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69《草香幡梭姫》
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大泊瀬皇子は今後の大王即位を見越して、予てより正妃にと考えていた草香幡梭姫の元へと向かった。
そして今は、その草香幡梭姫と面を向き合って対面している状況である。
大泊瀬皇子は目の前にいる彼女に対し、背筋を伸ばしてどっしりとした態度を構えて座っていた。
草香幡梭姫はとても落ち着いた物静かな女性のように見える。
自身の母親である忍坂姫とはまた違った感じの皇女だと彼は思った。
母親の忍坂姫は今でこそ、大王を補佐するぐらいしっかりとした女性であるが、少女の頃は割りとお転婆だったそうだ。そんな彼女に夫の雄朝津間大王もだいぶ手を焼いていたと、彼は聞かされていた。
(婚姻の話をしてからかなり日数が経ってしまっている。彼女は果たして何といってくるだろうか……)
大泊瀬皇子はそんな不安を持ちつつ、とりあえず本題に入ることにした。
「草香幡梭姫、この度はずっと待たせたままになってしまい本当に申し訳ない。ここ最近の俺の噂はあなたも耳にしていることだろう。だが俺としては、この婚姻を何とかまとめたいと思っている」
大泊瀬皇子がそう言葉を発すると、その場は一時無言の状態となる。
大泊瀬皇子は少し緊張しながら、彼女の返事を待った。元々この婚姻は大草香皇子の了承のみで進めていた話だ。なので肝心の草香幡梭姫の本心は彼も全く知らない。
それから暫くして、ついに草香幡梭姫が重い口を開ける。
「この話しは元々兄であった大草香皇子から聞いております。そしてそのことに対して私は特に反対はしませんでした。
私も皇女という身ですし、そもそもこの歳での婚姻はもうないだろうと考えていたので」
それを聞いた大泊瀬皇子は、彼女のこの口振りからして、婚姻の了解を得られるのではないかと思った。
(今回の俺の大王への即位を確実にするためにも、彼女との婚姻は何としても決めてしまいたい)
そして大泊瀬皇子は続けていった。
「草香幡梭姫、あなたのその口振りからして、俺との婚姻は了承して貰えるということだろうか。その、俺の出した条件を飲んでくれる上で……」
それを聞いた草香幡梭姫は少し可笑しそうにしながら答えた。
「えぇ、この婚姻はあくまで建前のものということですよね。何でも皇子は別に思う娘がいるとか」
大泊瀬皇子はそれを聞いて思わず目を丸くする。
韓媛のことは彼女の身の回りにいる者達と、それ以外のごく僅かの人間にしか話していないはずだ。
(どうして草香幡梭姫が、そのことを知っているのだ……)
「草香幡梭姫、その話しはごく僅かな人間にしか話していない。それをどうしてあなたが知っているのだ?」
大泊瀬皇子は思わず表情を強ばらせる。
「あら、話したらいけないことだったのかしら?この話はあなたのお母様から聞きました。私はあなたよりも忍坂姫との方が歳が近く、以前から交流がありましたので」
それを聞いた大泊瀬皇子は、余りのことにその場で言葉を失った。
(くそ、母上のやつ。阿佐津姫にだけいっていたのではないのか。
父上も母上はああ見えて割りとお転婆で、何にでも首を突っ込みたがる所があるから、韓媛のことを話す時は十分に注意しろといわれていたのに……)
大泊瀬皇子は草香幡梭姫を前にして、非常に恥ずかしくなってきた。
そんな大泊瀬皇子を見て草香幡梭姫はついに耐えられなくなり、思わず笑いだしてしまった。
「皇子、ごめんなさいね。何故か酷く可笑しくなってしまって。その娘のことは他には話してないので、安心して下さい」
だがそうはいっても、彼女的にこの話しはとても愉快だったのか、暫く笑いが止まらないでいた。
そしてその後、草香幡梭姫はようやく落ち着いたようで、先ほどの続きを話しだした。
「とりあえず、私はあなたの条件を飲んだ上でこの婚姻を受け入れます。あなたも私のことは気にせずに、その娘を大事にしてあげて下さい」
それを聞いた大泊瀬皇子はとても感極まり、思わず彼女に頭を下げる。
