運命の番は姉の婚約者

riiko

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第四章 揺れる心

39 診察

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 とうとうその日は来てしまった。
 数日隆二と穏やかな生活をしていたが、爽の定期健診の日がついに来た。隆二には通っている病院と診察日を聞かれていたので事前に教えていたので、そこは避けられなかった。
 その日、隆二は仕事を抜け出して診察に付き合うことになった。
 爽はなんの答えも見つからないまま、この日を迎えてしまったのだ。アルファは普通、オメガの診察には入れない。だが妊娠しているとなると別だった。パートナーとして付き添えるらしい。そんな爽の知らない情報まで隆二は入手していた。
 そしていつもと変わりのない検診日。診察室の中には、医者と爽、その後ろには婚約者の隆二が立っていた。
 ――いや、全く違う。変わり過ぎだよ!
 医者が爽に問う。
「三上さん、変わりないですか?」
「え、あ、はい」
 明らかに変わりがあると思う。これまで一人で診察を受けていたオメガの後ろに、堂々と立っているアルファがいる。どう見たって大きな変化がみられるはずだ。それは事前に医者に報告が行っていたので、医者は違和感を覚えなかったらしい。
「えっと、今日は妊娠検査を希望とのことで大丈夫?」
「う、はい」
 しどろもどろ答える。本来ならいらない検査。しなくていいと言いたいところだが、後ろにはパートナーと言い張る隆二が笑顔で立っていた。
「えっと、三上さんの婚約者の方、ですね? 受付でも言われたと思うのですが、検査自体はパートナーの方は付き添えないんです。結果説明だけは患者さんの許可がある場合、パートナーの方が付き添えますが……」
「先生、爽のつわりが酷くて、とても見ていられないんです。僕の子供をお腹に迎えてくれたのは嬉しいのですが、心配で! それに最近ポテトチップスばかり食べていて、いくら味覚が変わるからと言っても、健康に響かないかが心配なんです」
 ――なぜ俺の行動を知っている? 
 隆二は心配そうに医者に話す。そして医者も真剣に聞いている。爽は、遠い目。
 隆二から外出禁止令を出されているので、家でずっと映画やドラマを見て毎日だらけている。暇なのでポテチを食い散らかしている。それが妊娠した好みの変化と思われたようだ。
「妊娠初期は、そういったこともありますから、そこまで心配なさらなくても大丈夫ですよ」
「でも、あと、妊娠してから異常に可愛いので、それも心配なんです。妊娠中はフェロモンが出ないようになると聞いたのですが、あまりに可愛くて、危なくて人前に出せないんです。でも健康のため外を歩かせたいのですが、僕は日中家にいないので」
「えっと、そこを含めて、診察後にお話ししましょうね」
 ――隆二、お前はオカンか。
 まさかそこまでいろいろと心配をかけていたとは思わなかった。つわりという名の嘔吐は、自分の浅はかさに気持ちが悪くなるのと、きっと抑制剤の連続使用のせいだ。そして可愛い……に関しては爽にはまったくわからない。
 高校を出てからは働いていたし、正直こんなにだらけたのは久しぶりで、堪能していた。それが怠惰なのはわかっていたが、隆二は妊娠初期の症状として心配をしてくれていたらしい。セレブ妻みたいな生活をしていた爽は少しだけ申し訳なく思った。
「とにかく待合室でお待ちください。心配事に関しては一つ一つ片付けて生きましょうね」
「はい、先生、爽をよろしくおねがいします」
 医者は笑いながら頷いた。
 オメガを心配のあまり、検査にまでついてきてしまうアルファが多いらしい。そして隆二が出ていくと、一通りの検査が始まった。もう妊娠していないとは言いづらい雰囲気になっていた。一応、妊娠直前までは抑制剤を大量に使用したことを話した。
 実家に暮らしているときは、姉のアルファの香り対策で抑制剤を過剰に摂取し、緊急抑制剤を何度も使った。それは血液検査ですぐにばれて、怒られた記憶がある。
 社会人になって、落ち着いたねと先生からは言われていた。それは姉と離れたから。それなのに、また毎日の服用で数値から知られてしまうだろう。
 それなら自分から言えばいいと思い、外に出る機会があって怖くて抑制剤を飲んでいたと言った。爽はずる賢くなったことに悲しさを覚えた。そう言ったら医者は、社会人になったら仕方ないねと優しく言ってくれた。
 そして検査が終わり、隆二が呼ばれた。爽は結果なんてわかっている。ただの抑制剤の過剰摂取。罪が暴かれる時間がきたようだ。
 医者はいつになく真剣な顔をしてきた。高校生の時から爽はこの医者に世話になっているるが、こんな顔は初めて見た。なんだか気まずそうだった。そりゃ子供の誕生を望んでいる目の前のアルファに、今からこのオメガ嘘つきですよーと言うのだから、気が重いのだろう。
 心の中で申し訳ないと思う気持ちと、これからの自分の罪に隆二がどういう反応をするのかが、爽は怖くて仕方なかった。
 緊張感が伝わったのか、隆二が手を握ってきた。ここにきても優しいこの男に、爽の罪悪感はますます募る。
 ――ああ、断罪がはじまる……
「三上さん、榊さん。結論から言わせてもらいますが、想像妊娠でした。残念ながら今回は妊娠していなかったようです」
「……え?」
 ――想像妊娠? それってなんだ。
 爽は医者の言葉に驚きすぎて、何も言えなかった。すると隣に座る隆二が握っている手をさすった。思わず隆二を見ると、隆二が心配そうな顔をしている。
「爽、大丈夫。また作ればいいから、そんなに悲しまないで」
「え? え、え」
 隆二は爽が妊娠していないと知って、悲しんだと思っているのだろうか。それにしても、医者はなぜそんな診断をしたのだろう。爽は妊娠なんて想像すらしていない。妊娠したなんてひとかけらも思っていなかったから、悲しくもなんともない。
「三上さんは、きっと榊さんと出会って、妊娠を強く望んだのでしょう。それが症状としてつわりや食の好みの変化に現れたのだと思います」
「えっと、はい?」
 爽が戸惑う返事をすると、隆二が腰を引き寄せ「大丈夫だよ」と耳もとで囁く。
 ――えっと、いったい何が? 
 隆二は慰めるように頭を触っている。この状況はいったい……どういうことなのか爽にはまだ理解できていなかった。
 隆二を想って妊娠を強く望んだ……のは、間違いない。
 ――でも、そんなことってある? 想像すらしてないのに想像妊娠って。
 爽が呆然としていると、医者はいたって真面目な顔をして続けた。
「それから、ここからが重要なのですが、男性オメガは発情期以外の性交では妊娠しづらいのです。榊さんと出会って、まだヒートを一緒に過ごしていないと聞きましたから、きっとヒート時に体を交えれば妊娠の可能性も高まります。だから、そこまで落ち込まなくても大丈夫です」
「え!!! ヒート以外は妊娠しない?」
 まさかのここにきて、新事実がでてきた。それはどこの世界の情報だろうか。爽はオメガだが、そんなこと知らなかった。医者が笑顔で話を続ける。
「いえ、とても妊娠しづらいだけで、決して妊娠しないとは言い切れないのですが。そうですね、妊娠の可能性は低いです。でも男性オメガは女性よりも妊娠率がヒートのときだけ高まるんですよ。ですので、ヒート時は妊娠しやすいと言われます」
「そんなぁ、今まで俺がやってきたことって」
 医者は「おや?」という顔をした。
「やはり子供が欲しかったんですね。オメガはいまだ未知の部分もあるので、そういう強い想いはフェロモンの変化とか体調などに影響がでると言います。今回は、微笑ましいエピソードでしたね。婚約もなさっているので、きっと子供を授かるのはそんなに先ではないでしょう。三上さんの数値ならすぐにでも妊娠可能ですよ」
「はぁ」
 爽はから返事をしてしまった。隆二は想像妊娠したとして受け入れたのだろうか。悩む爽は、恐る恐る隆二を見る。
「爽、今回は残念だったけれど、大丈夫。次のヒートで可愛い子供を作ろうね」
「隆二……」
 そう言って優しく頭を撫でてきた。医者も微笑み、二人はお騒がせカップルみたいな感じで終わってしまった。
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