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84、秘術の代償
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しかし——どうやって時間が巻き戻ったのか?
エリオットの胸の奥に、疑問が生まれる。
今までのすべては、「時間が戻った」という前提のもとで動いていた。
けれど、それが どうやって 成されたのか、考えたことはなかった。
時間が戻ったからこそ、物事は違う方向へと進み、結果として「今」がある。
それは確かに理解できる。
だが、それを 「理を変えた」 とは、一体どういう意味なのか?
エリオットはシグルドを見据え、口を開いた。
「……時間をどうやって?」
シグルドは、わずかに瞳を細めた。
そして、彼はゆっくりと息を吐き、静かに告げた。
「……君を救うために、私は理を捻じ曲げた」
エリオットは思わず息を詰めた。
黄金の瞳が揺らぐことなく、確かな意志を湛えている。
その言葉は、あまりにも静かで、あまりにも重かった。
部屋の中の静寂が、まるで時間の流れを止めたかのようだった。
「理を……捻じ曲げた?」
かすれた声で問い返すと、シグルドはゆっくりと頷く。
「そうだ。私は"秘術"を用いた」
「秘術……」
エリオットは眉を寄せる。
何か聞いたことがある気がする。だが、それが何だったのかまでは思い出せない。
「君も覚えている通り……元の時間では、私は君を救えなかった」
シグルドの声は穏やかだったが、どこか冷たくもあった。
まるで、自分自身を律しているかのような響きがある。
「君は、私が見つけたときにはすでに……手遅れだった。もうすでに番としての契約を結べないほどに。そして君は──……」
エリオットの胸が、ぎゅっと締めつけられる。
かすかに蘇る記憶。
衰弱し、今にも死にそうな身体で、誰かの腕の中にいた——。
「……僕は、死んだんですね」
「……ああ」
シグルドは短く答えた。
シグルドはゆっくりと目を閉じ、そして静かに言葉を紡いだ。
「私は、どうしてもそれを受け入れることができなかった。……いつか話したのを覚えているか? 竜にとって番は唯一無二の存在だと」
エリオットは思わず息を呑む。
(竜にとって、番は唯一無二……)
その言葉に、過去の記憶が蘇る。
——ライナスとともに話した、あの日のこと。
『竜というのは、一生に一度しか番を持たない』
『それが、トラヴィスの価値観の根底にあるんだ』
『だから、貴族でも側室を持つ者はほとんどいない』
(あの時……王太子殿下が、そう言っていた……)
つまり、番を失うということは、彼らにとって 二度と埋められない喪失 なのだ。
アルヴィオンではそのように考える人間は少ないかもしれない。それが αであれば、なおさらだ。
αの価値は 血筋、家柄、政治的な影響力 によって決まる。
番というものは、あくまで「手に入れられるなら好ましい」程度の存在。
どちらかと言えば、アドリアンのような考え方が一般的 ともいえる。
それどころか、彼のように「αとしての義務を果たすことこそが最優先」と考える者も多いだろう。そこには間違いなく後継者の問題が入る以上、Ωをいくら娶っても批判はない。
(でも……トラヴィスでは、違う)
「トラヴィスとて人が暮らす国……けれど、考え方は人のそれと少し離れている。より、竜に近い」
シグルドの言葉に、エリオットは 彼の苦しみ を理解し始める。
彼は、自分を失った。
二度と得られないはずの 唯一の番 を。
トラヴィスがそういった国であり、そしてより竜の血を濃くする王族ともなれば、それをただ受け入れることなど——できるはずがない。
「だから、君を取り戻すために"秘術"を探した」
シグルドは淡々と語る。
まるで、それが当然の選択であったかのように。
「"秘術"は、文字通り"時間を巻き戻す"術だ」
「……っ!」
エリオットの心臓が跳ねた。
時間を……巻き戻す?
「そんなことが……本当に?」
「ああ。実際に時間は巻き戻っただろう?だが──当然、代償が必要だった」
シグルドは微笑すら浮かべず、ただ静かに続ける。
「秘術を使う者は……自らの"半生"を差し出さなければならない」
エリオットは息を呑む。
「……半生?」
「私は竜の血を引いている。本来であれば、二百年は生きる」
「……っ!」
「だが、秘術の代償として……私はその半分を捨てた」
シグルドは、静かに目を伏せた。
その言葉の意味が、どれほどの重みを持つのか。
エリオットは一瞬で理解した。
「……つまり、あなたは……」
「あと……そうだな、6~70年といったところだ。だが、それも君と一緒ならばそれで構わない」
シグルドは、あっさりとした口調で言う。
エリオットの指先が、かすかに震えた。
「……そんな犠牲を払ってまで、なぜ……?」
「君が死ぬ未来を受け入れるくらいなら、私の命の半分など安いものだ。君のいない人生を長く生きるより、共に歩める時間が私には重要だ」
静かな声だった。
けれど、その言葉の奥に宿る決意は、あまりにも強く、揺るぎないものだった。
エリオットは、胸の奥が熱くなるのを感じた。
「……僕のために……」
「君のために、とは言わない」
シグルドはそっとエリオットの手を取る。
「私はただ、"君を失う"という選択を、私自身が受け入れられなかっただけだ。だから……これは私が私の為に行ったことであって、君が何か背負う必要などない」
それは、あまりにも身勝手な言葉だった。
けれど、それだけのものを賭けてまで、シグルドは自分を取り戻そうとしたのだ。
エリオットは、何も言えなかった。
「……君は、怒るか?」
シグルドが静かに尋ねる。
エリオットは、そっと目を伏せた。
「……怒りますよ」
「……そうか」
「でも、それ以上に……嬉しい、と思ってしまう自分がいます」
エリオットは、ゆっくりとシグルドの手を握り返した。
「……僕を救ってくれて、ありがとう」
その言葉に、シグルドは初めて、ほんのわずかに微笑んだ。
「礼を言われることではない。それに君は自分の力で立ち上がった」
「僕にとっては、そうです」
二人の間に、静かな時間が流れた。
エリオットは、シグルドの手の温もりを感じながら、そっと呟く。
「……では、これからは?」
シグルドの瞳が、ゆっくりと細められる。
「"これから"?」
「あなたが、僕を取り戻して……僕は、ここにいる。じゃあ、この先は?」
エリオットは、シグルドを真っ直ぐに見つめた。
シグルドは少しだけ考えるように目を伏せたあと、やがてゆっくりと口を開く。
「……君が、私の隣に来るのならば——」
エリオットの心臓が、どくん、と大きく鳴る。
「共に生きよう」
それは、まるで運命を試すかのような提案だった。
エリオットの胸の奥に、疑問が生まれる。
今までのすべては、「時間が戻った」という前提のもとで動いていた。
けれど、それが どうやって 成されたのか、考えたことはなかった。
時間が戻ったからこそ、物事は違う方向へと進み、結果として「今」がある。
それは確かに理解できる。
だが、それを 「理を変えた」 とは、一体どういう意味なのか?
エリオットはシグルドを見据え、口を開いた。
「……時間をどうやって?」
シグルドは、わずかに瞳を細めた。
そして、彼はゆっくりと息を吐き、静かに告げた。
「……君を救うために、私は理を捻じ曲げた」
エリオットは思わず息を詰めた。
黄金の瞳が揺らぐことなく、確かな意志を湛えている。
その言葉は、あまりにも静かで、あまりにも重かった。
部屋の中の静寂が、まるで時間の流れを止めたかのようだった。
「理を……捻じ曲げた?」
かすれた声で問い返すと、シグルドはゆっくりと頷く。
「そうだ。私は"秘術"を用いた」
「秘術……」
エリオットは眉を寄せる。
何か聞いたことがある気がする。だが、それが何だったのかまでは思い出せない。
「君も覚えている通り……元の時間では、私は君を救えなかった」
シグルドの声は穏やかだったが、どこか冷たくもあった。
まるで、自分自身を律しているかのような響きがある。
「君は、私が見つけたときにはすでに……手遅れだった。もうすでに番としての契約を結べないほどに。そして君は──……」
エリオットの胸が、ぎゅっと締めつけられる。
かすかに蘇る記憶。
衰弱し、今にも死にそうな身体で、誰かの腕の中にいた——。
「……僕は、死んだんですね」
「……ああ」
シグルドは短く答えた。
シグルドはゆっくりと目を閉じ、そして静かに言葉を紡いだ。
「私は、どうしてもそれを受け入れることができなかった。……いつか話したのを覚えているか? 竜にとって番は唯一無二の存在だと」