そして彼は声をあげて彼女にいった。
「草香幡梭姫、あなたには本当に感謝します。本当の夫婦にはなれないが、それでもあなたが安心した生活を送れるよう、できる限りのことはさせて頂く」
(これできっと全てが上手くいく……)
大泊瀬皇子は心の中でそう呟いた。
そんな大泊瀬皇子を見た草香幡梭姫は少し微笑んで彼にいう。
「皇子、お願いですから顔を上げて下さい」
彼女にそういわれたので、大泊瀬皇子はゆっくりと顔を上げた。
大泊瀬皇子は今周りから、自身の目的の為なら、実の兄弟や親戚でさえ平気で殺してしまう者だと噂されている。
だが今の彼は、歳相応のまだ子供の面影が残る少年の顔をしていた。
そんな大泊瀬皇子の様子を草香幡梭姫も感じとったようで、まるで自身の子供を見るような目で彼にいう。
「この話しは今まで限られた人にしか話してなかったのですが、私もかつてはとても愛した男性がいました。
でもその人は私と一緒になれるほどの身分を持っていなかったんです。
それでも私と彼は将来一緒になろうと心に決めていた……」
大泊瀬皇子は何故急にそんな話しを自分にするのか、ちょっと不思議に思った。
そんな皇子の思いをよそに、彼女は続けて話す。
「当時私の父はすでに亡くなっていたので、私のことに関しては、兄が親代わりとして見てくれていました。
なので必死で兄を説得し、やっとの思いで許可をもらった矢先に、彼は死んでしまった……」
大泊瀬皇子もこんな話しは大草香皇子からは全く聞かされていなかった。
もしかすると草香幡梭姫と自身の婚姻の妨げになると考えていたのかもしれない。
「どうして、その男性は死んでしまわれたのですか?」
大泊瀬皇子は草香幡梭姫にその男性の死因を尋ねた。
「はい、何でも私の元に向かっている途中で、急に乗っていた馬が暴れだしたそうです。
そしてその馬から振り落とされてしまい、彼はそのまま即死でした」
それを聞いて大泊瀬皇子は思った。
こんな話を自分に話せるようになるまで、一体どれだけの年月を有したことだろうかと。
やっとの思いで婚姻を認められた矢先に、相手が死んでしまったのだ。
それは彼女にとって相当な悲しみだったことだろう。
そして今は、その草香幡梭姫と面を向き合って対面している状況である。
大泊瀬皇子は目の前にいる彼女に対し、背筋を伸ばしてどっしりとした態度を構えて座っていた。
草香幡梭姫はとても落ち着いた物静かな女性のように見える。
自身の母親である忍坂姫とはまた違った感じの皇女だと彼は思った。
母親の忍坂姫は今でこそ、大王を補佐するぐらいしっかりとした女性であるが、少女の頃は割りとお転婆だったそうだ。そんな彼女に夫の雄朝津間大王もだいぶ手を焼いていたと、彼は聞かされていた。
(婚姻の話をしてからかなり日数が経ってしまっている。彼女は果たして何といってくるだろうか……)
大泊瀬皇子はそんな不安を持ちつつ、とりあえず本題に入ることにした。
「草香幡梭姫、この度はずっと待たせたままになってしまい本当に申し訳ない。ここ最近の俺の噂はあなたも耳にしていることだろう。だが俺としては、この婚姻を何とかまとめたいと思っている」
大泊瀬皇子がそう言葉を発すると、その場は一時無言の状態となる。
大泊瀬皇子は少し緊張しながら、彼女の返事を待った。元々この婚姻は大草香皇子の了承のみで進めていた話だ。なので肝心の草香幡梭姫の本心は彼も全く知らない。
それから暫くして、ついに草香幡梭姫が重い口を開ける。
「この話しは元々兄であった大草香皇子から聞いております。そしてそのことに対して私は特に反対はしませんでした。
私も皇女という身ですし、そもそもこの歳での婚姻はもうないだろうと考えていたので」
それを聞いた大泊瀬皇子は、彼女のこの口振りからして、婚姻の了解を得られるのではないかと思った。
(今回の俺の大王への即位を確実にするためにも、彼女との婚姻は何としても決めてしまいたい)
そして大泊瀬皇子は続けていった。
「草香幡梭姫、あなたのその口振りからして、俺との婚姻は了承して貰えるということだろうか。その、俺の出した条件を飲んでくれる上で……」
それを聞いた草香幡梭姫は少し可笑しそうにしながら答えた。
「えぇ、この婚姻はあくまで建前のものということですよね。何でも皇子は別に思う娘がいるとか」
大泊瀬皇子はそれを聞いて思わず目を丸くする。
韓媛のことは彼女の身の回りにいる者達と、それ以外のごく僅かの人間にしか話していないはずだ。
(どうして草香幡梭姫が、そのことを知っているのだ……)
「草香幡梭姫、その話しはごく僅かな人間にしか話していない。それをどうしてあなたが知っているのだ?」
大泊瀬皇子は思わず表情を強ばらせる。
「あら、話したらいけないことだったのかしら?この話はあなたのお母様から聞きました。私はあなたよりも忍坂姫との方が歳が近く、以前から交流がありましたので」
それを聞いた大泊瀬皇子は、余りのことにその場で言葉を失った。
(くそ、母上のやつ。阿佐津姫にだけいっていたのではないのか。
父上も母上はああ見えて割りとお転婆で、何にでも首を突っ込みたがる所があるから、韓媛のことを話す時は十分に注意しろといわれていたのに……)
大泊瀬皇子は草香幡梭姫を前にして、非常に恥ずかしくなってきた。
そんな大泊瀬皇子を見て草香幡梭姫はついに耐えられなくなり、思わず笑いだしてしまった。
「皇子、ごめんなさいね。何故か酷く可笑しくなってしまって。その娘のことは他には話してないので、安心して下さい」
だがそうはいっても、彼女的にこの話しはとても愉快だったのか、暫く笑いが止まらないでいた。
そしてその後、草香幡梭姫はようやく落ち着いたようで、先ほどの続きを話しだした。
「とりあえず、私はあなたの条件を飲んだ上でこの婚姻を受け入れます。あなたも私のことは気にせずに、その娘を大事にしてあげて下さい」
それを聞いた大泊瀬皇子はとても感極まり、思わず彼女に頭を下げる。
そして彼は声をあげて彼女にいった。
「草香幡梭姫、あなたには本当に感謝します。本当の夫婦にはなれないが、それでもあなたが安心した生活を送れるよう、できる限りのことはさせて頂く」
(これできっと全てが上手くいく……)
大泊瀬皇子は心の中でそう呟いた。
そんな大泊瀬皇子を見た草香幡梭姫は少し微笑んで彼にいう。
「皇子、お願いですから顔を上げて下さい」
彼女にそういわれたので、大泊瀬皇子はゆっくりと顔を上げた。
大泊瀬皇子は今周りから、自身の目的の為なら、実の兄弟や親戚でさえ平気で殺してしまう者だと噂されている。
だが今の彼は、歳相応のまだ子供の面影が残る少年の顔をしていた。
そんな大泊瀬皇子の様子を草香幡梭姫も感じとったようで、まるで自身の子供を見るような目で彼にいう。
「この話しは今まで限られた人にしか話してなかったのですが、私もかつてはとても愛した男性がいました。
でもその人は私と一緒になれるほどの身分を持っていなかったんです。
それでも私と彼は将来一緒になろうと心に決めていた……」
大泊瀬皇子は何故急にそんな話しを自分にするのか、ちょっと不思議に思った。
そんな皇子の思いをよそに、彼女は続けて話す。
「当時私の父はすでに亡くなっていたので、私のことに関しては、兄が親代わりとして見てくれていました。
なので必死で兄を説得し、やっとの思いで許可をもらった矢先に、彼は死んでしまった……」
大泊瀬皇子もこんな話しは大草香皇子からは全く聞かされていなかった。
もしかすると草香幡梭姫と自身の婚姻の妨げになると考えていたのかもしれない。
「どうして、その男性は死んでしまわれたのですか?」
大泊瀬皇子は草香幡梭姫にその男性の死因を尋ねた。
「はい、何でも私の元に向かっている途中で、急に乗っていた馬が暴れだしたそうです。
そしてその馬から振り落とされてしまい、彼はそのまま即死でした」
それを聞いて大泊瀬皇子は思った。
こんな話を自分に話せるようになるまで、一体どれだけの年月を有したことだろうかと。
やっとの思いで婚姻を認められた矢先に、相手が死んでしまったのだ。
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