6 / 36
6、刻まれた証
しおりを挟む
視察から戻ったエリオットは、ほんの少し熱っぽい顔を鏡に映しながら、着替えの手伝いを断って自ら外套を外した。
レオンとは他愛のない話をして帰ってきただけのはずなのに、どうにも胸の奥がざわついている。
(……一体何が……あの男は、ただの通りすがり……顔だって名前だって知らない)
そう思い込もうとした、そのとき。
「戻っていたか」
低く、落ち着いた声。
振り返ると、扉の向こうにシグルドが立っていた。
「……陛下」
「少し、時間が空いた。顔を見に来ただけだ。……気分転換になったか?」
エリオットは頷こうとしたが、その前にシグルドが一歩、距離を詰めてきた。
ゆっくりと視線を滑らせ、ふと——エリオットの手首で止まる。
「……どこに、行っていた?」
問いかけにエリオットはほんの一瞬だけ息を詰めた。
ただの問いかけであって、シグルドの声音も変わった様子はない。
なのですぐに平静を装い、言葉を返す。
「レオンと……商人街に。飴を買ったり、迷子に出会ったり……」
その報告は事実だ。何も隠してはいない。
だが、シグルドはしばらく沈黙したまま、目を逸らさずにいた。
そして——
「……そうか」
そう呟いたその直後だった。
ぐい、と腕を引かれ、エリオットの身体が勢いよく引き寄せられる。
逃げ場をなくすように抱き締められた瞬間——
「っ……!」
不意を突かれたエリオットの唇に、強引な熱が重なる。
それは普段の穏やかな口づけとは違った。
どこか必死で、どこか痛みすら伴うような、獣じみた熱。
唇と唇が重なるたび、息を奪われる。
空気を求めて逃れようとしても許されず、腕の中で抗うこともできなかった。
けれど、そうされることを望んでいたようにさえ思える——自分の中の、どこかが。
唇が離れると、空気が喉を焼くように流れ込む。
だがその前に、シグルドの顔が首元へと落ちた。
「……エリオット」
低く囁くような声。
その唇が首筋を辿り、肌に触れるたびに、心臓が煩く鳴った。
そして——噛むでもなく、撫でるでもなく、ゆっくりと“印”を刻むように、吸い痕を残していく。
「……そうやって、他人の匂いをつけて……」
その声は、かすかに震えていた。
怒りではなく、悲しみでもなく、ただ一つ——独占欲が滲んでいた。
「君が誰かに触れられたなんて、たとえそれが偶然でも、無害でも……」
一瞬、言葉を探すように沈黙する。
「……どうしようもなく、私の中の“何か”が叫ぶ。奪われたくない、と」
エリオットは、喉の奥が詰まるのを感じながら、そっと目を閉じた。
抗えない。怖くはない。ただ、胸の奥が妙に熱く、苦しかった。
(……そんな風に触れられたら、何も言えなくなる……)
そして、シグルドの手がゆっくりと背中にまわる。
ただの抱擁ではない、“自分のものだ”と無言で訴えるような、深くて重い腕だった。
もう抗おうとは思わなかった。
されるがままに、エリオットは目を伏せた。
やがて、熱の余韻がゆっくりと静まり、シグルドの呼吸が穏やかになっていく。
エリオットはその腕の中で、ふっと小さく息を吐いた。
「……どうして、そんなに……」
ぽつりとこぼした声は、自分でも気づかないほどかすれていた。
シグルドはしばらく沈黙したまま、腕を解こうとはしなかった。
ただ、そっと額を寄せるようにエリオットの肩へ顔を埋める。
「……選んだからだ」
低く、押し殺したような声。
「誰よりも君を選んだからだ。他の誰でもない、君を……」
その言葉に、エリオットは胸の奥がきゅっと締め付けられるのを感じた。
選ばれた、という言葉は、いつもどこか重たくて、恐ろしくて——
けれど今、シグルドの声には、確かに“想い”があった。
(……僕が、“皇妃”としてじゃなく、“エリオット”として、選ばれたというのなら……)
静かに、そっと目を閉じる。
ただこの一瞬だけは、誰にも邪魔されたくない。
そう思えるほどに、心が静かだった。
やがて、シグルドがそっと身体を離す。
その手はまだ、名残惜しそうに肩に触れたまま。
「……すまない。少し、取り乱した。誓っていうが君を疑っているわけじゃない」
「はい……大丈夫、です」
エリオットは小さく微笑んで、首筋に残る熱の痕を指先でそっと押さえた。
そこにあるのは、痛みではない。“存在の証”だった。
(……こんなにも強く想われているんだ、僕は)
けれど、その確かさの奥に、もう一つの影がちらつく。
あの仄かな香り、あの声、あの灰色の瞳——
(……でも、あれは……何だったんだろう)
記憶の奥で揺れる残像を、そっと心の奥に押し込める。
今はただ、この温度だけを、受け止めていたかった。
——それは、まるで“刻まれた証”のように、消えないまま胸に残り続けていた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
✨今後の更新予定✨
📅 毎日2回(7:30&22:30頃)更新予定!
