36 / 39
36
しおりを挟む
10年も一緒に暮らしていたのに、僕達は何一つお互いを理解していなかった。お互いこんなに好きあっていたのに、ほんの少し勇気を出して心の内を言っていれば、こんな苦しい思いはしなくて済んだのに・・・。
「朝になって、最初に電話した水森の実家には連絡は来ていないと言われた。だけどその日の午後、あちらから電話が来たんだ。佐奈が僕と別れると言っている、と」
実家に連絡を入れた日、母は智明に電話したのか・・・。でもちゃんと僕との約束を守って、母は僕の気持ちを言わないでいてくれた。
「水森のお義母さんに言われたよ。最初の約束通り、佐奈の言う通りにして欲しい。このまま何も言わずに別れて欲しい、と」
その言葉に僕は智明を見た。
智明は相変わらず下を向いて握りしめた手を見ている。そんな智明に僕は言葉を投げた。
「約束って?」
約束なんて知らない。
確かに、最初反対していた両親と何か話し合っていたのは知ってるけど、その時になにか約束をしていたの?
「・・・ごめん。佐奈は知らなかったね」
何か言いにくいことなのか、智明が言い淀む。
「何を約束したの?」
もう一度訊くと、ようやく教えてくれた。
それはやっぱり、僕たちのことに反対していたうちの両親から出た条件だった。
その条件は、
お互い愛し合わない限り、番にならない事。
結婚しないこと。
そして、
僕が別れを希望したら無条件で別れること。
だった。
それはまだ、人生を決めるにも生涯の相手を決めるにもまだ若すぎた僕達への両親の心配だった。
今後、本当に愛する人との出会いがあるかもしれない。その時にはちゃんと愛する人と結ばれることができるようにと、両親は考えてくれたのだ。
そして、僕の心の傷に気づいていた両親は僕の心の心配をしてくれていたのだ。もしも智明との生活が苦しくなったり辛くなった時は、いつでもその関係を解消できるようにと。
「だけど、本当に僕達が愛し合うことが出来たなら、その時はちゃんとプロポーズしてあげて欲しいと言われていたんだ。だけど、発情期の度に苦しげにフラッシュバックを起こす佐奈にプロポーズなんて出来なかった。佐奈が僕を愛することなんてあるはずがない」
そんな約束があったことにも驚きだけど、僕は発情期の度にフラッシュバックを起こしていたことに驚愕した。それを毎回見ていた智明はどう思っていたのか。
僕はずっと自分だけが辛い思いをしていると思って、智明に求めることばかりしていた。だけど、智明も僕の知らないところで苦しんでいたんだ。
好きだと言って欲しかった。
うなじを噛んで欲しかった。
それをしてくれない智明に、絶望した。
だけど、それをしなかったことの理由を考えなかった。
僕の親との約束。
発情期の度に起こる僕の発作。
この10年、智明の心はどんなに辛かったことか・・・。
「佐奈はきっといま幸せにしている。心の傷を癒し、僕の手の中から逃れ、自由に楽しく暮らしているはずだ。だからこれで良かったんだ。そう無理やり自分を納得させて、僕は今まで生きてきた。だけど、絵本を見つけてしまったんだ。佐奈の絵だとすぐに分かった。そしてそれは名前を見て確信した。『さかな』は佐奈の事だろ?昔授業で作った落款印に、佐奈は魚を彫っていたから」
小学校の時に彫った落款印。僕は確かに魚を彫った。でもその時は同じクラスでも、親しくもなかったのに・・・。本当に智明は、ずっと僕を見ていてくれたんだ。
「探さないと決めていたのに、佐奈の絵を見たらどうしても会いたくなってしまった。ほんの少しだけでも顔が見たい。本当に幸せに笑っているか、遠くからでも確かめたい。そう思って出版社に問い合わせたら会社を教えてくれて、そこで問い合せて欲しいと言われたんだ」
だけど僕に会う気がない智明は会社には問い合わせずに、会社の前のカフェで僕が出てくるのを待っていたらしい。
有給まで使ってずっと待ってた智明は3日目の今日、木佐さんに声をかけられて会社の中に入った。
「事情を訊かれて『さかな』さんのファンだと言ったら中においでって・・・。断ったんだけどなんか断りきれなくて中に入ったんだけど、佐奈の香りが全然しなくて、もしかして間違ったのかも・・・と思ったら、急に佐奈の香りが微かにしだして・・・」
それであの時、いきなり飛び出してきたのか・・・。
会社には2ヶ月前から産休に入っていて行ってなかったので、僕の香りはしなかったのだろう。でも、木佐さんが智明に声を掛けたなんて・・・。
「きっとかなり怪しかったんだろうね。朝から夜までずっとカフェの窓から見ていたから・・・さすがに3日目ともなると、社員の誰かが気味悪がって上司に訴えたのかもしれない」
「朝になって、最初に電話した水森の実家には連絡は来ていないと言われた。だけどその日の午後、あちらから電話が来たんだ。佐奈が僕と別れると言っている、と」
実家に連絡を入れた日、母は智明に電話したのか・・・。でもちゃんと僕との約束を守って、母は僕の気持ちを言わないでいてくれた。
「水森のお義母さんに言われたよ。最初の約束通り、佐奈の言う通りにして欲しい。このまま何も言わずに別れて欲しい、と」
その言葉に僕は智明を見た。
智明は相変わらず下を向いて握りしめた手を見ている。そんな智明に僕は言葉を投げた。
「約束って?」
約束なんて知らない。
確かに、最初反対していた両親と何か話し合っていたのは知ってるけど、その時になにか約束をしていたの?
「・・・ごめん。佐奈は知らなかったね」
何か言いにくいことなのか、智明が言い淀む。
「何を約束したの?」
もう一度訊くと、ようやく教えてくれた。
それはやっぱり、僕たちのことに反対していたうちの両親から出た条件だった。
その条件は、
お互い愛し合わない限り、番にならない事。
結婚しないこと。
そして、
僕が別れを希望したら無条件で別れること。
だった。
それはまだ、人生を決めるにも生涯の相手を決めるにもまだ若すぎた僕達への両親の心配だった。
今後、本当に愛する人との出会いがあるかもしれない。その時にはちゃんと愛する人と結ばれることができるようにと、両親は考えてくれたのだ。
そして、僕の心の傷に気づいていた両親は僕の心の心配をしてくれていたのだ。もしも智明との生活が苦しくなったり辛くなった時は、いつでもその関係を解消できるようにと。
「だけど、本当に僕達が愛し合うことが出来たなら、その時はちゃんとプロポーズしてあげて欲しいと言われていたんだ。だけど、発情期の度に苦しげにフラッシュバックを起こす佐奈にプロポーズなんて出来なかった。佐奈が僕を愛することなんてあるはずがない」
そんな約束があったことにも驚きだけど、僕は発情期の度にフラッシュバックを起こしていたことに驚愕した。それを毎回見ていた智明はどう思っていたのか。
僕はずっと自分だけが辛い思いをしていると思って、智明に求めることばかりしていた。だけど、智明も僕の知らないところで苦しんでいたんだ。
好きだと言って欲しかった。
うなじを噛んで欲しかった。
それをしてくれない智明に、絶望した。
だけど、それをしなかったことの理由を考えなかった。
僕の親との約束。
発情期の度に起こる僕の発作。
この10年、智明の心はどんなに辛かったことか・・・。
「佐奈はきっといま幸せにしている。心の傷を癒し、僕の手の中から逃れ、自由に楽しく暮らしているはずだ。だからこれで良かったんだ。そう無理やり自分を納得させて、僕は今まで生きてきた。だけど、絵本を見つけてしまったんだ。佐奈の絵だとすぐに分かった。そしてそれは名前を見て確信した。『さかな』は佐奈の事だろ?昔授業で作った落款印に、佐奈は魚を彫っていたから」
小学校の時に彫った落款印。僕は確かに魚を彫った。でもその時は同じクラスでも、親しくもなかったのに・・・。本当に智明は、ずっと僕を見ていてくれたんだ。
「探さないと決めていたのに、佐奈の絵を見たらどうしても会いたくなってしまった。ほんの少しだけでも顔が見たい。本当に幸せに笑っているか、遠くからでも確かめたい。そう思って出版社に問い合わせたら会社を教えてくれて、そこで問い合せて欲しいと言われたんだ」
だけど僕に会う気がない智明は会社には問い合わせずに、会社の前のカフェで僕が出てくるのを待っていたらしい。
有給まで使ってずっと待ってた智明は3日目の今日、木佐さんに声をかけられて会社の中に入った。
「事情を訊かれて『さかな』さんのファンだと言ったら中においでって・・・。断ったんだけどなんか断りきれなくて中に入ったんだけど、佐奈の香りが全然しなくて、もしかして間違ったのかも・・・と思ったら、急に佐奈の香りが微かにしだして・・・」
それであの時、いきなり飛び出してきたのか・・・。
会社には2ヶ月前から産休に入っていて行ってなかったので、僕の香りはしなかったのだろう。でも、木佐さんが智明に声を掛けたなんて・・・。
「きっとかなり怪しかったんだろうね。朝から夜までずっとカフェの窓から見ていたから・・・さすがに3日目ともなると、社員の誰かが気味悪がって上司に訴えたのかもしれない」
57
あなたにおすすめの小説
兄様の親友と恋人期間0日で結婚した僕の物語
サトー
BL
スローン王国の第五王子ユリアーネスは内気で自分に自信が持てず第一王子の兄、シリウスからは叱られてばかり。結婚して新しい家庭を築き、城を離れることが唯一の希望であるユリアーネスは兄の親友のミオに自覚のないまま恋をしていた。
ユリアーネスの結婚への思いを知ったミオはプロポーズをするが、それを知った兄シリウスは激昂する。
兄に縛られ続けた受けが結婚し、攻めとゆっくり絆を深めていくお話。
受け ユリアーネス(19)スローン王国第五王子。内気で自分に自信がない。
攻め ミオ(27)産まれてすぐゲンジツという世界からやってきた異世界人。を一途に思っていた。
※本番行為はないですが実兄→→→→受けへの描写があります。
※この作品はムーンライトノベルズにも掲載しています。
出会ったのは喫茶店
ジャム
BL
愛情・・・
相手をいつくしみ深く愛すること・・・
僕にはそんな感情わからない・・・
愛されたことがないのだから・・・
人間として生まれ、オメガであることが分かり、両親は僕を疎ましく思うようになった
そして家を追い出される形でハイワード学園の寮に入れられた・・・
この物語は愛情を知らないオメガと愛情をたっぷり注がれて育った獅子獣人の物語
この物語には「幼馴染の不良と優等生」に登場した獅子丸博昭の一人息子が登場します。
吸血鬼公爵の籠の鳥
江多之折
BL
両親を早くに失い、身内に食い潰されるように支配され続けた半生。何度も死にかけ、何度も自尊心は踏みにじられた。こんな人生なら、もういらない。そう思って最後に「悪い子」になってみようと母に何度も言い聞かされた「夜に外を出歩いてはいけない」約束を破ってみることにしたレナードは、吸血鬼と遭遇する。
血を吸い殺されるところだったが、レナードには特殊な事情があり殺されることはなく…気が付けば熱心に看病され、囲われていた。
吸血鬼公爵×薄幸侯爵の溺愛もの。小説家になろうから改行を増やしまくって掲載し直したもの。
運命の君
沢渡奈々子
BL
【はじめに】このお話はBL(Boy's Love)です。他の投稿作品(NL)から来られた方はご注意くださいませ。【注意】
【オメガバース】設定捏造&造語あり注意。
ごくごく普通のベータである蒼は、ある日超美形のアルファ・鳴海から友達になってほしいと言われ快諾する。それからしばらくして、蒼はオメガと間違えられてアルファの小野塚に襲われるが……。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
【BL】正統派イケメンな幼馴染が僕だけに見せる顔が可愛いすぎる!
ひつじのめい
BL
αとΩの同性の両親を持つ相模 楓(さがみ かえで)は母似の容姿の為にΩと思われる事が多々あるが、説明するのが面倒くさいと放置した事でクラスメイトにはΩと認識されていたが楓のバース性はαである。
そんな楓が初恋を拗らせている相手はαの両親を持つ2つ年上の小野寺 翠(おのでら すい)だった。
翠に恋人が出来た時に気持ちも告げずに、接触を一切絶ちながらも、好みのタイプを観察しながら自分磨きに勤しんでいたが、実際は好みのタイプとは正反対の風貌へと自ら進んでいた。
実は翠も幼い頃の女の子の様な可愛い楓に心を惹かれていたのだった。
楓がΩだと信じていた翠は、自分の本当のバース性がβだと気づかれるのを恐れ、楓とは正反対の相手と付き合っていたのだった。
楓がその事を知った時に、翠に対して粘着系の溺愛が始まるとは、この頃の翠は微塵も考えてはいなかった。
※作者の個人的な解釈が含まれています。
※Rシーンがある回はタイトルに☆が付きます。
王子殿下が恋した人は誰ですか
月齢
BL
イルギアス王国のリーリウス王子は、老若男女を虜にする無敵のイケメン。誰もが彼に夢中になるが、自由気ままな情事を楽しむ彼は、結婚適齢期に至るも本気で恋をしたことがなかった。
――仮装舞踏会の夜、運命の出会いをするまでは。
「私の結婚相手は、彼しかいない」
一夜の情事ののち消えたその人を、リーリウスは捜す。
仮面を付けていたから顔もわからず、手がかりは「抱けばわかる、それのみ」というトンデモ案件だが、親友たちに協力を頼むと(一部強制すると)、優秀な心の友たちは候補者を五人に絞り込んでくれた。そこにリーリウスが求める人はいるのだろうか。
「当たりが出るまで、抱いてみる」
優雅な笑顔でとんでもないことをヤらかす王子の、彼なりに真剣な花嫁さがし。
※性モラルのゆるい世界観。主人公は複数人とあれこれヤりますので、苦手な方はご遠慮ください。何でもありの大人の童話とご理解いただける方向け。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる