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63《市辺皇子の決心》
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翌日大泊瀬皇子と市辺皇子は、忍坂姫達に見送られながら馬に乗って狩りに出発した。
その道中、市辺皇子は自分の前を走る大泊瀬皇子を見ながら、今回の狩りに出掛けた日のことを思い返す。
「市辺皇子、どうぞお気をつけて行ってきて下さいね」
そう答えたのは彼の妃である荑媛だった。
彼女は葛城蟻臣の娘で、気立てが良くとても心の優しい女性である。
彼女との婚姻は周りからの勧めで決まったことではあったが、市辺皇子と荑媛の仲は思いのほか上手くいっていた。
阿佐津姫との婚姻はなくなってしまったが、荑媛を妃に迎え入れたことにはそれなりに満足している。
そして市辺皇子はもしものことを考えて彼女にある話をする。
「荑媛、今は次の大王がまだ決まっていない状態だ。なのでもし俺に万が一のことがあれば、億計と弘計を遠くに逃げさせるんだ。今の大泊瀬は正直何をするか分からない」
荑媛は突然皇子にそんなことをいわれ、とても驚いた表情を見せる。
これではまるで、彼がこれから殺されてしまうといっているようなものだ。
「い、市辺皇子。何て話をされるのですか。そんな縁起でもないことを……」
荑媛は思わず身震いしながら彼に言った。
彼女も大泊瀬皇子がここ最近自身の兄弟を殺し、彼女の同族であった葛城円を死に追いやったことは知っている。
そのため、これが冗談でいっている訳でないことを、彼女も十分に理解していた。
なので荑媛は、彼には今回の狩りにはできれば行って欲しくないと思っている。
「市辺皇子、一体何をお考えなのですか?」
荑媛は思わず彼にそういった。
だが市辺皇子はそれに対してのはっきりとした答えを話す様子はない。
「別に、もしものことがあった時のために、伝えておいた方が良いと思っただけだ。それに今回の狩りは忍坂姫の提案だ。別に心配することでもない」
荑媛も彼にそういわれたので、少し不安を覚えはしたものの、彼を狩りに送り出すことにした。
(今回は人数も少なめで、大泊瀬も恐らく油断しているだろう。あいつを殺すなら今回が良い)
市辺皇子は今回の狩りを利用して、大泊瀬皇子を殺すことにしていた。
これは彼も、自身の命をかけてのことになる。なので最悪の事態にそなえて荑媛に息子達のことを伝えたのだ。
(大泊瀬と剣でやり合うことにでもなれば、強さは恐らく五分五分になる。だがそれも覚悟の上だ。たとえ相討ちになったとしても、必ずあいつを俺が倒してみせる)
市辺皇子はそんなことを考えながら、前の大泊瀬皇子を見ていた。
そして狩りを行う山の麓までくると、彼らは1人だけ見張りを残し、馬を降りて歩いて向かうことにした。
今回の狩りを行うにあたり、大泊瀬皇子と市辺皇子は行動を共にすることになる。
大泊瀬皇子は内心嫌がっていたが、市辺皇子は全く嫌がる素振りを見せない。
一応従者も付いてきてはいるが、数名程度である。2人の皇子がそれなりに剣を使えることもあったので、仮に何かあっても皇子二人がかりなら大抵の相手は倒せると忍坂姫が考えたのだ。
それに彼女自身も、2人には今回の交流をきっかけに親しくなって欲しいという願いがあった。
そこで彼女は、従者達に2人の皇子とは少し距離をあけて、彼らの後を付いて歩くように言っている。
だがこの忍坂姫の対応が、市辺皇子にとってはかなり好都合となった。
そんな中、市辺皇子が大泊瀬皇子に声をかけてきた。
「それにしても大泊瀬と2人で行動するなんてかなり久々だな。それこそお前が子供の頃以来じゃないか?」
大泊瀬皇子は、市辺皇子が自身の後ろで愉快そうな口調でそう話しているように思えた。
だがそんな市辺皇子の態度に彼は全く関心を示すことなく、そのまま前に進んでいく。
「まぁ、そうかもな。以前のことなど俺は覚えてない」
そんな大泊瀬皇子を市辺皇子はとても注意深く見ていた。
(とりあえず、もう少し行った所で行動を起すことにしよう……)
今回市辺皇子が連れてきている従者の中に、大泊瀬皇子を暗殺するための協力者も紛れさせている。
彼らとは大泊瀬皇子達と落ち合う前に合流し、そこから一緒にここまでやってきている。
そしてしばらく歩いた頃を見計らって、市辺皇子は従者達に手で合図を送る。
すると協力者の数名は、皇子達とは別の方向に進むよう他の従者達の誘導を始める。
こうすることで、市辺皇子と大泊瀬皇子を2人きりにする状況を作らせたかったのだ。
一方大泊瀬皇子はひたすら前を向いて歩いていたため、その行動に気が付いていない。
市辺皇子は極力自分と関わりを持ちたくないと思っている彼の心理を利用したのである。
それからしばらく歩いて、やっと大泊瀬皇子もその異変に気づきだした。
「おい、従者の者達が見えなくなったぞ。もしかして他の者は皆、道を間違えて別の方に行ったのではないか?」
大泊瀬皇子は思わず後ろにいる市辺皇子に声をかける。
「まぁ大泊瀬が黙々と進むもんだから、皆とはぐれてしまったようだな」
市辺皇子は特に慌てるふうでもなくしてそう話す。
大泊瀬皇子は彼にそういわれて一旦歩くのを止めた。そして「どうしたものか、一度引き返すべきだろうか……」とその場で少し考え出した。