エリオットは思わず息を呑む。
(竜にとって、番は唯一無二……)
その言葉に、過去の記憶が蘇る。
——ライナスとともに話した、あの日のこと。
『竜というのは、一生に一度しか番を持たない』
『それが、トラヴィスの価値観の根底にあるんだ』
『だから、貴族でも側室を持つ者はほとんどいない』
(あの時……王太子殿下が、そう言っていた……)
つまり、番を失うということは、彼らにとって 二度と埋められない喪失 なのだ。
アルヴィオンではそのように考える人間は少ないかもしれない。それが αであれば、なおさらだ。
αの価値は 血筋、家柄、政治的な影響力 によって決まる。
番というものは、あくまで「手に入れられるなら好ましい」程度の存在。
どちらかと言えば、アドリアンのような考え方が一般的 ともいえる。
それどころか、彼のように「αとしての義務を果たすことこそが最優先」と考える者も多いだろう。そこには間違いなく後継者の問題が入る以上、Ωをいくら娶っても批判はない。
(でも……トラヴィスでは、違う)
「トラヴィスとて人が暮らす国……けれど、考え方は人のそれと少し離れている。より、竜に近い」
シグルドの言葉に、エリオットは 彼の苦しみ を理解し始める。
彼は、自分を失った。
二度と得られないはずの 唯一の番 を。
トラヴィスがそういった国であり、そしてより竜の血を濃くする王族ともなれば、それをただ受け入れることなど——できるはずがない。
「だから、君を取り戻すために"秘術"を探した」
シグルドは淡々と語る。
まるで、それが当然の選択であったかのように。
「"秘術"は、文字通り"時間を巻き戻す"術だ」
「……っ!」
エリオットの心臓が跳ねた。
時間を……巻き戻す?
「そんなことが……本当に?」
「ああ。実際に時間は巻き戻っただろう?だが──当然、代償が必要だった」
シグルドは微笑すら浮かべず、ただ静かに続ける。
「秘術を使う者は……自らの"半生"を差し出さなければならない」
エリオットは息を呑む。
「……半生?」
「私は竜の血を引いている。本来であれば、二百年は生きる」
「……っ!」
「だが、秘術の代償として……私はその半分を捨てた」
シグルドは、静かに目を伏せた。
その言葉の意味が、どれほどの重みを持つのか。
エリオットは一瞬で理解した。
「……つまり、あなたは……」
「あと……そうだな、6~70年といったところだ。だが、それも君と一緒ならばそれで構わない」
シグルドは、あっさりとした口調で言う。
エリオットの指先が、かすかに震えた。
「……そんな犠牲を払ってまで、なぜ……?」
「君が死ぬ未来を受け入れるくらいなら、私の命の半分など安いものだ。君のいない人生を長く生きるより、共に歩める時間が私には重要だ」
静かな声だった。
けれど、その言葉の奥に宿る決意は、あまりにも強く、揺るぎないものだった。
エリオットは、胸の奥が熱くなるのを感じた。
「……僕のために……」
「君のために、とは言わない」
シグルドはそっとエリオットの手を取る。
「私はただ、"君を失う"という選択を、私自身が受け入れられなかっただけだ。だから……これは私が私の為に行ったことであって、君が何か背負う必要などない」
それは、あまりにも身勝手な言葉だった。
けれど、それだけのものを賭けてまで、シグルドは自分を取り戻そうとしたのだ。
エリオットは、何も言えなかった。
「……君は、怒るか?」
シグルドが静かに尋ねる。
エリオットは、そっと目を伏せた。
「……怒りますよ」
「……そうか」
「でも、それ以上に……嬉しい、と思ってしまう自分がいます」
エリオットは、ゆっくりとシグルドの手を握り返した。
「……僕を救ってくれて、ありがとう」
その言葉に、シグルドは初めて、ほんのわずかに微笑んだ。
「礼を言われることではない。それに君は自分の力で立ち上がった」
「僕にとっては、そうです」
二人の間に、静かな時間が流れた。
エリオットは、シグルドの手の温もりを感じながら、そっと呟く。
「……では、これからは?」
シグルドの瞳が、ゆっくりと細められる。
「"これから"?」
「あなたが、僕を取り戻して……僕は、ここにいる。じゃあ、この先は?」
エリオットは、シグルドを真っ直ぐに見つめた。
シグルドは少しだけ考えるように目を伏せたあと、やがてゆっくりと口を開く。
「……君が、私の隣に来るのならば——」
エリオットの心臓が、どくん、と大きく鳴る。
「共に生きよう」
それは、まるで運命を試すかのような提案だった。
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