💬 感想・お気に入り登録してくれると励みになります!
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
レオンとは他愛のない話をして帰ってきただけのはずなのに、どうにも胸の奥がざわついている。
(……一体何が……あの男は、ただの通りすがり……顔だって名前だって知らない)
そう思い込もうとした、そのとき。
「戻っていたか」
低く、落ち着いた声。
振り返ると、扉の向こうにシグルドが立っていた。
「……陛下」
「少し、時間が空いた。顔を見に来ただけだ。……気分転換になったか?」
エリオットは頷こうとしたが、その前にシグルドが一歩、距離を詰めてきた。
ゆっくりと視線を滑らせ、ふと——エリオットの手首で止まる。
「……どこに、行っていた?」
問いかけにエリオットはほんの一瞬だけ息を詰めた。
ただの問いかけであって、シグルドの声音も変わった様子はない。
なのですぐに平静を装い、言葉を返す。
「レオンと……商人街に。飴を買ったり、迷子に出会ったり……」
その報告は事実だ。何も隠してはいない。
だが、シグルドはしばらく沈黙したまま、目を逸らさずにいた。
そして——
「……そうか」
そう呟いたその直後だった。
ぐい、と腕を引かれ、エリオットの身体が勢いよく引き寄せられる。
逃げ場をなくすように抱き締められた瞬間——
「っ……!」
不意を突かれたエリオットの唇に、強引な熱が重なる。
それは普段の穏やかな口づけとは違った。
どこか必死で、どこか痛みすら伴うような、獣じみた熱。
唇と唇が重なるたび、息を奪われる。
空気を求めて逃れようとしても許されず、腕の中で抗うこともできなかった。
けれど、そうされることを望んでいたようにさえ思える——自分の中の、どこかが。
唇が離れると、空気が喉を焼くように流れ込む。
だがその前に、シグルドの顔が首元へと落ちた。
「……エリオット」
低く囁くような声。
その唇が首筋を辿り、肌に触れるたびに、心臓が煩く鳴った。
そして——噛むでもなく、撫でるでもなく、ゆっくりと“印”を刻むように、吸い痕を残していく。
「……そうやって、他人の匂いをつけて……」
その声は、かすかに震えていた。
怒りではなく、悲しみでもなく、ただ一つ——独占欲が滲んでいた。
「君が誰かに触れられたなんて、たとえそれが偶然でも、無害でも……」
一瞬、言葉を探すように沈黙する。
「……どうしようもなく、私の中の“何か”が叫ぶ。奪われたくない、と」
エリオットは、喉の奥が詰まるのを感じながら、そっと目を閉じた。
抗えない。怖くはない。ただ、胸の奥が妙に熱く、苦しかった。
(……そんな風に触れられたら、何も言えなくなる……)
そして、シグルドの手がゆっくりと背中にまわる。
ただの抱擁ではない、“自分のものだ”と無言で訴えるような、深くて重い腕だった。
もう抗おうとは思わなかった。
されるがままに、エリオットは目を伏せた。
やがて、熱の余韻がゆっくりと静まり、シグルドの呼吸が穏やかになっていく。
エリオットはその腕の中で、ふっと小さく息を吐いた。
「……どうして、そんなに……」
ぽつりとこぼした声は、自分でも気づかないほどかすれていた。
シグルドはしばらく沈黙したまま、腕を解こうとはしなかった。
ただ、そっと額を寄せるようにエリオットの肩へ顔を埋める。
「……選んだからだ」
低く、押し殺したような声。
「誰よりも君を選んだからだ。他の誰でもない、君を……」
その言葉に、エリオットは胸の奥がきゅっと締め付けられるのを感じた。
選ばれた、という言葉は、いつもどこか重たくて、恐ろしくて——
けれど今、シグルドの声には、確かに“想い”があった。
(……僕が、“皇妃”としてじゃなく、“エリオット”として、選ばれたというのなら……)
静かに、そっと目を閉じる。
ただこの一瞬だけは、誰にも邪魔されたくない。
そう思えるほどに、心が静かだった。
やがて、シグルドがそっと身体を離す。
その手はまだ、名残惜しそうに肩に触れたまま。
「……すまない。少し、取り乱した。誓っていうが君を疑っているわけじゃない」
「はい……大丈夫、です」
エリオットは小さく微笑んで、首筋に残る熱の痕を指先でそっと押さえた。
そこにあるのは、痛みではない。“存在の証”だった。
(……こんなにも強く想われているんだ、僕は)
けれど、その確かさの奥に、もう一つの影がちらつく。
あの仄かな香り、あの声、あの灰色の瞳——
(……でも、あれは……何だったんだろう)
記憶の奥で揺れる残像を、そっと心の奥に押し込める。
今はただ、この温度だけを、受け止めていたかった。
——それは、まるで“刻まれた証”のように、消えないまま胸に残り続けていた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
✨今後の更新予定✨
📅 毎日2回(7:30&22:30頃)更新予定!
💬 感想・お気に入り登録してくれると励みになります!
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
330
あなたにおすすめの小説
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*不定期連載です。
時間を戻した後に~妹に全てを奪われたので諦めて無表情伯爵に嫁ぎました~
なりた
BL
悪女リリア・エルレルトには秘密がある。
一つは男であること。
そして、ある一定の未来を知っていること。
エルレルト家の人形として生きてきたアルバートは義妹リリアの策略によって火炙りの刑に処された。
意識を失い目を開けると自称魔女(男)に膝枕されていて…?
魔女はアルバートに『時間を戻す』提案をし、彼はそれを受け入れるが…。
なんと目覚めたのは断罪される2か月前!?
引くに引けない時期に戻されたことを嘆くも、あの忌まわしきイベントを回避するために奔走する。
でも回避した先は変態おじ伯爵と婚姻⁉
まぁどうせ出ていくからいっか!
北方の堅物伯爵×行動力の塊系主人公(途中まで女性)
身代わりになって推しの思い出の中で永遠になりたいんです!
冨士原のもち
BL
桜舞う王立学院の入学式、ヤマトはカイユー王子を見てここが前世でやったゲームの世界だと気付く。ヤマトが一番好きなキャラであるカイユー王子は、ゲーム内では非業の死を遂げる。
「そうだ!カイユーを助けて死んだら、忘れられない恩人として永遠になれるんじゃないか?」
前世の死に際のせいで人間不信と恋愛不信を拗らせていたヤマトは、推しの心の中で永遠になるために身代わりになろうと決意した。しかし、カイユー王子はゲームの時の印象と違っていて……
演技チャラ男攻め×美人人間不信受け
※最終的にはハッピーエンドです
※何かしら地雷のある方にはお勧めしません
※ムーンライトノベルズにも投稿しています
王命で第二王子と婚姻だそうです(王子目線追加)
かのこkanoko
BL
第二王子と婚姻せよ。
はい?
自分、末端貴族の冴えない魔法使いですが?
しかも、男なんですが?
BL初挑戦!
ヌルイです。
王子目線追加しました。
沢山の方に読んでいただき、感謝します!!
6月3日、BL部門日間1位になりました。
ありがとうございます!!!
イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした
和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。
そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。
* 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵
* 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください
婚約破棄された令息の華麗なる逆転劇 ~偽りの番に捨てられたΩは、氷血公爵に愛される~
なの
BL
希少な治癒能力と、大地に生命を呼び戻す「恵みの魔法」を持つ公爵家のΩ令息、エリアス・フォン・ラティス。
傾きかけた家を救うため、彼は大国アルビオンの第二王子、ジークフリート殿下(α)との「政略的な番契約」を受け入れた。
家のため、領民のため、そして――
少しでも自分を必要としてくれる人がいるのなら、それでいいと信じて。
だが、運命の番だと信じていた相手は、彼の想いを最初から踏みにじっていた。
「Ωの魔力さえ手に入れば、あんな奴はもう要らない」
その冷たい声が、彼の世界を壊した。
すべてを失い、偽りの罪を着せられ追放されたエリアスがたどり着いたのは、隣国ルミナスの地。
そこで出会ったのは、「氷血公爵」と呼ばれる孤高のα、アレクシス・ヴァン・レイヴンだった。
人を寄せつけないほど冷ややかな瞳の奥に、誰よりも深い孤独を抱えた男。
アレクシスは、心に傷を抱えながらも懸命に生きようとするエリアスに惹かれ、次第にその凍てついた心を溶かしていく。
失われた誇りを取り戻すため、そして真実の愛を掴むため。
今、令息の華麗なる逆転劇が始まる。
美人なのに醜いと虐げられる転生公爵令息は、婚約破棄と家を捨てて成り上がることを画策しています。
竜鳴躍
BL
ミスティ=エルフィードには前世の記憶がある。
男しかいないこの世界、横暴な王子の婚約者であることには絶望しかない。
家族も屑ばかりで、母親(男)は美しく生まれた息子に嫉妬して、徹底的にその美を隠し、『醜い』子として育てられた。
前世の記憶があるから、本当は自分が誰よりも美しいことは分かっている。
前世の記憶チートで優秀なことも。
だけど、こんな家も婚約者も捨てたいから、僕は知られないように自分を磨く。
愚かで醜い子として婚約破棄されたいから。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる