さかなのみるゆめ

ruki

文字の大きさ
35 / 40

35

しおりを挟む
「多分あの時、とてつもない恐怖に襲われた佐奈は、自分の心を守るためにその時の記憶を消したんだ。だけどそれは、佐奈の心に深い傷を残し、同じシチュエーションになる度にフラッシュバックを起こしてしまったのだと思う」

ショックだった。
僕のことなのに、僕は全然自分の事を分かってなかった。
僕の心にはそんな傷があるなんて、知らなかった。

「佐奈は少しずつ心を開いてくれて、僕に笑顔を向けてくれるようになってきた。だけどその笑顔も、あの時を覚えてないからだ。もしあの時を思い出してしまったら、この笑顔は消えて僕の傍からいなくなってしまう」

苦しげに話す智明に、僕は何も言えなかった。いつも柔らかい笑顔で僕を見守ってくれていた智明の心が、こんなにも怯えていたなんて・・・。

「佐奈がフラッシュバックを起こすのはいつも意識のない時だった。それがもし、意識のある時に起こったら、そしてあの時のことを思い出してしまったら・・・」

僕に必要以上に近づかなかったのも、いつも変わらず笑顔でいたのも、少しでも僕が怯えてしまったら、それが引き金になってフラッシュバックを起こしてしまうかもしれない。そう思って智明はずっと変わらぬ笑顔で同じ距離を保っていた。

クリスマスを一度も祝わなかったのも、この日が僕たちの始まりの日だからだ。あの日あの時を迎えるまで、僕達はクリスマスパーティをしていたのだから・・・。

それがどんなに辛いことだったか・・・。

「本当はもっと近づきたかった。佐奈に触れて、抱きしめて、その唇にキスしたかった・・・。外に出られない佐奈をずっと部屋に閉じ込めて、誰の目にも触れさせたくなかった。たとえ近づくことが出来なくても、僕だけの佐奈にしておきたかったんだ。だけど、佐奈はいつの間にか心を治し、僕から離れようとしていた」

僕はそんな智明の心を知らず、智明から早く自立しなければならないと思っていた。早く一人でも生きられるようになって、僕という呪縛から智明を解放してあげたかった。

「佐奈を閉じ込めておくなんて、僕のエゴでしかない。本当はどんどん外の世界へと向かって行く佐奈に喜び、応援しなくてはいけなかったんだ。だけど、僕の心はどんどん歪んで、いつしかまた佐奈を傷つけてしまうんじゃないかと怖くなった。だから極力、佐奈のことを見ないようにした。今何をしているのか、これから何をしようとしているのか。もしそれが僕からますます離れるような事だったとしたら、僕はきっと佐奈を本当に閉じ込めてしまう」

僕はそれを、ただ関心がないからだと思った。
好きの反対は無関心。
僕は智明の嫌いの対象にもなれなかったのかと、本当に責任感だけで傍にいるのだと思っていた。

それがどんなに辛かったか。

「だからクリスマスのあの日、佐奈に言われた通りポストから手紙を受け取ったあの時、そこから鍵が出てきて、僕の心臓は止まるかと思った。急いで入った部屋には誰もいなくて、佐奈の部屋はもぬけの殻だった。佐奈はついに、僕の元からいなくなってしまった。きっとあの日のことを思い出してしまったんだ。だから何も言わずにいなくなってしまったんだと思った」

僕はあの時、本当の自分の気持ちを手紙に書こうと思っていた。だけど、書こうと思えば思うほど、僕だけが一方的に智明を好きになり、そして智明は最後まで僕を好きになってくれなかった事実を突きつけられて惨めになった。そしてそれはいつしか智明を責めるような文面になり、書くことを諦めた。
惨めな自分を晒すのも、智明を責めてしまうのも嫌だった。だから一言『さようなら』とだけ書いたんだ。

それだけで伝わると思った。クリスマスプレゼントと言って、さよならの手紙と部屋の鍵。僕達の関係を考えたら、僕から智明へのプレゼントが『自由』であるという意味以外ないと思った。

だけど、その根本が違ったのだ。

智明は、僕は心の底では無意識に智明を怖がっていると思っていて、僕は智明に関心すら持ってもらえず、責任を取るためだけに僕の傍にいるのだと思っていた。

だから、僕のメッセージは伝わるはずがなかった。

「佐奈を探せないと思った。本当はすぐに探したい。実家や会社に電話して聞きたい。・・・でも出来なかった。夜遅いからだけじゃない。佐奈があの日を思い出して僕から離れたのなら、佐奈はきっと僕が怖いはずだ。せっかく僕から逃げたのにまた現れたら、きっと佐奈はさらに僕に恐怖し、また逃げるだろう」

逃げたわけじゃなかった。ただ智明に、智明の人生を返してあげたかっただけなのに、思いは通じていなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

アルファな彼とオメガな僕。

スメラギ
BL
  ヒエラルキー最上位である特別なアルファの運命であるオメガとそのアルファのお話。  

結婚間近だったのに、殿下の皇太子妃に選ばれたのは僕だった

BL
皇太子妃を輩出する家系に産まれた主人公は半ば政略的な結婚を控えていた。 にも関わらず、皇太子が皇妃に選んだのは皇太子妃争いに参加していない見目のよくない五男の主人公だった、というお話。

うそつきΩのとりかえ話譚

沖弉 えぬ
BL
療養を終えた王子が都に帰還するのに合わせて開催される「番候補戦」。王子は国の将来を担うのに相応しいアルファであり番といえば当然オメガであるが、貧乏一家の財政難を救うべく、18歳のトキはアルファでありながらオメガのフリをして王子の「番候補戦」に参加する事を決める。一方王子にはとある秘密があって……。雪の積もった日に出会った紅梅色の髪の青年と都で再会を果たしたトキは、彼の助けもあってオメガたちによる候補戦に身を投じる。 舞台は和風×中華風の国セイシンで織りなす、同い年の青年たちによる旅と恋の話です。

至高のオメガとガラスの靴

むー
BL
幼なじみのアカリちゃんは男の子だけどオメガ。 誰よりも綺麗で勉強も運動も出来る。 そして、アカリちゃんから漂うフェロモンは誰もが惹きつけらる。 正に"至高のオメガ" 僕-ヒロ-はアルファだけど見た目は普通、勉強も普通、運動なんて普通以下。 だから周りは僕を"欠陥品のアルファ"と呼ぶ。 そんな僕をアカリちゃんはいつも「大好き」と言って僕のそばに居てくれる。 周りに群がる優秀なアルファなんかに一切目もくれない。 "欠陥品"の僕が"至高"のアカリちゃんのそばにずっと居ていいのかな…? ※シリーズものになっていますが、どの物語から読んでも大丈夫です。 【至高のオメガとガラスの靴】←今ココ  ↓ 【金の野獣と薔薇の番】  ↓ 【魔法使いと眠れるオメガ】

白銀オメガに草原で愛を

phyr
BL
草原の国ヨラガンのユクガは、攻め落とした城の隠し部屋で美しいオメガの子どもを見つけた。 己の年も、名前も、昼と夜の区別も知らずに生きてきたらしい彼を置いていけず、連れ帰ってともに暮らすことになる。 「私は、ユクガ様のお嫁さんになりたいです」 「ヒートが来るようになったとき、まだお前にその気があったらな」 キアラと名づけた少年と暮らすうちにユクガにも情が芽生えるが、キアラには自分も知らない大きな秘密があって……。 無意識溺愛系アルファ×一途で健気なオメガ ※このお話はムーンライトノベルズ様にも掲載しています

王子殿下が恋した人は誰ですか

月齢
BL
イルギアス王国のリーリウス王子は、老若男女を虜にする無敵のイケメン。誰もが彼に夢中になるが、自由気ままな情事を楽しむ彼は、結婚適齢期に至るも本気で恋をしたことがなかった。 ――仮装舞踏会の夜、運命の出会いをするまでは。 「私の結婚相手は、彼しかいない」 一夜の情事ののち消えたその人を、リーリウスは捜す。 仮面を付けていたから顔もわからず、手がかりは「抱けばわかる、それのみ」というトンデモ案件だが、親友たちに協力を頼むと(一部強制すると)、優秀な心の友たちは候補者を五人に絞り込んでくれた。そこにリーリウスが求める人はいるのだろうか。 「当たりが出るまで、抱いてみる」 優雅な笑顔でとんでもないことをヤらかす王子の、彼なりに真剣な花嫁さがし。 ※性モラルのゆるい世界観。主人公は複数人とあれこれヤりますので、苦手な方はご遠慮ください。何でもありの大人の童話とご理解いただける方向け。

あなたは僕の運命なのだと、

BL
将来を誓いあっているアルファの煌とオメガの唯。仲睦まじく、二人の未来は強固で揺るぎないと思っていた。 ──あの時までは。 すれ違い(?)オメガバース話。

アルファだけど愛されたい

屑籠
BL
ベータの家系に生まれた突然変異のアルファ、天川 陸。 彼は、疲れていた。何もかもに。 そんな時、社の視察に来ていた上流階級のアルファに見つかったことで、彼の生活は一変する。 だが……。 *甘々とか溺愛とか、偏愛とか書いてみたいなぁと思って見切り発車で書いてます。 *不定期更新です。なるべく、12月までメインで更新していきたいなとは思っていますが、ムーンライトノベルさんにも書きかけを残していますし、イスティアもアドラギも在りますので、毎日は出来ません。 完結まで投稿できました。

処理中です...