異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!

めがねあざらし

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第29話『沈黙の扉の向こうに』

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夜が深く静まる頃、紫騎士団の砦を囲む外壁の影に、三つの人影が身を潜めていた。
テオさん、ロナルドさん、そして僕。

「物資搬入口。夜間は無人だが、魔具の感知網がある。触れるなよ」

低く抑えた声で、テオさんが指を差した先に、鉄の扉が闇の中に沈んでいた。
僕たちは、壁際を這うようにして接近する。扉の脇、地面に埋め込まれた魔具球がほのかに淡く灯っていた。
それを見て、テオさんが静かに手をかざす。指先が淡く光り、空気に波紋が走る。

「消音結界を張る。ロナルド──」
「わかってる」

ロナルドさんは短剣を抜き、魔具球の中央へ正確に一突き。
乾いた音と共に結界が砕け、扉の鍵が小さな音立てて壊れた。

僕らは気配を殺したまま、砦の内部へと足を踏み入れる。
倉庫と思しき空間には、物資が整然と積み上げられていて、兵士の姿は見当たらない。
とはいえ、警戒を解くことなどできるはずもなかった。

「こっちだ」

テオさんが前を進みながら、小声で指示を飛ばす。
その足取りは迷いがなく、まるでこの砦の裏構造を知り尽くしているようだった。

何度か曲がり角を曲がり、二階層上の廊下へ出たところで、不意に声が聞こえてきた。
兵士たちのものだ──巡回か。

僕らはすぐに身を隠す。ロナルドさんは背中を壁に当て、剣に手をかけた。
けれど、殺気を立てては逆効果だ。僕は気配を押さえつつ、廊下の奥を見やる。

「……例の部屋、まだ封鎖中だってよ。だが中から灯りが見えたって話だぜ」
「マジか。あの幽閉された女、まだ生きてたのか……?」

ぼそぼそと交わされる会話に、僕は息を呑んだ。
誰かを幽閉している。思いつくのはルースさんのお母さんだ。
兵士たちが通り過ぎるのを待ってから、僕は振り返った。

「向かいましょう」

テオさんが頷いた。

「……居住棟は、この上だ」

途中、古い記録室を通る。
壁一面に書架が並び、奥に古びた魔具端末がひとつだけ置かれていた。
テオさんが迷わずそれを操作する。

「魔具記録に残っていれば、扉の場所が特定できる……」

しばらくして、端末に一つの名が浮かんだ。

──L・モルフェ。

その名を目にしたロナルドさんが、低く唸る。

「足音だ……静かに」

僕たちは息を潜めてその場に身を潜めた。
紫の兵士は一瞬立ち止まったが、何もないと判断してか、無言で去っていった。
その背を見送りながら、僕は小さく息を吐く。

「助かったな……」

ロナルドさんの苦笑が、やけに安堵を滲ませていた。

居住棟の最奥、薄い鉄扉の前で足を止めた。
魔具による封鎖の印が扉に刻まれている。
テオさんがまた消音魔法を張ると、今度はロナルドさんが無言で剣の柄を持ち、封印を砕いた。

きぃ、と錆びた音を立てて、扉がわずかに開いた。

中は、ひどく静かだった。空気は薄く、どこか煤けたような匂いがする。
蝋燭の火が、かすかに揺れている。
その奥。床に膝をついて、誰かが身を縮めていた。

――ルースさんだ。

薄布がかけられた寝台の前に彼は座り、その視線は動かない。

テオさんがゆっくりと歩み寄り、蝋燭の明かりに照らされた布の下を見つめる。
その目が、すぐに細められた。

「……間に合わなかったか」

亡骸の横には、転がった薬瓶と、割れたカップ。

ロナルドさんが無言で一歩を踏み出すが、ルースさんは反応しない。
僕は迷いながらも、そっと彼の背に手を添えた。
ルースさんの肩が、小さく震えた。

「……母さん、自分で……終わりを選んだんだ」

乾いた声だった。
そのまま、彼は言葉を続けた。

「もう、誰にも命を繋がれたくなかったんだよ……。薬も、あいつの顔も、全部……」

テオさんが立ち上がる。静かに、しかし確かな口調で言った。

「連れて帰ろう、ルース。ここは……安らげる場所じゃない。レン、手伝ってくれ」

僕は、ただ頷いた。
ルースさんの手が、亡骸の布に触れた。
その手が、壊れものに触れるように震えていた。




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