まおうさまの勇者育成計画

okamiyu

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第七章:椿は鋼に咲く、忠誠の銃声とともに――女帝と三将軍のプロトコル

第138話:暁の子、裁きの星──ルキエル vs ガブリエル

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「ガブリエル、お菓子ないのか?」
ルキエルは校長の机に腰かけ、片足をもう一方の膝の上に組み、ガブリエルを見下ろす。
「ない!いいえ、ありません。」わざわざ敬語に言い換え、叱責を待つ子供のように、ガブリエルはルキエルの前に直立したままだった。
「気が利かないな。人間の勇者でさえできたことを、お前はなんでできないのだ?」
「いい加減にしてください! 私はあなたと同じ第一階級の熾天使(セラフィム)! 指図を受ける義理は──」
「ガブリエル、頭が高い。跪け」
「ぐっ……!」
かつてガブリエルがミリアムに命令したように、今度は彼がその立場に逆転した。しかしルキエルは言霊など使っていない。ただ命じただけ。それだけで、ガブリエルには逆らえなかった。
ゆっくりと姿勢を低くし、ガブリエルは片膝を床につけた。
「僕と同じ? 自惚れるな。神魔大戦で七十二柱の悪魔のうち、五十四柱を僕は討った。九つの王クラスのうち六つを地獄に突き落とした。それに比べてお前の功績は? 二つだ。治療専門のラファエルでさえ三つ討っている。情けないお前が僕と同等だと? 笑わせるな」
「ぐぬぬ……!」罵詈雑言より残酷な真実が、ガブリエルの自尊心をズタズタに裂く。
「ルキエル……様。私は神の命を受け、この蛮族の地に信仰を広めるために参りました。あなたに邪魔されるいわれはないはずですが……」
「神は『信仰を広めよ』と言った。『無理矢理広めろ』とは言っていない。お前は相変わらず、神の言葉を都合よく解釈しているな。それと──僕が邪魔したと言ったか?お仕置きだ」
ルキエルの指先が軽く動く。次の瞬間、十本のロンギヌスが虚空より現れ、ガブリエルを貫いた。
「がああっ!!!」
熾天使は死なない。不滅の存在だ。しかしルキエルのロンギヌスは魂までも貫く。その痛みは遮断することすらできない。
「避けるなよ。避けたら、プロトタイプで今後外れたロンギヌスが全てお前を指すように、世界のルールを変えてやる」
ルキエルの言葉は冷たく、残酷だ。先ほどまで意気揚々だったガブリエルは、もう汗びっしょり。微塵の余裕も残されていない。
「私の何が悪い! 私のおかげでこの無知な無神論者の国も神を信じるようになったではないか! 戦争が終わったこの時代、戦いしか能のない貴様より、私の方が優れている! あの悪魔パイモンさえ出し抜き、あと一歩という時に……貴様さえいなければ! があっ!!!」
さらに二十本のロンギヌスがガブリエルに追加され、その叫びを中断させる。
「神の神託は、お前が己を証明する道具ではない。神のお使いもまともに務まらないのか? 雑魚の分際で、べらべらとしゃべるその口は、ミカエルやラファエルよりうるさい。あと、ルキエル様には敬語だ。魂で覚えろ」
さらに五十本。ロンギヌスは降り注ぐ。ガブリエルは最早、ハリネズミのように全身を槍に貫かれていた。
「そ、そうでした……ルキエル様! 地獄側が条例に違反して人間界へ来た悪魔がおります。色欲の悪魔アスモデウスと、暴食の悪魔ベリアルです。早急に彼女らを地獄へ送還すべきでは……!」
ガブリエルは道連れを求め、アスモデウスとベリアルのことをルキエルに告げ口した。これで奴らも自分と同じ目に遭うだろうと企んで。
「で、どこにいる?」
「え?」
「まさか、このルキエル様に『自分で探せ』と? じゃお前いる意味ないじゃん。」
「それは……」先の騒動で二人の悪魔はどこかへ消え失せ、ガブリエルは伝道に忙しく、彼女たちを見失っていた。
「使えないな。だから神も、お前に大事な仕事を任せられないのだ。まあ、そんなことはどうでもいい」ルキエルは手のひらを上に向けて差し出す。「僕へのお土産は?」
「え? い、ありませんが……」
「へえ~……人間界に来ていたのに、僕を無視して挨拶もせず、その上、手ぶらできたのか?ガブリエル。僕は怒っていない。ただ、失望しているだけだ。」
「暁の子、明けの明星よ、お前は天から堕ちた。
諸国の民を打ち倒した者よ、お前は切られて地に倒れた。
やがて夜が明け、暁の星が昇り、お前たちの心の内を照らすまで──
この預言の言葉を、暗闇に輝く灯として、心に留めよ」
世界を創る側の言葉は、世界そのものが従う。
ルキエルの詠唱と共に、空間が反転し、神話時代の光景が机の表面に浮かび上がる、一振りの剣が刺さった台座へと変貌する。その剣こそ、ルキエルの切り札──彼にしか抜けず、彼にしか使えない、始まりの聖剣《プロトタイプ》。
「好きな死に方を選ばせてやる。僕がやると決めたら、神ですら止められない」
校長室の空気が、一瞬だけ完全に止まった。
ルキエルがプロトタイプを抜き放つ。空間が軋むような音がした。その剣圧は校舎の天井を吹き飛ばし、虚空へ消え去った。幸い、力は上空へ向かったため、地面で気絶している審判団たちは無事だった。
しかし、ガブリエルにはそんな余裕はない。神々しい光を纏うプロトタイプを目にした彼の顔は真っ青で、体の震えが止まらない。ルキエルの剣圧は、理性ではなく“魂の奥底に刻まれた恐怖”を直接揺さぶる。プロトタイプは、彼に「死」の概念を刻み込むからだ。
「ちょ、ちょっと待って……いや、待ってください! 用意してあります! 忘れていただけで! ご存知の通り、このガブリエルは出来が悪いものですから……天界に戻って取って参ります!」
「なんだ、そうなのか。もうガブリエルったら、噓じゃないよね?」プロトタイプをガブリエルの眼前に構え、次の言葉でその運命が決まる。
「もちろんです! ルキエル様に噓など……命知らずもいいところです!」
「そうよね。じゃあ、指切りしよう」
「え?」
ガブリエルが反応するより早く、ルキエルは自分の小指と彼の小指を絡めた。
「指切り拳万、♪ 噓ついたら、ロンギヌス千本飲ます、♪ 指切った♪」
プロトタイプが閃く。その指切りは、世界のルールとなった。
今後、ガブリエルがルキエルに噓をついたならば、必ずロンギヌス千本を飲まされる。ルキエルがこれを解かない限り、このルールは朝日が昇るように、永遠に変わらない。
「では、これにて失礼します。お騒がせいたしました」
ガブリエルは息をするたびに自分の魂が削れ落ちるような錯覚を覚えた。
深々と頭を下げ、ガブリエルはルキエルへの“お土産”探しの旅へと発った。
頑張れ、ガブリエル! 次にルキエルに会うまでに、彼を満足させるお土産を用意できなければ……ロンギヌス千本が待っているのだから。

──そして、戦いの幕は静かに降りた。
模擬戦は、平等会会長を名乗るガヴェインの暴走により強制終了となった。表向きの発表では、彼が信仰に熱中するあまり、自分を熾天使ガブリエルと幻想するに至ったとされている。
当然ながら、平等会は解散。カルト化した彼らはもはや害悪でしかない。
しかし、その代わりに元副会長のリディアが新平等会を立ち上げた。
「少数派や弱い立場の人々を助けましょう。神の救いを待つより、力のある私たちが手を差し伸べるべきです」
ボランティア活動や慈善事業を推進し、実力至上主義の帝国に弱者支援の制度を根付かせようと動き始めた。民間の団体も次第にまとまりを見せ、意見の相違はあれど、以前のような強烈な対立と火薬臭さは消えつつある。これで、来月に迫った魔族との決戦に専念できる環境が整った。
「会長! おいていかないでください! あなたがいなくて、公平会はどうなってしまうのですか!」
モリアは目的を達成したかのように、退学届を提出した。
「一人の人間が抜けたくらいで崩れるほど、公平会は脆いのかしら?」
「いいえ、そんなことはありません!」アレックスは涙を拭い、堂々と宣言した。「公平会はもっと強くなります。あなたがいた時以上に!」
「まあ、頼もしいわ。それと……隠れていないで、木の後ろにいるのはバレバレよ」
「!」その影は気づかれたことに驚き、逃げ出そうとしたが、迷いの末に姿を現した。リディアだった。
「お母さん……まだ、私を見捨てるんですか? 私、公平会に入ってないから……」
「バカな娘」モリアはリディアの首に手を回し、強く抱きしめた。「学生としての卒業よ。リディアの母親を卒業するわけじゃないわ。今はバイト先で住んでいるでしょ? 私の家に来なさい。朝には、リディアちゃんの大好きなクリームシチューを作ってあげるわ」
「はい! ありがとう、お母さん!」涙で顔を濡らしながら、リディアはモリアに強く抱きしめ返した。どうやら、この親子の縁はまだまだ続くようだ。

「恋愛相談所・帝国支部、堂々成立! これでアスにゃんも一大企業の社長さんになったね♡」
アスモデウスたちは学園に残り、学園生活を満喫するため「部活」の名目で恋愛相談所を開いた。部員は三人なので、実質は同好会だが。
「どうやって同好会なのに、こんな立派な部室を手に入れたんです? まさかアスモデウス様……」
「いやだね♪ アスにゃんはただちょっと『お願い』しただけなのに、なぜか先生たちが『どうぞこちらをお使いください』って……ああ、モテすぎて困っちゃう♡」
幻術を使ったな。ミリアムとベリアルは同時にそう思った。
「ベル、邪魔デースか? パイセンと店長二人だけにした方が……」
「お願い、ベル、いてください! アスモデウス様と二人きりになると、勢いに流されそうで怖いです。今なら……彼女に迫られたら、私……」どんな要求でも断れない気がした。顔を赤らめて、それ以上は言えなかった。
「そうよ、そうよ、アルルも混ぜて、さん……くう!」ベリアルはデスサイズを取り出し、刃のない部分でアスモデウスを強く叩いた。
「セクハラで訴えるデースよ。それに、ベルはノーマルデース。姉さんとならともかく、店長と百合百合な関係にはならないデース。発情するなら、パイセンだけにしてくださいデース」
「うわーん、アルルに振られたー。慰めて、ミリリンー」
「噓泣きですね、わかります。で、こら! どさくさに紛れてどこ触っているんですか! やめて!」
「『いや』の『いや』は好きのうち♪ さあ、今日こそミリリンの処女(おとめ)を……くう!」今度はベリアルに後ろから頭を叩かれた。
ミリアムの考えは正しい。今二人きりにさせたら、彼女の貞操はあっという間にアスモデウスに散らされてしまうだろう。
(でも、本人はそれほど嫌じゃない……かも?)
「ミリリンは、あたしの初めての“特別”なんだから、絶対逃がさないよ♡?」

「あなた……!」
ティアノはその直後、すぐに病院に運ばれた。全身あちこち骨折していたが、一命は取り留めた。
「やあ、模擬戦が終わってからツバキを迎えに行くのに間に合うか心配してたんだ。これも塞翁が馬ってやつかね」包帯だらけのティアノは、必死に元気な姿を見せようとしたが、この状態では説得力が皆無だった。
「バカ……だから、行かないでって言ったじゃない」
「僕は行ってよかったと思うよ。ツバキと、僕たちの子を守れたんだから。父親として、少しは誇れてもいいだろう?」
「……かっこよかったよ。初めて舞踏会で会った時よりも」再会のキス──これは女帝からの最高の褒賞である。

「やらかした……学園の模擬戦で油断したな。俺がついていれば」
「『大丈夫』だったと言えるのかしら?」
帝国のバー「ルナティック・ムーン」。今回は完全に出し抜かれた将軍たちが、反省会を開いていた。
「逃げる時間は稼げただろう。大体、今回の模擬戦の審判は大将が行くべきだろ。責任は大将にあると思うな」ワインをグラスに注ぎながら、アリストは隣のドクターをからかうように言った。
「そうね。このバカが変なアニメサイトを見て軍のメインコンピューターにウイルスを感染させなければ、いけたかもな。」ドクターは手に取ったコーヒーを一気に飲み干し、深いため息をついた。ちなみに「ルナティック・ムーン」は元々コーヒーを扱っていなかったが、以前ドクターの強い要望によりメニューに追加されたらしい。もちろん豆は、彼が愛してやまないゲイシャ種である。
「あうう……だって、ただで……吾輩、月末でお小遣いがなくて……無料で見れるで….」皇帝救出のMVPであるエンプラは、椅子の上で正座を強いられていた。これがドクター流の“お仕置き”である。
「まさか、エロ動画とか……ひゅーひゅー」
「いいえ! ロボットアニメであります! 吾輩も合体機能を追加したいであります! 合体できないロボットは、ロボットじゃないであります!」
「男女の合体なら教えてやるぞ……いててて!」酒の酔いでつい下ネタを口にしたアリストを、ミラージュは強くつねった。
「下品すぎるわ! 変なこと教えないで! ろくな大人にならないでしょ。ドクターも、もう少しあの子に優しくしてあげて」なぜかミラージュの機嫌は今日は良い。「ありがとう、おかげで皇帝陛下は助かった。今日は私のおごりよ。好きなものを頼みなさい」
「感謝するであります! ミラージュは優しいであります! ドクターも、吾輩の偉大さに気づいて、もっと甘やかしてもいいでありますよ!」
「そうね。じゃあ、今回のウイルス騒動による損失額はこれくらいなんだけど……これ、誰が負担するのかな?」ドクターが取り出した伝票には、エンプラの一年分の給料すら足りない莫大な金額が記されていた。支払人はもちろん、ドクター本人だ。
「いいえ! ありがとうであります! すみませんであります!」正座したまま、エンプラは素直に頭を下げた。

「なんだか、すごい事件があったみたいだけど、セリナたちのこと、忘れていません?」
マリ商会。今回の騒動には巻き込まれなかったセリナとレンは、事件が解決したことも知らずにいた。
「義兄様が怪我で入院したんだって。明日、果物でも持ってお見舞いに行こうよ。結局、あまり会えなかったし」マオウに会うつもりが、彼のあまりの忙しさに叶わず、マリ商会でのバイト生活が続いていた。
「でも、魔王討伐ならセリナたちの出番ですね! なにせ勇者ですから!」手にした箒が一瞬、聖剣の輝きを放った。
「前から思っていたんだけど……ななんでペンや箒握れるの、全部聖剣になるじゃないの?」
「ふんふん、これがセリナとマオウさんが発見した、聖剣ルールの抜け穴なんだよ!」聖剣は、契約者が装備したあらゆる武器を聖剣とする。しかし「装備」の状態は、五指で握ることで成立すると判定される。つまり──
「こうしたら、元に戻れますよ」セリナが指を何本か離すと、聖剣はただの箒に戻った。
「……ずるじゃん」
「これは『仕様』の合理的な利用です! わはは」
どことなく魔王に似てきたセリナを見て、レンは彼女の将来を心底心配し始めた。
こうして、一つの月日が静かに過ぎていった。帝国は万全の準備を整え、いよいよ訪れる運命の日に備える。
魔族との最終決戦の時が、刻一刻と近づいている。
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