大泊瀬皇子がそう考えている丁度その時だった。
市辺皇子はそんな彼の後で、そっと音を立てないようにして自身の剣を抜く。
(よし、大泊瀬が油断している今しかない……)
彼は後ろから剣を大きく振りかざした。
その道中、市辺皇子は自分の前を走る大泊瀬皇子を見ながら、今回の狩りに出掛けた日のことを思い返す。
「市辺皇子、どうぞお気をつけて行ってきて下さいね」
そう答えたのは彼の妃である荑媛だった。
彼女は葛城蟻臣の娘で、気立てが良くとても心の優しい女性である。
彼女との婚姻は周りからの勧めで決まったことではあったが、市辺皇子と荑媛の仲は思いのほか上手くいっていた。
阿佐津姫との婚姻はなくなってしまったが、荑媛を妃に迎え入れたことにはそれなりに満足している。
そして市辺皇子はもしものことを考えて彼女にある話をする。
「荑媛、今は次の大王がまだ決まっていない状態だ。なのでもし俺に万が一のことがあれば、億計と弘計を遠くに逃げさせるんだ。今の大泊瀬は正直何をするか分からない」
荑媛は突然皇子にそんなことをいわれ、とても驚いた表情を見せる。
これではまるで、彼がこれから殺されてしまうといっているようなものだ。
「い、市辺皇子。何て話をされるのですか。そんな縁起でもないことを……」
荑媛は思わず身震いしながら彼に言った。
彼女も大泊瀬皇子がここ最近自身の兄弟を殺し、彼女の同族であった葛城円を死に追いやったことは知っている。
そのため、これが冗談でいっている訳でないことを、彼女も十分に理解していた。
なので荑媛は、彼には今回の狩りにはできれば行って欲しくないと思っている。
「市辺皇子、一体何をお考えなのですか?」
荑媛は思わず彼にそういった。
だが市辺皇子はそれに対してのはっきりとした答えを話す様子はない。
「別に、もしものことがあった時のために、伝えておいた方が良いと思っただけだ。それに今回の狩りは忍坂姫の提案だ。別に心配することでもない」
荑媛も彼にそういわれたので、少し不安を覚えはしたものの、彼を狩りに送り出すことにした。
(今回は人数も少なめで、大泊瀬も恐らく油断しているだろう。あいつを殺すなら今回が良い)
市辺皇子は今回の狩りを利用して、大泊瀬皇子を殺すことにしていた。
これは彼も、自身の命をかけてのことになる。なので最悪の事態にそなえて荑媛に息子達のことを伝えたのだ。
(大泊瀬と剣でやり合うことにでもなれば、強さは恐らく五分五分になる。だがそれも覚悟の上だ。たとえ相討ちになったとしても、必ずあいつを俺が倒してみせる)
市辺皇子はそんなことを考えながら、前の大泊瀬皇子を見ていた。
そして狩りを行う山の麓までくると、彼らは1人だけ見張りを残し、馬を降りて歩いて向かうことにした。
今回の狩りを行うにあたり、大泊瀬皇子と市辺皇子は行動を共にすることになる。
大泊瀬皇子は内心嫌がっていたが、市辺皇子は全く嫌がる素振りを見せない。
一応従者も付いてきてはいるが、数名程度である。2人の皇子がそれなりに剣を使えることもあったので、仮に何かあっても皇子二人がかりなら大抵の相手は倒せると忍坂姫が考えたのだ。
それに彼女自身も、2人には今回の交流をきっかけに親しくなって欲しいという願いがあった。
そこで彼女は、従者達に2人の皇子とは少し距離をあけて、彼らの後を付いて歩くように言っている。
だがこの忍坂姫の対応が、市辺皇子にとってはかなり好都合となった。
そんな中、市辺皇子が大泊瀬皇子に声をかけてきた。
「それにしても大泊瀬と2人で行動するなんてかなり久々だな。それこそお前が子供の頃以来じゃないか?」
大泊瀬皇子は、市辺皇子が自身の後ろで愉快そうな口調でそう話しているように思えた。
だがそんな市辺皇子の態度に彼は全く関心を示すことなく、そのまま前に進んでいく。
「まぁ、そうかもな。以前のことなど俺は覚えてない」
そんな大泊瀬皇子を市辺皇子はとても注意深く見ていた。
(とりあえず、もう少し行った所で行動を起すことにしよう……)
今回市辺皇子が連れてきている従者の中に、大泊瀬皇子を暗殺するための協力者も紛れさせている。
彼らとは大泊瀬皇子達と落ち合う前に合流し、そこから一緒にここまでやってきている。
そしてしばらく歩いた頃を見計らって、市辺皇子は従者達に手で合図を送る。
すると協力者の数名は、皇子達とは別の方向に進むよう他の従者達の誘導を始める。
こうすることで、市辺皇子と大泊瀬皇子を2人きりにする状況を作らせたかったのだ。
一方大泊瀬皇子はひたすら前を向いて歩いていたため、その行動に気が付いていない。
市辺皇子は極力自分と関わりを持ちたくないと思っている彼の心理を利用したのである。
それからしばらく歩いて、やっと大泊瀬皇子もその異変に気づきだした。
「おい、従者の者達が見えなくなったぞ。もしかして他の者は皆、道を間違えて別の方に行ったのではないか?」
大泊瀬皇子は思わず後ろにいる市辺皇子に声をかける。
「まぁ大泊瀬が黙々と進むもんだから、皆とはぐれてしまったようだな」
市辺皇子は特に慌てるふうでもなくしてそう話す。
大泊瀬皇子は彼にそういわれて一旦歩くのを止めた。そして「どうしたものか、一度引き返すべきだろうか……」とその場で少し考え出した。
大泊瀬皇子がそう考えている丁度その時だった。
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