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第27話『ルースさんという人』
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「──彼の名は、ルース・モルフェ。そしてその父親は、紫騎士団の団長ゼノス・アーチだ」
静かに発されたテオさんの言葉に、空気が凍った。
ここは黒騎士団の砦、作戦会議室。
灯りは落とされ、テーブルの上には機密指定の書簡が一枚──王都から密かに届けられた文書だった。
「……紫騎士団の団長……?」
喉の奥が引き攣るような違和感を覚えながら、僕は小さく問い返した。
「庶子という扱いだ」
テオさんは、卓上の手紙に指を置きながら、淡々と語る。
「王都に放った密偵からの報告によれば、ゼノス・アーチは二十数年前、王宮に侍女として仕えていた女性と関係を持った。その女性は後に宮廷を去り、地方へ移住。そこで一人の子を産んだ──それがルースだ」
その名前が、書簡の末尾に手書きで残されていた。
「名字が違うのは、母親の姓を名乗っていたからだ。ルースは地方師団推薦という形で黒騎士団に編入されたが……紹介元が紫騎士団の補佐機関だった。今となっては、初期の身元審査もすり抜けるよう細工されていたと見て間違いない」
言葉を失った。
僕も、ロナルドさんも、あの時まで何の疑問も持っていなかった。
彼の飄々とした態度も、軽口も、少し人懐こすぎる距離感も──全部そういう人なんだと思っていた。
「……それで、あいつが裏切ったってのか? 血の繋がりがあるから? 紫に近かったから?」
ロナルドさんが拳を握りしめ、椅子を引き倒す勢いで立ち上がる。
「もちろん、それだけではない」
テオさんは穏やかに言葉を重ねたが、その表情はひどく苦しかった。
「このルースの母親……半年前から紫騎士団の管轄領に居住を移している」
「それって……人質、ですか」
僕が呟くと、テオさんは目を閉じた。
「いや。正確には──首輪だな」
その言葉に、場の空気がさらに重くなる。
「どうやらルースの母親は、希少疾患を抱えているようだ。命を保つには、紫騎士団の物流ラインでしか入手できない種類の治療薬が必要だった。ゼノス・アーチはその薬の供給を盾に、ルースを縛った……というのが真相なようだな」
テオさんの声が、皮肉めいて乾いていた。
誰も、気づけなかった。
いや、見ていなかったのかもしれない。ルースさんという人間の奥にある、何かに。
見せないようにしていたこともあるだろう。
「……ルースさんを助けたいです」
自分でも、どうしてそんな言葉が出たのかは分からなかった。
けれど、口をついて出たのは、本心だった。
テオさんは目を伏せたまま、ロナルドさんは拳を強く握ったまま、誰もそれに答えようとはしなかった。
※
重い沈黙の部屋を出て、廊下にある窓辺のとこまで歩き息を吐く。
(簡単なことじゃない、よな……助けるなんて)
その時、
「……お前、信じるのか。あいつを」
そう声をかけられる。
振り返らずとも分かる。ロナルドさんだ。
僕は、頷きながら後ろを振り返る。
「……信じたいんです。今でも」
「たとえ何をしたとしても、あの人が全部“悪い”なんて、思えないから」
長い沈黙が落ちる。
やがて、ロナルドさんはぽつりと呟いた。
「……甘いな」
背を向ける。そのまま、何も言わず歩き出すかに見えた彼が、ふいに立ち止まった。
「でも──俺もそう思いたい」
それだけ残して、彼は夜の廊下へと歩いていった。
僕は、その背を追わなかった。
気持ちは一緒なのだ。
ロナルドさんも同じ気持ちであるというのが、やはり嬉しかった。
「ルースさん、ここに帰ってこなきゃ駄目ですよ。だって、ロナルドさんに気持ちを伝えてないでしょ」
僕が呟いた言葉に、風が小さく窓を鳴らした。
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静かに発されたテオさんの言葉に、空気が凍った。
ここは黒騎士団の砦、作戦会議室。
灯りは落とされ、テーブルの上には機密指定の書簡が一枚──王都から密かに届けられた文書だった。
「……紫騎士団の団長……?」
喉の奥が引き攣るような違和感を覚えながら、僕は小さく問い返した。
「庶子という扱いだ」
テオさんは、卓上の手紙に指を置きながら、淡々と語る。
「王都に放った密偵からの報告によれば、ゼノス・アーチは二十数年前、王宮に侍女として仕えていた女性と関係を持った。その女性は後に宮廷を去り、地方へ移住。そこで一人の子を産んだ──それがルースだ」
その名前が、書簡の末尾に手書きで残されていた。
「名字が違うのは、母親の姓を名乗っていたからだ。ルースは地方師団推薦という形で黒騎士団に編入されたが……紹介元が紫騎士団の補佐機関だった。今となっては、初期の身元審査もすり抜けるよう細工されていたと見て間違いない」
言葉を失った。
僕も、ロナルドさんも、あの時まで何の疑問も持っていなかった。
彼の飄々とした態度も、軽口も、少し人懐こすぎる距離感も──全部そういう人なんだと思っていた。
「……それで、あいつが裏切ったってのか? 血の繋がりがあるから? 紫に近かったから?」
ロナルドさんが拳を握りしめ、椅子を引き倒す勢いで立ち上がる。
「もちろん、それだけではない」
テオさんは穏やかに言葉を重ねたが、その表情はひどく苦しかった。
「このルースの母親……半年前から紫騎士団の管轄領に居住を移している」
「それって……人質、ですか」
僕が呟くと、テオさんは目を閉じた。
「いや。正確には──首輪だな」
その言葉に、場の空気がさらに重くなる。
「どうやらルースの母親は、希少疾患を抱えているようだ。命を保つには、紫騎士団の物流ラインでしか入手できない種類の治療薬が必要だった。ゼノス・アーチはその薬の供給を盾に、ルースを縛った……というのが真相なようだな」
テオさんの声が、皮肉めいて乾いていた。
誰も、気づけなかった。
いや、見ていなかったのかもしれない。ルースさんという人間の奥にある、何かに。
見せないようにしていたこともあるだろう。
「……ルースさんを助けたいです」
自分でも、どうしてそんな言葉が出たのかは分からなかった。
けれど、口をついて出たのは、本心だった。
テオさんは目を伏せたまま、ロナルドさんは拳を強く握ったまま、誰もそれに答えようとはしなかった。
※
重い沈黙の部屋を出て、廊下にある窓辺のとこまで歩き息を吐く。
(簡単なことじゃない、よな……助けるなんて)
その時、
「……お前、信じるのか。あいつを」
そう声をかけられる。
振り返らずとも分かる。ロナルドさんだ。
僕は、頷きながら後ろを振り返る。
「……信じたいんです。今でも」
「たとえ何をしたとしても、あの人が全部“悪い”なんて、思えないから」
長い沈黙が落ちる。
やがて、ロナルドさんはぽつりと呟いた。
「……甘いな」
背を向ける。そのまま、何も言わず歩き出すかに見えた彼が、ふいに立ち止まった。
「でも──俺もそう思いたい」
それだけ残して、彼は夜の廊下へと歩いていった。
僕は、その背を追わなかった。
気持ちは一緒なのだ。
ロナルドさんも同じ気持ちであるというのが、やはり嬉しかった。
「ルースさん、ここに帰ってこなきゃ駄目ですよ。だって、ロナルドさんに気持ちを伝えてないでしょ」
僕が呟いた言葉に、風が小さく窓を鳴らした。
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