28 / 38
第28話『その人を救うために』
しおりを挟む
灯りを落とした作戦室には、紙の擦れる音と、息づかいだけがあった。
机の上に広げられた地図を、テオさんの指がすべっていく。
「ここが紫騎士団の本陣。……目標地点はこの裏手の居住区。倉庫施設を経由し、屋内に潜入する」
夜半の出撃が決まった。今回の編成は三人。
テオさん、ロナルドさん、そして──僕。
「……俺と副団長だけでよかったんじゃないのか」
地図から目を離さぬまま、ロナルドさんが言った。
「蓮を連れて行く理由が、他にあるとは思えない」
「通訳だ。紫の門兵の中には王都語しか理解しない者もいる。レンには対話の勘もある。命を取らずに突破するなら、必要なのは剣より言葉だ」
テオさんの声は冷静だった。
「交渉するつもりがあるのか?」
「状況次第だ。だが、選択肢は潰すな」
そう言って、テオさんは一枚の書簡を地図の上に重ねた。
そこには魔具通信で得た、敵兵の配置図が簡潔に記されている。
僕も何度も目を通した内容だったが──今見るそれは、まるで異質なものに思えた。
「……僕は、行きます」
ロナルドさんが口を開くよりも先に、僕は言葉にした。
「命令でなくても。……行くと決めましたから」
沈黙が落ちた。だが誰も、それを否定はしなかった。
テオさんがふと、口元を緩める。
「お前も、戦場の顔になってきたな」
「……あまり、褒め言葉に聞こえませんけど」
肩を竦めると、テオさんがわずかに笑った。
「団員としては頼もしい限りだよ。……覚悟を持った人間は、強い」
それが誰のことを言っているのか、僕は訊かなかった。
※
準備を終えたのは、すっかり夜も更けた頃だった。
砦の裏口、人気のない兵舎裏でロナルドさんと装備の最終確認をする。
鎧は着ない。音が出るし、重い。
「なんか、妙に静かだな」
ロナルドさんが呟いた。
「みんな、あいつのこと……なんとなく、口に出せないでいる気がする」
その声に、僕も頷く。
「……ロナルドさんも、ですか?」
「俺か?」
一瞬だけ黙った彼が、ぽつりと口を開いた。
「俺たちは……あいつのこと、なんにも知らなかった」
「はい……僕も、同じです」
「軽い奴だと思ってた。ヘラヘラ笑って、何を考えてるか分からん」
「……それ、言われて怒るかも。ルースさん、案外プライド高い気がしますし」
「だな」
くす、と笑いあって、すぐに黙る。
ふと、ロナルドさんが腰の剣を握る。
「もし、あいつが目の前にいたら……殴って、文句言って、それから──」
「それから?」
「……それから、そいつの手を引っ張って帰ってくる。俺には、それしかできない」
言葉が、夜の静寂に深く沁みた。
その時、足音も立てずに、テオさんが合流してくる。
すでに簡易装備に着替えていた。剣は持たず、背には包帯や魔具を収めた鞄がひとつ。
「時間だ。行くぞ」
それだけを言って、彼は先に闇の中へと歩み出した。
僕とロナルドさんも、何も言わずに続く。
言葉は必要なかった。
この夜に何が起こるのか、それぞれがよく分かっていたから。
風が、夜気を運んでいく。砦の灯りが、背後で遠ざかる。
そして僕は、心の中でひとつだけ名前を呼んだ。
──ルースさん。
僕たちは、あなたを探しに行きます。
連れて帰るために。
———————
投稿は毎日21:30です。
リアクションやコメントいただけると嬉しいです♪
-——————
机の上に広げられた地図を、テオさんの指がすべっていく。
「ここが紫騎士団の本陣。……目標地点はこの裏手の居住区。倉庫施設を経由し、屋内に潜入する」
夜半の出撃が決まった。今回の編成は三人。
テオさん、ロナルドさん、そして──僕。
「……俺と副団長だけでよかったんじゃないのか」
地図から目を離さぬまま、ロナルドさんが言った。
「蓮を連れて行く理由が、他にあるとは思えない」
「通訳だ。紫の門兵の中には王都語しか理解しない者もいる。レンには対話の勘もある。命を取らずに突破するなら、必要なのは剣より言葉だ」
テオさんの声は冷静だった。
「交渉するつもりがあるのか?」
「状況次第だ。だが、選択肢は潰すな」
そう言って、テオさんは一枚の書簡を地図の上に重ねた。
そこには魔具通信で得た、敵兵の配置図が簡潔に記されている。
僕も何度も目を通した内容だったが──今見るそれは、まるで異質なものに思えた。
「……僕は、行きます」
ロナルドさんが口を開くよりも先に、僕は言葉にした。
「命令でなくても。……行くと決めましたから」
沈黙が落ちた。だが誰も、それを否定はしなかった。
テオさんがふと、口元を緩める。
「お前も、戦場の顔になってきたな」
「……あまり、褒め言葉に聞こえませんけど」
肩を竦めると、テオさんがわずかに笑った。
「団員としては頼もしい限りだよ。……覚悟を持った人間は、強い」
それが誰のことを言っているのか、僕は訊かなかった。
※
準備を終えたのは、すっかり夜も更けた頃だった。
砦の裏口、人気のない兵舎裏でロナルドさんと装備の最終確認をする。
鎧は着ない。音が出るし、重い。
「なんか、妙に静かだな」
ロナルドさんが呟いた。
「みんな、あいつのこと……なんとなく、口に出せないでいる気がする」
その声に、僕も頷く。
「……ロナルドさんも、ですか?」
「俺か?」
一瞬だけ黙った彼が、ぽつりと口を開いた。
「俺たちは……あいつのこと、なんにも知らなかった」
「はい……僕も、同じです」
「軽い奴だと思ってた。ヘラヘラ笑って、何を考えてるか分からん」
「……それ、言われて怒るかも。ルースさん、案外プライド高い気がしますし」
「だな」
くす、と笑いあって、すぐに黙る。
ふと、ロナルドさんが腰の剣を握る。
「もし、あいつが目の前にいたら……殴って、文句言って、それから──」
「それから?」
「……それから、そいつの手を引っ張って帰ってくる。俺には、それしかできない」
言葉が、夜の静寂に深く沁みた。
その時、足音も立てずに、テオさんが合流してくる。
すでに簡易装備に着替えていた。剣は持たず、背には包帯や魔具を収めた鞄がひとつ。
「時間だ。行くぞ」
それだけを言って、彼は先に闇の中へと歩み出した。
僕とロナルドさんも、何も言わずに続く。
言葉は必要なかった。
この夜に何が起こるのか、それぞれがよく分かっていたから。
風が、夜気を運んでいく。砦の灯りが、背後で遠ざかる。
そして僕は、心の中でひとつだけ名前を呼んだ。
──ルースさん。
僕たちは、あなたを探しに行きます。
連れて帰るために。
———————
投稿は毎日21:30です。
リアクションやコメントいただけると嬉しいです♪
-——————
192
あなたにおすすめの小説
【完結】元魔王、今世では想い人を愛で倒したい!
N2O
BL
元魔王×元勇者一行の魔法使い
拗らせてる人と、猫かぶってる人のはなし。
Special thanks
illustration by ろ(x(旧Twitter) @OwfSHqfs9P56560)
※独自設定です。
※視点が変わる場合には、タイトルに◎を付けます。
【完結】待って、待って!僕が好きなの貴方です!
N2O
BL
脳筋ゆえ不本意な塩対応を只今猛省中、ユキヒョウの獣人
×
箱入りゆえガードが甘い愛され体質な竜人
愛しい幼馴染が有象無象に狙われて、居ても立っても居られなくなっていく余裕のない攻めの話。
(安心してください、想像通り、期待通りの展開です)
Special thanks
illustration by みとし (X:@ibarakiniarazu)
※独自設定かつ、ふんわり設定です。
※素人作品です。
※保険としてR設定にしていますが、基本健全。ほぼない。
悪役令息に転生したのに、ヒーローもヒロインも不在で、拾って育てた執事が最強なんだが……なんで?!
はぴねこ
BL
前世の弟が好きだったゲームの世界に、悪役令息として転生してしまった俺。
本来なら、ヒロインをいじめ、ヒーローが活躍するための踏み台になる……
そんな役割のはずなのに、ヒーローともヒロインとも出会えない。
いじめる対象すら見つけられない新米悪役令息とか、ポンコツすぎないだろうか?
そんな俺に反して、子供の頃に拾って育てた執事は超優秀で、なぜか「悪役執事スキル」を着実に磨いている。
……いや、違う!
そうじゃない!!
悪役にならなきゃいけないのは俺なんだってば!!!
【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。
N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間
ファンタジーしてます。
攻めが出てくるのは中盤から。
結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。
表紙絵
⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101)
挿絵『0 琥』
⇨からさね 様 X (@karasane03)
挿絵『34 森』
⇨くすなし 様 X(@cuth_masi)
◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。
【完結】第三王子は、自由に踊りたい。〜豹の獣人と、第一王子に言い寄られてますが、僕は一体どうすればいいでしょうか?〜
N2O
BL
気弱で不憫属性の第三王子が、二人の男から寵愛を受けるはなし。
表紙絵
⇨元素 様 X(@10loveeeyy)
※独自設定、ご都合主義です。
※ハーレム要素を予定しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる