まおうさまの勇者育成計画

okamiyu

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第三章:汚された純白に、恋は咲く――旧友と公爵家の囁き

第57話:銀の花と隠された傷

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「あなたが、あの勇者セリナ様ですか? お噂よりずっと素敵な方ですね。実は僕……ひそかに、あなたのファンなんですよ」

――そう言って微笑んだ彼の名は、シエノ・クセリオス。

あのクセリオス・ヴェスカリア公爵の息子だった。

俺たちは彼の好意を断りきれず、彼の屋敷に招待されることになった。

「平民出身の英雄……そういう話、大好きなんです。

彼らは生まれに恵まれなくても、逆境に抗って立ち上がる姿勢……いやあ、心が震えますよ。あ、失礼。セリナ様は女性でしたね。“彼ら”というのは不適切でした」

「いえ、お気になさらず。シエノ様こそ、お褒めが過ぎます。私は“勇者”とはいえ、もとはただのメイドですから」

セリナはマリの件でまだ動揺していたが、頑張って笑顔を作りながら、シエノと丁寧に会話していた。

まあ、実はシエノ本人はただのいい人、あのタヌキ親父の息子とは思えないほどに。



シエノ・クセリオス。

王国最大の貴族、ヴェスカリア家の長男。

だが貴族的な傲慢さとは無縁で、誰にでも優しく接する……そんな“異端”だ。

彼は、異世界から来た父……いや、”カズキ王の民主思想に共鳴し、

奴隷解放や教育制度の改革に積極的に関わっていた。

そのせいで、貴族派の父親――公爵クセリオスの怒りを買い、

グラナールから離れたセルペンティナに左遷された、という経緯があるらしい。

舞踏会や貴族の社交界には一切興味を示さず、

代わりに学校の運動会やボランティア活動に足繁く通う。

……だからこそ男装の俺が、王女レンだとは気づいていない。

その点は、正直ちょっと助かってる。

「あなたが、“銀色の閃光”ユウキ殿ですか! 伝説の冒険者の一人ですよね?

その年でその腕前とは、いやあ……本当に尊敬します!

もしよければ、僕の剣の師匠になっていただけませんか? もちろん、報酬は弾みますよ!」

「いや、勘弁して。すでに弟子ひとりで手一杯だから。

……っていうか、近い。近い近い」

悪気はないんだろうが、この人……距離感バグってるよな。

「残念です。……でも、いつか機会があれば、ぜひ!」

そう言って、シエノは振り返った。

「マリ。お客様に、お茶をお出ししてくれ」

「はい、シエノ様――きゃっ!」

運ばれてきたお盆が、唐突に傾いた。

高く澄んだ音とともに、茶器が床に砕け散った。細かな破片が陽光を反射して、一瞬、銀の花のように広がった。

「マリさん!」

誰よりも早く駆け寄ったのは、セリナだった。

幸い、熱湯はかからなかったようだが、砕けた茶碗の破片がマリの手をかすめ、血がにじんでいた。

「マリ、大丈夫か!? 誰か、医者を――!」

シエノは焦った様子で、自分のスカーフを裂いて応急処置を施す。

「……私は大丈夫です。ごめんなさい、勇者様、シエノ様。

私が不器用なせいで、失礼しました。すぐに新しいお茶を――」

「もう動かないでください。お茶なら私が淹れます! 私、メイド学校で習ってましたから!」

「いけません、勇者様にそんなこと……!」

「マリ、もういい。これは命令だ。今日は僕が淹れよう。君は、少し休んでくれ」

その言葉に、ようやくマリは動きを止めた。

……でも、俺は見逃さなかった。

さっき、マリが茶を運んできたとき。

廊下ですれ違った使用人が――わざと、足を出していた。

こっそりと、だが確実に。

セリナも、シエノも気づいていなかった。

そしてもうひとつ――マリの手にあった傷。

いまの破片ではつかない、古い痕が、うっすらと残っていた。

――これは、家事で付く傷じゃない。

この屋敷には、何かがおかしい。

何かが、静かに……歪んでいる。
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