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5、気晴らしの誘い
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迎賓室での“非公式会談”は、終始緊張の連続だった。
ゼスト・オルド大公——宰相にしてシグルドの叔父。
ギュンター・ファルク将軍——元軍司令官であり、メラニーとレオンの父。
ロイ・セレスト卿——財務卿にして、数字の魔術師とも呼ばれる男。
三人はそれぞれ異なる立場ながら、帝国の中枢に君臨する存在だった。
(……さすがに、気疲れした)
私室に戻ったエリオットは、上着を脱いで椅子に沈み込む。
心のどこかでは“うまく対応できただろうか”という自問が巡っていた。
そんなとき——
「エリオット様、失礼いたします」
控えめなノックと共に、メラニーが入室する。
「本日はお疲れ様でした。……初対面であの三人を相手取るのは、相当な気力を要したことかと存じます」
「……そうですね。もう、喉が乾いてしかたないくらいです」
エリオットの苦笑に、メラニーは少しだけ口元を緩めた。
「宰相閣下はあの通りですし、ギュンター将軍も“父”ながら、あの場では別人のようでしたね」
「良いご父君ですね」
「ありがとうございます。弟のレオンとも、まあ似てないでしょう? 口も態度も堅くて」
「……うん、真逆というか……」
言いかけたとき、その“真逆”の弟が、ノックもそこそこに顔を出した。
「どうもどうも、エリオット様、お疲れのところ失礼します」
「……レオン?」
「いやー、さっき父上に会ったと聞きましてね。堅っ苦しいんですよねぇ、ほんと……」
レオンは大げさに肩をすくめながら、片手に小さな地図を持っていた。
「というわけで、“気分転換”のお誘いに参りました。ちょっと外の空気、吸ってみません?」
「……え?」
「宮廷の外ですよ。お忍びってやつです。シグルド陛下の了承は取りました。“皇妃としての地面を知る”のも必要だって」
エリオットは少し戸惑ったが、その提案に心が揺れた。
(確かに……今の僕には、まだこの国が見えていない)
そんな思いを汲んだように、メラニーが言葉を添える。
「侍女としては反対です。が、主である貴方が“見る”と決めたなら、私も整えます」
「ありがとう。……リディアは?」
「既に支度中です。服と外套、少しばかり地味なものを選んでおります」
メラニーの準備の速さに、思わず苦笑しながら頷いた。
「……じゃあ、少しだけ。行ってきます」
「はい、お気をつけて。レオン、必ずお守りするのですよ」
そう言って目を細めたメラニーに、レオンはまた肩を竦めた。
二人を見比べながら、エリオットはふと思う。
こうして見てみると、メラニーは父親に気性が似ているのかもしれない。
けれど——それはあえて、口には出さなかった。
※
用意された外套のフードをそっと深く被り、馬車から降りた先は、帝都の商人街だった。
王国とはまるで違う景色。広々とした石畳に、整然と並ぶ店々。活気がありながらも、どこか秩序の気配がある。
「……さすが、軍事国家と言うか……無駄がない」
エリオットはごく自然に、視線を上げる。遠くの空を飛ぶ小さな影は、訓練中の飛竜だろうか。
(……確かに、“地面を知る”ってのも大事だ)
「ここらは安全ですよ。俺もちっちゃい頃よく来てました。飴を売ってたおばあさんがまだいたら、紹介しましょうか?」
隣を歩くレオンが軽い調子で笑う。
「……案外、真面目に案内するんだね」
「まあ、こういう時はちゃんと役に立たないと」
そんな会話を交わしながら、二人はしばらく雑踏の中を進んだ。
けれど途中、レオンがふと「あ、少しだけ」と離れる。
「飴、まだ売ってたら買ってきます! ちょっと待っててくださいね!」
「ちょ、レオン……!」
そう言って路地の先へと姿を消した、そのすぐ後だった。
ふいに足元に、小さな手が絡んだ。
「……えっ?」
見下ろすと、まだ五歳くらいの男の子がエリオットの外套の裾を握っていた。
「おにーちゃん、しらない?」
「……え?」
「おにーちゃん! どこいっちゃったの……っ!」
子供の頬にはうっすら涙の跡。どうやら迷子になったようだ。
周囲を見渡しても、それらしき人物は見当たらない。
(……どうしよう。レオンは……まだ戻ってないし……)
「大丈夫。……一緒に探そうか」
エリオットが手を取ろうとした瞬間——
「おや。どうした、こんなところで」
背後から、落ち着いた低い声が届いた。
振り向くと、そこには見知らぬ男が立っていた。
一見、街の男。けれどその身のこなしは洗練されすぎていて、粗野さがない。
灰色の瞳と、黒に近い深い髪。頬の骨がわずかに鋭く、けれど口元は微笑んでいる。
「……迷子?」
「えっ、あ……はい。たぶん……」
男はしゃがみこみ、子供の目線に合わせて優しく言った。
「坊や、名前は?」
「リック……おにーちゃんとはぐれたの……」
「そうか。なら一緒に探そうな」
その手際の良さと、子供への自然な接し方に、エリオットは少しだけ安堵する。
(……優しい人、なのか……?)
やがて子供の兄が現れ、男のもとへ駆け寄った。無事に引き渡されるのを見届け、エリオットは小さく頭を下げた。
「ありがとうございました。助かりました」
「いや、俺が通りかかっただけ。困ってる顔が綺麗だったから、ね」
「……っ?」
一瞬、戸惑う。けれど男は冗談だというように微笑んで肩をすくめた。
「旅の方かい? このあたりはあまり慣れてなさそうだ」
「……ああ、まあ、そんなところです」
どこか引っかかる。初めて会うはずなのに、この空気……
懐かしいような、苦しいような、心を締めつけられる感覚。
(……誰だ、この人……)
男は一歩近づき、そっと手を差し出す。
「名乗るほどの者じゃない。ただ——君と話せて、良かった」
手の甲を取るように握られたその瞬間——
ふわりと、鼻腔をくすぐる“香り”がした。
それは、どこか懐かしい。過去の奥底に沈んでいたはずの、
あの夜、誰かの腕の中で嗅いだ、仄かに甘くて、少しだけ苦い匂い——。
「……っ」
エリオットは、無意識に手を引いていた。
「ごめん、そろそろ戻らないと……」
「そう。じゃあ、また」
男はそれ以上何も言わなかった。
けれど、その背中が見えなくなっても、心臓の鼓動はしばらく収まらなかった。
(……誰だ?……今のは、誰?)
ちょうどそのとき、レオンが袋を片手に戻ってくる。
「すみません、遅れました! 飴、ちゃんとありましたよ……あれ? なんか顔赤くないです?」
「……え? いや……なんでもない」
──その問いだけが、胸の奥で繰り返されていた。
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ギュンター・ファルク将軍——元軍司令官であり、メラニーとレオンの父。
ロイ・セレスト卿——財務卿にして、数字の魔術師とも呼ばれる男。
三人はそれぞれ異なる立場ながら、帝国の中枢に君臨する存在だった。
(……さすがに、気疲れした)
私室に戻ったエリオットは、上着を脱いで椅子に沈み込む。
心のどこかでは“うまく対応できただろうか”という自問が巡っていた。
そんなとき——
「エリオット様、失礼いたします」
控えめなノックと共に、メラニーが入室する。
「本日はお疲れ様でした。……初対面であの三人を相手取るのは、相当な気力を要したことかと存じます」
「……そうですね。もう、喉が乾いてしかたないくらいです」
エリオットの苦笑に、メラニーは少しだけ口元を緩めた。
「宰相閣下はあの通りですし、ギュンター将軍も“父”ながら、あの場では別人のようでしたね」
「良いご父君ですね」
「ありがとうございます。弟のレオンとも、まあ似てないでしょう? 口も態度も堅くて」
「……うん、真逆というか……」
言いかけたとき、その“真逆”の弟が、ノックもそこそこに顔を出した。
「どうもどうも、エリオット様、お疲れのところ失礼します」
「……レオン?」
「いやー、さっき父上に会ったと聞きましてね。堅っ苦しいんですよねぇ、ほんと……」
レオンは大げさに肩をすくめながら、片手に小さな地図を持っていた。
「というわけで、“気分転換”のお誘いに参りました。ちょっと外の空気、吸ってみません?」
「……え?」
「宮廷の外ですよ。お忍びってやつです。シグルド陛下の了承は取りました。“皇妃としての地面を知る”のも必要だって」
エリオットは少し戸惑ったが、その提案に心が揺れた。
(確かに……今の僕には、まだこの国が見えていない)
そんな思いを汲んだように、メラニーが言葉を添える。
「侍女としては反対です。が、主である貴方が“見る”と決めたなら、私も整えます」
「ありがとう。……リディアは?」
「既に支度中です。服と外套、少しばかり地味なものを選んでおります」
メラニーの準備の速さに、思わず苦笑しながら頷いた。
「……じゃあ、少しだけ。行ってきます」
「はい、お気をつけて。レオン、必ずお守りするのですよ」
そう言って目を細めたメラニーに、レオンはまた肩を竦めた。
二人を見比べながら、エリオットはふと思う。
こうして見てみると、メラニーは父親に気性が似ているのかもしれない。
けれど——それはあえて、口には出さなかった。
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用意された外套のフードをそっと深く被り、馬車から降りた先は、帝都の商人街だった。
王国とはまるで違う景色。広々とした石畳に、整然と並ぶ店々。活気がありながらも、どこか秩序の気配がある。
「……さすが、軍事国家と言うか……無駄がない」
エリオットはごく自然に、視線を上げる。遠くの空を飛ぶ小さな影は、訓練中の飛竜だろうか。
(……確かに、“地面を知る”ってのも大事だ)
「ここらは安全ですよ。俺もちっちゃい頃よく来てました。飴を売ってたおばあさんがまだいたら、紹介しましょうか?」
隣を歩くレオンが軽い調子で笑う。
「……案外、真面目に案内するんだね」
「まあ、こういう時はちゃんと役に立たないと」
そんな会話を交わしながら、二人はしばらく雑踏の中を進んだ。
けれど途中、レオンがふと「あ、少しだけ」と離れる。
「飴、まだ売ってたら買ってきます! ちょっと待っててくださいね!」
「ちょ、レオン……!」
そう言って路地の先へと姿を消した、そのすぐ後だった。
ふいに足元に、小さな手が絡んだ。
「……えっ?」
見下ろすと、まだ五歳くらいの男の子がエリオットの外套の裾を握っていた。
「おにーちゃん、しらない?」
「……え?」
「おにーちゃん! どこいっちゃったの……っ!」
子供の頬にはうっすら涙の跡。どうやら迷子になったようだ。
周囲を見渡しても、それらしき人物は見当たらない。
(……どうしよう。レオンは……まだ戻ってないし……)
「大丈夫。……一緒に探そうか」
エリオットが手を取ろうとした瞬間——
「おや。どうした、こんなところで」
背後から、落ち着いた低い声が届いた。
振り向くと、そこには見知らぬ男が立っていた。
一見、街の男。けれどその身のこなしは洗練されすぎていて、粗野さがない。
灰色の瞳と、黒に近い深い髪。頬の骨がわずかに鋭く、けれど口元は微笑んでいる。
「……迷子?」
「えっ、あ……はい。たぶん……」
男はしゃがみこみ、子供の目線に合わせて優しく言った。
「坊や、名前は?」
「リック……おにーちゃんとはぐれたの……」
「そうか。なら一緒に探そうな」
その手際の良さと、子供への自然な接し方に、エリオットは少しだけ安堵する。
(……優しい人、なのか……?)
やがて子供の兄が現れ、男のもとへ駆け寄った。無事に引き渡されるのを見届け、エリオットは小さく頭を下げた。
「ありがとうございました。助かりました」
「いや、俺が通りかかっただけ。困ってる顔が綺麗だったから、ね」
「……っ?」
一瞬、戸惑う。けれど男は冗談だというように微笑んで肩をすくめた。
「旅の方かい? このあたりはあまり慣れてなさそうだ」
「……ああ、まあ、そんなところです」
どこか引っかかる。初めて会うはずなのに、この空気……
懐かしいような、苦しいような、心を締めつけられる感覚。
(……誰だ、この人……)
男は一歩近づき、そっと手を差し出す。
「名乗るほどの者じゃない。ただ——君と話せて、良かった」
手の甲を取るように握られたその瞬間——
ふわりと、鼻腔をくすぐる“香り”がした。
それは、どこか懐かしい。過去の奥底に沈んでいたはずの、
あの夜、誰かの腕の中で嗅いだ、仄かに甘くて、少しだけ苦い匂い——。
「……っ」
エリオットは、無意識に手を引いていた。
「ごめん、そろそろ戻らないと……」
「そう。じゃあ、また」
男はそれ以上何も言わなかった。
けれど、その背中が見えなくなっても、心臓の鼓動はしばらく収まらなかった。
(……誰だ?……今のは、誰?)
ちょうどそのとき、レオンが袋を片手に戻ってくる。
「すみません、遅れました! 飴、ちゃんとありましたよ……あれ? なんか顔赤くないです?」
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