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第六章:奪われた王冠に、炎の誓いを――動乱の王都で少女は革命を選ぶ
第98話:俺の魔王には名前がない
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頭を落ち着けて、俺はようやく冷静さを取り戻した。
父様と母様が処刑されると聞いたとき、心のどこかで、諦めて一緒に死ねたらとすら思った。止めに来たセリナにも、酷いことをしてしまった。
「ごめんなさい!」
帰り際、俺はセリナに土下座で謝った。師匠として、絶対にしてはならないことをしてしまったのだ。自分のわがままで彼女を傷つけた。
「いいですよ。私も武闘会の時、レン君に酷いことをしましたから。おあいこです」
彼女はいつものように優しく俺を許してくれた。そのやさしさが、今の俺にはむしろつらい。
そして、俺はもう一度、あいつの前で泣いた。
父様にすら泣き顔を見せたことがないのに、あいつの前ではもう三度も大泣きしている。……泣き虫だと思われるかな。
けれど、あいつは今回も冷静に状況を分析して、解決策を見いだしてくれた。
「私とシーサイレン一家が海賊をしていた時、彼らから聞いたことがある。満月の時、潮が引き、普段海底にある“隠れ暗流の洞窟”が現れる。その道を使えば、三日で王都へ着く。そして次の満月は―――明日の夜だ」
シーサイレン一家は快く、洞窟の案内と王都までの航行を引き受けてくれた。
「兄ちゃんは人魚たちの恩人。そして我らシーサイレン一家の隠れた一味。これしきのこと、任せてくださいよ」
船に乗るのは正直すごく嫌だけど、父様と母様のためなら、死ぬ気で我慢する。
夜になり、満月が空に映る。その光はまるで魔力を秘めているように、海水を引かせていく。
海岸の目立たない隅に、その洞窟はあった。そんなに大きな洞窟ではなく、小さい船しか入れない。シーサイレン一家の海賊船があの時のままだったのは、本当に助かった。
人魚たちは先行して暗礁を探索し、俺たちは慎重に前進した。
朝までに洞窟を抜けなければ、再び海水が戻ってきて――シーサイレン一家以外、全員溺れてしまう……。
――そして、俺はやっぱり船に弱いらしい……。
激しい嘔吐と眩暈が俺をベッドから降りられなくさせた。
でも、そのおかげで……あいつがずっとそばにいてくれた。ちょっと、得した気分だった。
あいつは俺の前では、武闘会の時の毛玉の姿でいた。こっちの方が話しやすい。
まったく、あの時は俺があんなに慌てていたのに、こいつは何事もなく楽しんでいた。本当バカ。
「魔王って……なんなんだよ」
あの時の最後の言葉が気になっていた。失礼かもしれないが、今このもふもふした大きなぬいぐるみのような毛玉を、魔王と結びつけるのは難しい。
最初に会った時は、変な名前だと思った。でも色々あって、追及しなかった。“マオウ”……そのままじゃないか。
「私は七十二柱の悪魔と、その悪魔の大軍を統べる“魔王”だ。どうだ、怖いだろ」
猫耳をぴくぴくさせて得意気に語る毛玉に、怖さよりも可愛さの方が勝っていた。
俺はそっと、彼を抱きしめた。……すごく柔らかい。毛もすべすべしてるし、なにより、猫耳がまるで別の意識があるかのように動いている。
女の子が好きそうなものは苦手な俺だけど、これだけは別だった。
「じゃあ、なんで俺に教えたの?」
「私は君を“家族”だと思っている。だから、知ってほしかった」
なにそれ、プロポーズ? 毛玉の分際で生意気な。お仕置きでもっともふもふしてやる。
天使と悪魔はとっくに知っているらしい。……ちょっと嬉しかったのに、二人だけの秘密だと思ってたから。
でも――
「セリナはどうなるの? あの娘、まだ知らないんだろう。まさか……」
セリナはいずれ、“勇者”として“魔王”と戦う運命にある。ならば――
「私がなんとかする。私は彼女を殺さない。……いや、“殺せない”が正しいかな」
「お優しい魔王様で。……なんで“勇者”なんて育ててるんだよ。あんた、魔王だろ」
「人間に、二度と“勇者”が“魔王”に勝てると思わせないためさ。
私は、暗殺される恐怖に怯えて生きるのはもう、こりごりだ」
こいつらしい、せこい理由。……むしろ安心すらした。
もしセリナが“聖剣”を抜いていなかったら――俺が抜いていたかも。
その時は、こいつと戦うのは俺だった。……抜かなくてよかったかも。
昨日、こいつと戦って、よく分かった。それに……セリナには悪いが、彼女が知らない“魔王の秘密”を俺が知っている――ちょっと優越感。
「なぁ……あんたの本当の名前は? “マオウ”って、偽名だろ」
もっとこいつのことを知りたくなった。たぶん、俺は自分でも怖いくらい、こいつのことを――愛してる。
こいつが人間じゃなくても、魔王でも――関係ない。
「ないぞ。私は名前など持っていない。
天地から生まれた“精霊”だからな。君たち人間は、“ウンディーネ”や“サラマンダー”に名前をつけるか? それと同じことだ」
「不便だろ、それ。……俺がつけてやろうか?」
自分の印をつけたい。これは俺のものだという証。
「いや、いい。名前は危険だ。
“呪い”をかける条件のひとつにも使われる。……持たない方が便利なんだ」
「バカ」
断られたことに、ちょっとむかついた。お返しにこいつの肉球をぷにぷにしてやった。……柔らかい。爪もない。完全にもふるためにある。
「こんなに触っても怒らないんだな」
「私は言ったろ? 君は“甘える”ことを知るべきだと。
その行為を拒否する理由なんて、どこにもない。
それに、今の君は船酔いで苦しんでいる。これで少しでも楽になるなら、どうぞご遠慮なく」
「バカ……」
船に乗るのは嫌いだけど――これなら、好きになれるかも。
今度、父様と母様を救い出せたら。
……二人で、また船に乗ろう。
そう考えながら、俺は魔王を抱いて眠りについた。
父様と母様が処刑されると聞いたとき、心のどこかで、諦めて一緒に死ねたらとすら思った。止めに来たセリナにも、酷いことをしてしまった。
「ごめんなさい!」
帰り際、俺はセリナに土下座で謝った。師匠として、絶対にしてはならないことをしてしまったのだ。自分のわがままで彼女を傷つけた。
「いいですよ。私も武闘会の時、レン君に酷いことをしましたから。おあいこです」
彼女はいつものように優しく俺を許してくれた。そのやさしさが、今の俺にはむしろつらい。
そして、俺はもう一度、あいつの前で泣いた。
父様にすら泣き顔を見せたことがないのに、あいつの前ではもう三度も大泣きしている。……泣き虫だと思われるかな。
けれど、あいつは今回も冷静に状況を分析して、解決策を見いだしてくれた。
「私とシーサイレン一家が海賊をしていた時、彼らから聞いたことがある。満月の時、潮が引き、普段海底にある“隠れ暗流の洞窟”が現れる。その道を使えば、三日で王都へ着く。そして次の満月は―――明日の夜だ」
シーサイレン一家は快く、洞窟の案内と王都までの航行を引き受けてくれた。
「兄ちゃんは人魚たちの恩人。そして我らシーサイレン一家の隠れた一味。これしきのこと、任せてくださいよ」
船に乗るのは正直すごく嫌だけど、父様と母様のためなら、死ぬ気で我慢する。
夜になり、満月が空に映る。その光はまるで魔力を秘めているように、海水を引かせていく。
海岸の目立たない隅に、その洞窟はあった。そんなに大きな洞窟ではなく、小さい船しか入れない。シーサイレン一家の海賊船があの時のままだったのは、本当に助かった。
人魚たちは先行して暗礁を探索し、俺たちは慎重に前進した。
朝までに洞窟を抜けなければ、再び海水が戻ってきて――シーサイレン一家以外、全員溺れてしまう……。
――そして、俺はやっぱり船に弱いらしい……。
激しい嘔吐と眩暈が俺をベッドから降りられなくさせた。
でも、そのおかげで……あいつがずっとそばにいてくれた。ちょっと、得した気分だった。
あいつは俺の前では、武闘会の時の毛玉の姿でいた。こっちの方が話しやすい。
まったく、あの時は俺があんなに慌てていたのに、こいつは何事もなく楽しんでいた。本当バカ。
「魔王って……なんなんだよ」
あの時の最後の言葉が気になっていた。失礼かもしれないが、今このもふもふした大きなぬいぐるみのような毛玉を、魔王と結びつけるのは難しい。
最初に会った時は、変な名前だと思った。でも色々あって、追及しなかった。“マオウ”……そのままじゃないか。
「私は七十二柱の悪魔と、その悪魔の大軍を統べる“魔王”だ。どうだ、怖いだろ」
猫耳をぴくぴくさせて得意気に語る毛玉に、怖さよりも可愛さの方が勝っていた。
俺はそっと、彼を抱きしめた。……すごく柔らかい。毛もすべすべしてるし、なにより、猫耳がまるで別の意識があるかのように動いている。
女の子が好きそうなものは苦手な俺だけど、これだけは別だった。
「じゃあ、なんで俺に教えたの?」
「私は君を“家族”だと思っている。だから、知ってほしかった」
なにそれ、プロポーズ? 毛玉の分際で生意気な。お仕置きでもっともふもふしてやる。
天使と悪魔はとっくに知っているらしい。……ちょっと嬉しかったのに、二人だけの秘密だと思ってたから。
でも――
「セリナはどうなるの? あの娘、まだ知らないんだろう。まさか……」
セリナはいずれ、“勇者”として“魔王”と戦う運命にある。ならば――
「私がなんとかする。私は彼女を殺さない。……いや、“殺せない”が正しいかな」
「お優しい魔王様で。……なんで“勇者”なんて育ててるんだよ。あんた、魔王だろ」
「人間に、二度と“勇者”が“魔王”に勝てると思わせないためさ。
私は、暗殺される恐怖に怯えて生きるのはもう、こりごりだ」
こいつらしい、せこい理由。……むしろ安心すらした。
もしセリナが“聖剣”を抜いていなかったら――俺が抜いていたかも。
その時は、こいつと戦うのは俺だった。……抜かなくてよかったかも。
昨日、こいつと戦って、よく分かった。それに……セリナには悪いが、彼女が知らない“魔王の秘密”を俺が知っている――ちょっと優越感。
「なぁ……あんたの本当の名前は? “マオウ”って、偽名だろ」
もっとこいつのことを知りたくなった。たぶん、俺は自分でも怖いくらい、こいつのことを――愛してる。
こいつが人間じゃなくても、魔王でも――関係ない。
「ないぞ。私は名前など持っていない。
天地から生まれた“精霊”だからな。君たち人間は、“ウンディーネ”や“サラマンダー”に名前をつけるか? それと同じことだ」
「不便だろ、それ。……俺がつけてやろうか?」
自分の印をつけたい。これは俺のものだという証。
「いや、いい。名前は危険だ。
“呪い”をかける条件のひとつにも使われる。……持たない方が便利なんだ」
「バカ」
断られたことに、ちょっとむかついた。お返しにこいつの肉球をぷにぷにしてやった。……柔らかい。爪もない。完全にもふるためにある。
「こんなに触っても怒らないんだな」
「私は言ったろ? 君は“甘える”ことを知るべきだと。
その行為を拒否する理由なんて、どこにもない。
それに、今の君は船酔いで苦しんでいる。これで少しでも楽になるなら、どうぞご遠慮なく」
「バカ……」
船に乗るのは嫌いだけど――これなら、好きになれるかも。
今度、父様と母様を救い出せたら。
……二人で、また船に乗ろう。
そう考えながら、俺は魔王を抱いて眠りについた。
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