾】

藍原 由麗

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(うん、妙な視線を感じる……)

  大泊瀬皇子おおはつせのおうじは背後からくる気配を感じると素早く剣を抜き、後ろに振り返った。

  すると市辺皇子いちのへのおうじが自身に向かって剣を振り下ろそうとしており、それを何とか間一髪で受け止めることができた。

「ふん、大泊瀬良く気付いたな」

  市辺皇子はそういいながらも、全く力を緩めようとはしない。

  大泊瀬皇子は剣を受け止めはしたものの、突然のことだった為に体勢が少し悪かった。

「市辺皇子、一体お前は何を考えてる」

  大泊瀬皇子は自身が不利な状況の中、市辺皇子を睨み付ける。これは明らかに彼が自分に襲いかかってきている状態だ。

  今回の狩りに彼がきた目的はこの為だったのかと、大泊瀬皇子はここにきてようやく気が付いた。

(市辺皇子は、最初からそのつもりでここに来てたのか……)

  大泊瀬皇子はこのまま倒れてしまっては一気に殺られると思い、とっさに唾を市辺皇子の顔に飛ばす。

  そして市辺皇子が一瞬怯んだ隙に、何とか彼から1度離れることができた。

  そして大泊瀬皇子は再度剣を構える。

  市辺皇子も目をあけて思わず「ちっ、外されたか」という。

  大泊瀬皇子相手に楽に勝てるとは彼も考えていなかったので、先ほどの一瞬にかけていたようだ。

「市辺皇子、俺を殺ろすつもりか!」

  大泊瀬皇子からしてみれば、確かに市辺皇子と自分は余り仲が良くない。

  でもだからといって市辺皇子が、同族をむやみに殺そうとする人間でないことは知っている。彼は自身の家族や身の周りの人間をとても大切にしていた。

  そんな彼がまさか自分を殺しにくるとは本当に信じられない。
  大泊瀬皇子も内心かなりの衝撃を受ける。

「お前の存在は、大和にとってとても危険なものだ。そんなお前を大和の王にさせる訳にはいかない」

  それを聞いた大泊瀬皇子は、これは今後の皇位継承をかけた戦いだと理解する。

「なるほど、それで俺を殺したいと。そしてその後は自身が大和の大王になるつもりか、市辺皇子!」

  市辺皇子は大泊瀬皇子にそのことを指摘され、ふと妙な笑みを浮かべる。

「あぁ、お前が死ねば他に大王になれる人物は俺だけだ。それに生前の穴穂あなほも、もし自身に何かあれば次は俺を大王にさせたいと考えていたようだ」

(なに、穴穂の兄上が市辺皇子を次の大王に考えていただと……)

  大泊瀬皇子にとってこの話しは初耳だ。彼が自身の兄弟よりも、従兄弟である市辺皇子を考えてたとはとても信じられない。

  大泊瀬皇子に思わず動揺が走る。

  そんな大泊瀬皇子の様子を見て、市辺皇子はさらにいってきた。

「大泊瀬、その感じだとお前も次の大王を狙っていたようだな」

  そういわれた大泊瀬皇子は、それまで以上に怒りが込み上がってきた。

(俺が今までどんな気持ちで、そのことを誰にもいわずに胸に止めてきたか)



  大泊瀬皇子の脳裏に、彼がまだ子供の頃に自身の父親である雄朝津間大王としていた会話の内容が甦ってきた。

  この時大泊瀬皇子は、父親に肩車をしてもらってとても上機嫌でいた。

「父上は大和の王なんだろう?つまり大和で1番偉いんだ。父上は本当に凄い!」

  大泊瀬皇子はとても無邪気にしてそういった。

  それを聞いた雄朝津間大王は少し複雑そうな表情をする。
  この末の皇子は、まだ大和やそこを治める大王の重要さを余り理解できていない。

「いいか、大泊瀬。俺は元々大和の第4皇子だったんだ。だが上の兄上達が次々亡くなっていき、それで自分が大王にならざるを得なくなって、即位することになったんだ」

「え、父上の兄妹は皆亡くなったの?」

  大泊瀬皇子自身には沢山の兄妹がいて、皆とても元気に仲良く暮らしている。そんな彼からしたら、父親の兄弟が次々に亡くなったことはとても意外だった。

「あぁ、そうだよ。本当は大王になどならずに、忍坂姫やお前達と静かに暮らしていきたかった」

  雄朝津間大王は遠くの景色を眺めながら、大泊瀬皇子にそう話す。

「ふーん、そうなんだ」

  大泊瀬皇子にとって自身の父親は、大和の偉大な王というふうにしか見ていなかった。

  なのでそんな彼が、望んで大王に即位した訳でなかったことに少し驚く。

「大泊瀬、そういう訳だからお前も第5皇子だからといって、大王の座が絶対に回って来ないとはいいきれないぞ」

「え、俺も大王に?」

  大泊瀬皇子は父親にそういわれて、一瞬ポカーンとする。

「それに、俺はこの大和をもっと大きく強い国にしていくべきだと思う。そうなれば他の国に支配される心配もないからな」

「そっか、じゃあ俺が大王になって大和を今よりももっと強い国にしてやる!」

  大泊瀬皇子は第5皇子の自分に、父親がまさか大王の話をふってくるとは思っていなかったので、とても嬉しくなった。

「まぁ、上の兄達が何らかの理由で大王になれなくなった場合の話しだがな……ただ一応もしもの時はお前も覚悟しておくんだぞ。
  それと、これはここだけの話だが。忍坂姫も俺は大王になった以降の方がとても頼もしくなったといっていたよ」

  これは明らかに雄朝津間大王ののろけ話だが、それでも大泊瀬皇子にはそんな父親がとても羨ましく見えた。

  この時の大泊瀬皇子は、権力云々ではなくただ純粋に大和をもっと大きく強い国にしたいと思った。

  その後彼も成長するにつれ、自身の立場がどんなものなのかを段々と理解するようになる。
  だがそれでも大和を強い国にするという夢だけは、今でもずっと持ち続けていた。
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