1 / 71
第一章 運命の番を知る
1 プロローグ
しおりを挟む
それは夏の終わりの、まだ少し汗ばむ陽気の日だった。
休日に呼び出されたカフェ。
室内には、センターに大きな木が堂々とこれでもかというくらい存在感を主張している。いかにも女性が好きそうな洗練された洒落た空間だ。そこにはいつも通りの優しくて温かい、そしてとても美しいこの世で最も大切な爽の姉――麗香がいた。
いつもと変わらない、大好きな姉との大切な時間。
いや、どうやら今日はそんな予想を反して、奈落の底へ落される日だったらしい。麗香がなにか言いたそうにしていたのは、途中からなんとなく気が付いたが、爽からは何も聞けない、そんな雰囲気だった。いつも通り他愛もない話をする中で、麗香がぼそっと口を開く。
「爽ちゃん、私、彼と結婚することになったの……」
「ぇ……」
今年高校を卒業してすぐに就職した爽は、姉とこうして休日をたびたび過ごしていた。両親と八歳年上の姉と四人家族。姉は歳の離れた弟を幼い頃からとても可愛がり、両親もそんな姉弟を愛していた。平和な三上家で、爽は何不自由なく暮らしていたが、高校卒業と同時にある事情から家を出た。
両親と姉はベータで、爽だけが唯一のオメガという性だが、三上家には性別のことを気にする人はいなかった。姉弟は両親に平等に愛され、仲のいい家庭で育ったと今でも自信を持って言える。
オメガはいろいろと大変といわれる中、両親は立派に爽を育てた。麗香はとても優秀で、大学を出て一流企業に勤め始める自慢の娘であった。爽は優秀とは程遠いが、それなりに勉強を頑張り、素行も悪くない普通の男子高校生だった。
普通に育ててもらったお陰なのか、三上家ではバース性にこだわるような思考は生れず、爽自体未発情だったこともあり、オメガ性に対して大した苦労もせずに、知識も乏しいまま当たり前に大学進学を目指して受験勉強をしていた。
それが、人生が変わる出会いを果たしたせいで、大学進学は諦めて働きに出て半年が経った。
麗香は二十七歳、結婚適齢期といったらそうなのかもしれないが、交際しているアルファの男がいたから、そろそろ結婚の話が出るのもわかる。
爽はひそかに姉とあの彼が破局することを願っていた。しかし願いはむなしく、ついに二人は名実ともに結ばれる運びとなった。
こんなに苦労して運命の痕跡を消している間、運命の男はただただ安心して恋人と未来の約束をしていた。なんだかむなしいような悲しいような、なんとも言えない感情が自分の中にあった。
「爽ちゃん……やっぱり、だめかな?」
「え、あっ、ちがう。ごめん、びっくりして、おめでとう」
「あっ、ありがとう! 爽ちゃんからおめでとうって言ってもらえると思ってなかった」
麗香は少し涙目になっていた。実の弟相手に、相当な気を使わせていたことを思うと、申し訳なく感じる。
彼女がコーヒーを口に運ぶのを見て、爽は氷が解け切ったアイスカフェラテをストローで吸い切った。
「どうしても、半年後の結婚式には、爽ちゃんにも出席してほしいの……」
「う、うん」
ああ、ついにあれを始めなければいけないのか。姉の喜ぶ顔とは裏腹に、爽の心はこの薄まったカフェラテのように、なんともいえない曖昧な状態になっていた。
休日に呼び出されたカフェ。
室内には、センターに大きな木が堂々とこれでもかというくらい存在感を主張している。いかにも女性が好きそうな洗練された洒落た空間だ。そこにはいつも通りの優しくて温かい、そしてとても美しいこの世で最も大切な爽の姉――麗香がいた。
いつもと変わらない、大好きな姉との大切な時間。
いや、どうやら今日はそんな予想を反して、奈落の底へ落される日だったらしい。麗香がなにか言いたそうにしていたのは、途中からなんとなく気が付いたが、爽からは何も聞けない、そんな雰囲気だった。いつも通り他愛もない話をする中で、麗香がぼそっと口を開く。
「爽ちゃん、私、彼と結婚することになったの……」
「ぇ……」
今年高校を卒業してすぐに就職した爽は、姉とこうして休日をたびたび過ごしていた。両親と八歳年上の姉と四人家族。姉は歳の離れた弟を幼い頃からとても可愛がり、両親もそんな姉弟を愛していた。平和な三上家で、爽は何不自由なく暮らしていたが、高校卒業と同時にある事情から家を出た。
両親と姉はベータで、爽だけが唯一のオメガという性だが、三上家には性別のことを気にする人はいなかった。姉弟は両親に平等に愛され、仲のいい家庭で育ったと今でも自信を持って言える。
オメガはいろいろと大変といわれる中、両親は立派に爽を育てた。麗香はとても優秀で、大学を出て一流企業に勤め始める自慢の娘であった。爽は優秀とは程遠いが、それなりに勉強を頑張り、素行も悪くない普通の男子高校生だった。
普通に育ててもらったお陰なのか、三上家ではバース性にこだわるような思考は生れず、爽自体未発情だったこともあり、オメガ性に対して大した苦労もせずに、知識も乏しいまま当たり前に大学進学を目指して受験勉強をしていた。
それが、人生が変わる出会いを果たしたせいで、大学進学は諦めて働きに出て半年が経った。
麗香は二十七歳、結婚適齢期といったらそうなのかもしれないが、交際しているアルファの男がいたから、そろそろ結婚の話が出るのもわかる。
爽はひそかに姉とあの彼が破局することを願っていた。しかし願いはむなしく、ついに二人は名実ともに結ばれる運びとなった。
こんなに苦労して運命の痕跡を消している間、運命の男はただただ安心して恋人と未来の約束をしていた。なんだかむなしいような悲しいような、なんとも言えない感情が自分の中にあった。
「爽ちゃん……やっぱり、だめかな?」
「え、あっ、ちがう。ごめん、びっくりして、おめでとう」
「あっ、ありがとう! 爽ちゃんからおめでとうって言ってもらえると思ってなかった」
麗香は少し涙目になっていた。実の弟相手に、相当な気を使わせていたことを思うと、申し訳なく感じる。
彼女がコーヒーを口に運ぶのを見て、爽は氷が解け切ったアイスカフェラテをストローで吸い切った。
「どうしても、半年後の結婚式には、爽ちゃんにも出席してほしいの……」
「う、うん」
ああ、ついにあれを始めなければいけないのか。姉の喜ぶ顔とは裏腹に、爽の心はこの薄まったカフェラテのように、なんともいえない曖昧な状態になっていた。
153
あなたにおすすめの小説
トップアイドルα様は平凡βを運命にする【完】
新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。 ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。 翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。 運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。
「オレの番は、いちばん近くて、いちばん遠いアルファだった」
星井 悠里
BL
大好きだった幼なじみのアルファは、皆の憧れだった。
ベータのオレは、王都に誘ってくれたその手を取れなかった。
番にはなれない未来が、ただ怖かった。隣に立ち続ける自信がなかった。
あれから二年。幼馴染の婚約の噂を聞いて胸が痛むことはあるけれど、
平凡だけどちゃんと働いて、それなりに楽しく生きていた。
そんなオレの体に、ふとした異変が起きはじめた。
――何でいまさら。オメガだった、なんて。
オメガだったら、これからますます頑張ろうとしていた仕事も出来なくなる。
2年前のあの時だったら。あの手を取れたかもしれないのに。
どうして、いまさら。
すれ違った運命に、急展開で振り回される、Ωのお話。
ハピエン確定です。(全10話)
2025年 07月12日 ~2025年 07月21日 なろうさんで完結してます。
伯爵家次男は、女遊びの激しい(?)幼なじみ王子のことがずっと好き
メグエム
BL
伯爵家次男のユリウス・ツェプラリトは、ずっと恋焦がれている人がいる。その相手は、幼なじみであり、王位継承権第三位の王子のレオン・ヴィルバードである。貴族と王族であるため、家や国が決めた相手と結婚しなければならない。しかも、レオンは女関係での噂が絶えず、女好きで有名だ。男の自分の想いなんて、叶うわけがない。この想いは、心の奥底にしまって、諦めるしかない。そう思っていた。
白銀オメガに草原で愛を
phyr
BL
草原の国ヨラガンのユクガは、攻め落とした城の隠し部屋で美しいオメガの子どもを見つけた。
己の年も、名前も、昼と夜の区別も知らずに生きてきたらしい彼を置いていけず、連れ帰ってともに暮らすことになる。
「私は、ユクガ様のお嫁さんになりたいです」
「ヒートが来るようになったとき、まだお前にその気があったらな」
キアラと名づけた少年と暮らすうちにユクガにも情が芽生えるが、キアラには自分も知らない大きな秘密があって……。
無意識溺愛系アルファ×一途で健気なオメガ
※このお話はムーンライトノベルズ様にも掲載しています
『聖クロノア学院恋愛譚 』記憶を失ったベータと王族アルファ、封印された過去が愛を試すまで
るみ乃。
BL
聖クロノア学院で、記憶と感情が静かに交差する。
「君の中の、まだ知らない“俺”に、触れたかった」
記憶を失ったベータの少年・ユリス。
彼の前に現れたのは、王族の血を引くアルファ・レオンだった。
封じられた記憶。
拭いきれない心の傷。
噛み合わない言葉と、すれ違う想い。
謎に包まれた聖クロノア学院のなかで、
ふたりの距離は、近づいては揺れ、また離れていく。
触れたいのに、触れられない。
心を開けば、過去が崩れてしまう。
それでも彼らは、確かめずにはいられなかった。
――やがて、学院の奥底に眠る真実が、静かに目を覚ます。
過去と向き合い、誰かと繋がることでしか見えない未来がある。
許し、選びなおし、そしてささやかな祈り。
孤独だった少年たちは、いつしか「願い」を知っていく。
これは、ふたりの愛の物語であると同時に、
誰かの傷が、誰かの救いへと変わっていく物語。
運命に抗うのは、誰か。
未来を選ぶのは、誰なのか。
優しさと痛みが交差する場所で、物語は紡がれる。
【完結】end roll.〜あなたの最期に、俺はいましたか〜
みやの
BL
ーー……俺は、本能に殺されたかった。
自分で選び、番になった恋人を事故で亡くしたオメガ・要。
残されたのは、抜け殻みたいな体と、二度と戻らない日々への悔いだけだった。
この世界には、生涯に一度だけ「本当の番」がいる――
そう信じられていても、要はもう「運命」なんて言葉を信じることができない。
亡くした番の記憶と、本能が求める現在のあいだで引き裂かれながら、
それでも生きてしまうΩの物語。
痛くて、残酷なラブストーリー。
泡にはならない/泡にはさせない
玲
BL
――やっと見つけた、オレの『運命』……のはずなのに秒でフラれました。――
明るくてお調子者、だけど憎めない。そんなアルファの大学生・加原 夏樹(かはらなつき)が、ふとした瞬間に嗅いだ香り。今までに経験したことのない、心の奥底をかき乱す“それ”に導かれるまま、出会ったのは——まるで人魚のようなスイマーだった。白磁の肌、滴る水、鋭く澄んだ瞳、そしてフェロモンが、理性を吹き飛ばす。出会った瞬間、確信した。
「『運命だ』!オレと『番』になってくれ!」
衝動のままに告げた愛の言葉。けれど……。
「運命論者は、間に合ってますんで。」
返ってきたのは、冷たい拒絶……。
これは、『運命』に憧れる一途なアルファと、『運命』なんて信じない冷静なオメガの、正反対なふたりが織りなす、もどかしくて、熱くて、ちょっと切ない恋のはじまり。
オメガバースという世界の中で、「個」として「愛」を選び取るための物語。
彼が彼を選ぶまで。彼が彼を認めるまで。
——『運命』が、ただの言葉ではなくなるその日まで。
運命の番ってそんなに溺愛するもんなのぉーーー
白井由紀
BL
【BL作品】(20時30分毎日投稿)
金持ち社長・溺愛&執着 α × 貧乏・平凡&不細工だと思い込んでいる、美形Ω
幼い頃から運命の番に憧れてきたΩのゆき。自覚はしていないが小柄で美形。
ある日、ゆきは夜の街を歩いていたら、ヤンキーに絡まれてしまう。だが、偶然通りかかった運命の番、怜央が助ける。
発情期中の怜央の優しさと溺愛で恋に落ちてしまうが、自己肯定感の低いゆきには、例え、運命の番でも身分差が大きすぎると離れてしまう
離れたあと、ゆきも怜央もお互いを思う気持ちは止められない……。
すれ違っていく2人は結ばれることができるのか……
思い込みが激しいΩとΩを自分に依存させたいαの溺愛、身分差ストーリー
★ハッピーエンド作品です
※この作品は、BL作品です。苦手な方はそっと回れ右してください🙏
※これは創作物です、都合がいいように解釈させていただくことがありますのでご了承くださいm(_ _)m
※フィクション作品です
※誤字脱字は見つけ次第訂正しますが、脳内変換、受け流してくれると幸いです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる