運命の番は姉の婚約者

riiko

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第三章 仮初の関係

31 緊急事態

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 後部座席に二人で座った。車中で隆二がいつもの調子で話しかけてくるが、爽はそれどころではない。
「爽、急に電話繋がらなくなって辛かった」
「降ろしてください」
 爽の言葉を無視して、隆二は丁寧に爽のシートベルトを締める。彼がアルファと知った今、爽は少しだけ警戒してみたがフェロモンは感知できなかった。
 いったい、なぜ? そもそも隆二が副社長だとは一言も聞いていなかった。それが当たり前に、副社長として爽の目の前に現れた隆二に戸惑う。
 セフレが、実は爽勤める会社の副社長榊隆二さかきりゅうじだなんて思いもしない事態に直面していたのだ。
「もう仕事もしなくていいし、僕の家でゆっくりと過ごせばいい。これからの事は何も心配いらないから」
「何、言っているんですか? 車から降ろしてください」
 そもそも子供なんていない。仮にできていたとしても、セフレ関係は終わりだと認識していたはず……。だから子供ができたとメッセージを送ったら、隆二の役目が終わりだと理解してもらえると思っていた。
「僕の役職を黙っていたことに怒った? でも仕事なんて関係なくない?」
「いい加減にしてください。俺、クビなんですよね? 寮から出て行くので荷物まとめに戻ります」
 爽の計画が全て終わってしまった。
 そもそも無職では、この先を生きていけない。福利厚生を利用して子育てをするという爽の全てが奪われた。
 隆二はただのアルファではなく本社の人間だった。だから、すんなりとここに来て爽を迎えに来られたのだ。だがいったい、いつから? いつから爽の存在を知っていたのだろうと困惑する。
 戸惑う爽が、この場から逃げようとすると隆二の声音が低くなる。
「話が噛み合わないな。いい加減に話を聞いてくれるかな?」
 その声に、爽の体が反射的にビクッとした――アルファの威嚇。こういうアルファ特有の力を、爽の前では今まで隠していた。初めて目の当たりにする、隆二というアルファに恐怖を覚えた。
 爽の怯えた反応を見た隆二が、威嚇を抑える。
「ごめん……もう隠さなくていいかと思って、抑制剤の使用はやめたんだ。少し興奮するとアルファの力が漏れるから気を付けてはいるんだけどね。今までは爽の前で抑えていた」
「……」
 隆二が、不意に爽のうなじの香りを嗅いでくる。驚く爽。
「な、なに⁉」
「爽からはオメガの匂いしないね。やっぱり妊娠するとフェロモンの影響が出にくくなるのか」
 爽は、もしものために抑制剤を飲んでいた。
 妊娠したと騙した以上、どこかで妊娠していないことを察知されては困る。もう二度と会わないと決めていたが、偶然にも相原には二回保護されたことがある。それを考えると、用心するにこしたことはない。
 それに、隆二からは少なからず想われていたことくらい気付いていた。アルファが身分を偽ってオメガを抱き続けることは、何かしら目的があるはず。簡単に諦めてもらえるかはわからなかったので、もし会うことになってもアルファに欲情しないための予防策として飲み始めていた。
 屍のように過ごした週末。隆二にオメガの香りを知られることだけは避けたいと考え、朝から抑制剤の服用を始めたところだった。
「だんまり? じゃあ、僕から話すから聞いていてくれる? 僕がアルファだって、気付いていた?」
「……」
 無言の爽を見た隆二がもう一度聞く。
「気付いてないよね。爽と会うときは強めの抑制剤で匂い消していたし、格好にも気をつけてベータに見えるように努力もした。なんでわかったの?」
 そういう事だったのかと納得した。隆二のことをアルファっぽいと時々感じていた爽だが、フェロモンを感知できなかったのでそれはないと思い込んでいた。
 しかし、騙された爽が思うのもなんだが、ベータに見える努力は……できていないと思った。
「あなたの遊び相手に声をかけられました。それで副社長がアルファだと知りました」
「遊び相手? 誰だろう。それで別れることにしたの?」
 誰だろうって……。あの後、会ってないのだろうか。そもそも隆二はどれほどの相手と付き合ってきたのだろう。たまたま毛色の違うオメガが目に入ったから楽しんでいただけ? そう推測したら腹立たしく思った。節操がない隆二に対して苛立ちはどんどんと強くなるが、一応副社長らしいので敬語で話を続けた。
「俺たちは付き合っていませんから、別れようがありません」
「……そうだったね。じゃあ何で僕をブロックしたの?」
 妊娠したから終わり。そういう意味のメールを送ったイコール、縁を切るということにならなかったらしい。
 爽は面倒くさそうに、もう一度そのことを話した。
「妊娠したから、もうあなたは必要じゃありません」
「冷たいな。父親がいらないとは言っていたけど、妊娠したら会わないとは言ってなかったじゃないか?」
「えっ……」
 爽は本気で驚いた顔を見せた。子種だけ欲しいとはたしかに言ったが……。それはつまり、子種と二人の関係は別になるのだろうか。捉え方の違い?
「うちの会社、会長職には僕の父親が就いている。ちなみに兄が社長だけど、兄はベータの男性と結婚したから子供がいない。爽は榊の跡取りを妊娠したんだ。爽の子供は会社全体に大事な存在だ。そんな爽を手放すと思った?」
「え」
 ――そんな一族全員役職とか、あるのかよ。
 いや、アルファ創業一族なら大体アルファの子息に会社が任されるから、あるかもしれない。だから次男の隆二の子供でさえ、将来はこの会社の役員になることは決まっているのだろう。
 隆二の遺伝子は貴重。孕めば相手は誰でもいいと言われているような気分になった。
 爽とて同じことをしていたのだから、相手がそれを求めても何も言えないはずなのだが、自分を棚に上げて爽は言い切った。
「じゃあ、なんで俺に子種をくれたんですか? 俺はあなたが御曹司なんて知らなかった。孕ませてくれるなら誰でもよかったのに、そんないわく付きの種なんか欲しくなかった」
 その言葉を聞いた隆二は少しだけ寂しそうな顔を見せるが、真剣に言う。
「だって、爽を愛してしまったんだ。君はアルファが嫌いっていうから言えなかった」
 爽はアルファが嫌い……と言ったかもしれないが、それは隆二と会ってからそういう話の流れで言っただけだ。
 話が矛盾する。隆二は出会う前から、最初からフェロモンを出していなかった。日頃から抑制剤を常用していると、あの元セフレの彼が言っていた。だから初めての時、隆二のことは当然ベータだと思い込んでいた。
 そもそもアルファが出禁の「御影」に出入りしている常連なのだから、アルファとは思わない。
「俺たちはただのセフレですよね?」
「僕は始めから君に惚れていたよ。好きでもない子にこんなに時間をかけない。僕は一応これでも結構忙しいんだ」
 これまで何度か爽はおかしいとは思っていたが、まさか惚れていた? それは、つまり最初から騙されていた。妊娠したと言ったら離れられると思っていたが、逆効果だった。この事実に爽は戸惑う。
「副社長、話はわかりました。いったん落ち着いて考えたいので、とりあえず寮に戻ってもいいですか?」
「さっきから、その敬語やめて。今まで通り名前で呼んでよ。これからは夫夫ふうふになるんだから」
夫夫ふうふって……俺は! 子供だけ欲しくて旦那は必要ない。そう言った!」
 爽の口調が思わずいつもの調子に戻る。
「それも知っているよ。爽が嫌なら籍はおいおいでいいけど、つがいにはしていいよね?」
「つ、がい」
「出産しないとヒートは戻らないからできないけど、子供産んだ後に色々考えていこう。まずは一緒に暮らそう。ご両親にも挨拶へ行かなくちゃ」
 恐ろしくなった。
 爽の馬鹿げた計画がこんなことになってしまうなんて。妊娠してなくても爽は解放されないということだろうか。それこそ無理やりつがいにされてしまう未来しか見えなかった。
「副社長、俺まだ妊娠したばかりだし、今色々言われても困ります」
「その線を引いた話し方は嫌だな」
 また敬語に戻した爽を見て、隆二はハッキリと不快を示す。今はそこで争うべきではないので、爽はいつもの口調に戻した。
「わかった。隆二、今はとりあえず帰して」
「逃げるでしょ?」
 ――鋭いな。
「逃げない。寮に行って自分の荷物まとめてくるから、自分の後片付けくらい自分でしたい」
「わかったよ。じゃあ、夕方また迎えに来るからそれまでに荷物まとめて」
 隆二は運転手に指示をすると、車は元来た道を引き返すこととなった。寮の前に車がつくと爽を降ろし、警護という名の監視役を残した隆二は去っていった。
 去り際、人前だというのに濃厚なキスをしていった。
 アルファと知ったのに、キスにはなんの嫌悪感もなく不覚にも爽はうっとりとしてしまった。
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