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6、刻まれた証
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視察から戻ったエリオットは、ほんの少し熱っぽい顔を鏡に映しながら、着替えの手伝いを断って自ら外套を外した。
レオンとは他愛のない話をして帰ってきただけのはずなのに、どうにも胸の奥がざわついている。
(……一体何が……あの男は、ただの通りすがり……顔だって名前だって知らない)
そう思い込もうとした、そのとき。
「戻っていたか」
低く、落ち着いた声。
振り返ると、扉の向こうにシグルドが立っていた。
「……陛下」
「少し、時間が空いた。顔を見に来ただけだ。……気分転換になったか?」
エリオットは頷こうとしたが、その前にシグルドが一歩、距離を詰めてきた。
ゆっくりと視線を滑らせ、ふと——エリオットの手首で止まる。
「……どこに、行っていた?」
問いかけにエリオットはほんの一瞬だけ息を詰めた。
ただの問いかけであって、シグルドの声音も変わった様子はない。
なのですぐに平静を装い、言葉を返す。
「レオンと……商人街に。飴を買ったり、迷子に出会ったり……」
その報告は事実だ。何も隠してはいない。
だが、シグルドはしばらく沈黙したまま、目を逸らさずにいた。
そして——
「……そうか」
そう呟いたその直後だった。
ぐい、と腕を引かれ、エリオットの身体が勢いよく引き寄せられる。
逃げ場をなくすように抱き締められた瞬間——
「っ……!」
不意を突かれたエリオットの唇に、強引な熱が重なる。
それは普段の穏やかな口づけとは違った。
どこか必死で、どこか痛みすら伴うような、獣じみた熱。
唇と唇が重なるたび、息を奪われる。
空気を求めて逃れようとしても許されず、腕の中で抗うこともできなかった。
けれど、そうされることを望んでいたようにさえ思える——自分の中の、どこかが。
唇が離れると、空気が喉を焼くように流れ込む。
だがその前に、シグルドの顔が首元へと落ちた。
「……エリオット」
低く囁くような声。
その唇が首筋を辿り、肌に触れるたびに、心臓が煩く鳴った。
そして——噛むでもなく、撫でるでもなく、ゆっくりと“印”を刻むように、吸い痕を残していく。
「……そうやって、他人の匂いをつけて……」
その声は、かすかに震えていた。
怒りではなく、悲しみでもなく、ただ一つ——独占欲が滲んでいた。
「君が誰かに触れられたなんて、たとえそれが偶然でも、無害でも……」
一瞬、言葉を探すように沈黙する。
「……どうしようもなく、私の中の“何か”が叫ぶ。奪われたくない、と」
エリオットは、喉の奥が詰まるのを感じながら、そっと目を閉じた。
抗えない。怖くはない。ただ、胸の奥が妙に熱く、苦しかった。
(……そんな風に触れられたら、何も言えなくなる……)
そして、シグルドの手がゆっくりと背中にまわる。
ただの抱擁ではない、“自分のものだ”と無言で訴えるような、深くて重い腕だった。
もう抗おうとは思わなかった。
されるがままに、エリオットは目を伏せた。
やがて、熱の余韻がゆっくりと静まり、シグルドの呼吸が穏やかになっていく。
エリオットはその腕の中で、ふっと小さく息を吐いた。
「……どうして、そんなに……」
ぽつりとこぼした声は、自分でも気づかないほどかすれていた。
シグルドはしばらく沈黙したまま、腕を解こうとはしなかった。
ただ、そっと額を寄せるようにエリオットの肩へ顔を埋める。
「……選んだからだ」
低く、押し殺したような声。
「誰よりも君を選んだからだ。他の誰でもない、君を……」
その言葉に、エリオットは胸の奥がきゅっと締め付けられるのを感じた。
選ばれた、という言葉は、いつもどこか重たくて、恐ろしくて——
けれど今、シグルドの声には、確かに“想い”があった。
(……僕が、“皇妃”としてじゃなく、“エリオット”として、選ばれたというのなら……)
静かに、そっと目を閉じる。
ただこの一瞬だけは、誰にも邪魔されたくない。
そう思えるほどに、心が静かだった。
やがて、シグルドがそっと身体を離す。
その手はまだ、名残惜しそうに肩に触れたまま。
「……すまない。少し、取り乱した。誓っていうが君を疑っているわけじゃない」
「はい……大丈夫、です」
エリオットは小さく微笑んで、首筋に残る熱の痕を指先でそっと押さえた。
そこにあるのは、痛みではない。“存在の証”だった。
(……こんなにも強く想われているんだ、僕は)
けれど、その確かさの奥に、もう一つの影がちらつく。
あの仄かな香り、あの声、あの灰色の瞳——
(……でも、あれは……何だったんだろう)
記憶の奥で揺れる残像を、そっと心の奥に押し込める。
今はただ、この温度だけを、受け止めていたかった。
——それは、まるで“刻まれた証”のように、消えないまま胸に残り続けていた。
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(……一体何が……あの男は、ただの通りすがり……顔だって名前だって知らない)
そう思い込もうとした、そのとき。
「戻っていたか」
低く、落ち着いた声。
振り返ると、扉の向こうにシグルドが立っていた。
「……陛下」
「少し、時間が空いた。顔を見に来ただけだ。……気分転換になったか?」
エリオットは頷こうとしたが、その前にシグルドが一歩、距離を詰めてきた。
ゆっくりと視線を滑らせ、ふと——エリオットの手首で止まる。
「……どこに、行っていた?」
問いかけにエリオットはほんの一瞬だけ息を詰めた。
ただの問いかけであって、シグルドの声音も変わった様子はない。
なのですぐに平静を装い、言葉を返す。
「レオンと……商人街に。飴を買ったり、迷子に出会ったり……」
その報告は事実だ。何も隠してはいない。
だが、シグルドはしばらく沈黙したまま、目を逸らさずにいた。
そして——
「……そうか」
そう呟いたその直後だった。
ぐい、と腕を引かれ、エリオットの身体が勢いよく引き寄せられる。
逃げ場をなくすように抱き締められた瞬間——
「っ……!」
不意を突かれたエリオットの唇に、強引な熱が重なる。
それは普段の穏やかな口づけとは違った。
どこか必死で、どこか痛みすら伴うような、獣じみた熱。
唇と唇が重なるたび、息を奪われる。
空気を求めて逃れようとしても許されず、腕の中で抗うこともできなかった。
けれど、そうされることを望んでいたようにさえ思える——自分の中の、どこかが。
唇が離れると、空気が喉を焼くように流れ込む。
だがその前に、シグルドの顔が首元へと落ちた。
「……エリオット」
低く囁くような声。
その唇が首筋を辿り、肌に触れるたびに、心臓が煩く鳴った。
そして——噛むでもなく、撫でるでもなく、ゆっくりと“印”を刻むように、吸い痕を残していく。
「……そうやって、他人の匂いをつけて……」
その声は、かすかに震えていた。
怒りではなく、悲しみでもなく、ただ一つ——独占欲が滲んでいた。
「君が誰かに触れられたなんて、たとえそれが偶然でも、無害でも……」
一瞬、言葉を探すように沈黙する。
「……どうしようもなく、私の中の“何か”が叫ぶ。奪われたくない、と」
エリオットは、喉の奥が詰まるのを感じながら、そっと目を閉じた。
抗えない。怖くはない。ただ、胸の奥が妙に熱く、苦しかった。
(……そんな風に触れられたら、何も言えなくなる……)
そして、シグルドの手がゆっくりと背中にまわる。
ただの抱擁ではない、“自分のものだ”と無言で訴えるような、深くて重い腕だった。
もう抗おうとは思わなかった。
されるがままに、エリオットは目を伏せた。
やがて、熱の余韻がゆっくりと静まり、シグルドの呼吸が穏やかになっていく。
エリオットはその腕の中で、ふっと小さく息を吐いた。
「……どうして、そんなに……」
ぽつりとこぼした声は、自分でも気づかないほどかすれていた。
シグルドはしばらく沈黙したまま、腕を解こうとはしなかった。
ただ、そっと額を寄せるようにエリオットの肩へ顔を埋める。
「……選んだからだ」
低く、押し殺したような声。
「誰よりも君を選んだからだ。他の誰でもない、君を……」
その言葉に、エリオットは胸の奥がきゅっと締め付けられるのを感じた。
選ばれた、という言葉は、いつもどこか重たくて、恐ろしくて——
けれど今、シグルドの声には、確かに“想い”があった。
(……僕が、“皇妃”としてじゃなく、“エリオット”として、選ばれたというのなら……)
静かに、そっと目を閉じる。
ただこの一瞬だけは、誰にも邪魔されたくない。
そう思えるほどに、心が静かだった。
やがて、シグルドがそっと身体を離す。
その手はまだ、名残惜しそうに肩に触れたまま。
「……すまない。少し、取り乱した。誓っていうが君を疑っているわけじゃない」
「はい……大丈夫、です」
エリオットは小さく微笑んで、首筋に残る熱の痕を指先でそっと押さえた。
そこにあるのは、痛みではない。“存在の証”だった。
(……こんなにも強く想われているんだ、僕は)
けれど、その確かさの奥に、もう一つの影がちらつく。
あの仄かな香り、あの声、あの灰色の瞳——
(……でも、あれは……何だったんだろう)
記憶の奥で揺れる残像を、そっと心の奥に押し込める。
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