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第26話『裏切りの理由』
紫騎士団の本陣は静かすぎて、時折、風の音が耳に障る。
「で? 役目は果たしたんだろうな?」
椅子にふんぞり返っていたのは、ゼノス・アーチ──紫騎士団を率いる狡猾な将であり、そしてルースの父親だった。
とはいえ、親子という言葉では到底くくれない関係だ。
ゼノスはルースを血としてしか見ておらず、その母のことも名で呼ぶことはなく「あの女」と呼んで憚らない。
彼の手には一本の瓶。淡い紫の液体が揺れる。
母の命をつなぐ唯一の薬。それをちらつかせるのが、父と呼ぶにはあまりにも下劣だった。
「……それを、早く渡してやってくれよ」
唇をかすかに引きつらせながら、ルースは言った。
「渡すかどうかは、貴様の報告次第だ。黒騎士団の内部図と、補給再編案の写し。あのイーサンの番が作った書類も、だ」
イーサンの番──テオのことだ。
ゼノス・アーチはかつて、彼の婚約者でもあったということを、ルースは母から聞いたことがある。
だが目の前の男の目に映るのは、かつての愛ではない。
ただの奪われた所有物への執着だ。
それが、ルースには我慢ならなかった。
「俺が従ってるのは、お前じゃない。……この薬があるからだ。あんたは親でもない。ただの、鎖だ」
吐き捨てて、ルースは扉を開けた。
その背に、ゼノスはただ嗤った。
「犬は、首輪がなきゃ彷徨うだけだ」
返事をする気にもなれなかった。
ドアを閉じる音だけが、静かな廊下に虚しく響いた。
※
補給班の倉庫に積み上がった帳簿と、再編案の書状。
「……こんな簡素化できるの、よく気づいたな」
テオさんが書類をめくりながら言った。
「現場で、実際に回らなくなってるのを見たので……あ、ここです。搬送ルートを変えると、兵の疲弊が減って――」
「……待て」
急にテオさんが指を止めた。
「この内容、恐らく……筒抜けだと思っていい」
「えっ……?」
「この再編案はいつ考えたものだ?」
「ロナルドさんと出る前に……」
「ならば、もう……誰かに渡されている」
背筋が冷える感覚。
そこへ、ロナルドさんも部屋に入ってきた。
「駄目だ、やはり王都からの支援は届かない」
「だろうな……深手のものがいないのが幸いか……情報を持ち去ったのは……」
テオさんが重く言い、ちらりと名簿に目をやる。そのページの隅には、ルースさんの名前が……。
「……ルース……」
ロナルドさんが低く呟く。
「……あいつがそんな真似をするなんて信じられない」
「そうだな。だが……そんな真似をさせるものが、あったとしたら?」
「させるもの……?」
僕が問うと、テオさんは静かに言った。
「選べない時がある。選んだつもりでも、選ばされる時がある」
どこか、遠い目をしていた。
「……理由があるなら、僕は知りたいです。たとえルースさんが敵でも」
僕の声に、二人が振り返った。
※
僕は再度補給のチェックをするために、倉庫の前にいた。
採算とチェック入れるものの、やはり心配にはなる。
何せ、今は補給が絶たれている状況だ。
(無駄を出さないようにしないと……)
その時だった。
「……レン」
声をかけられて振り返ると、そこにいたのはルースさんだった。
「えっ……! ルースさん……?」
「変わったな、お前。ほんと、変わっちまった」
「……ルースさんのほうこそ、なんか……」
「……そうだな。俺も、変わらなきゃいけないんだよ」
夜の闇が濃くなる中で、ルースさんは笑っていた。
その笑顔が、どこか寂しくて。
「なあ、レン。お前は選べ。どこで、誰と生きていくか。絶対に、自分で選べ」
その言葉を残して、ルースさんは影の中へ消えていった。
僕は、一歩も動けなかった。
その背中に、何かを感じた。
だけど──まだ、それが何なのかは、分からなかった。
———————
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「で? 役目は果たしたんだろうな?」
椅子にふんぞり返っていたのは、ゼノス・アーチ──紫騎士団を率いる狡猾な将であり、そしてルースの父親だった。
とはいえ、親子という言葉では到底くくれない関係だ。
ゼノスはルースを血としてしか見ておらず、その母のことも名で呼ぶことはなく「あの女」と呼んで憚らない。
彼の手には一本の瓶。淡い紫の液体が揺れる。
母の命をつなぐ唯一の薬。それをちらつかせるのが、父と呼ぶにはあまりにも下劣だった。
「……それを、早く渡してやってくれよ」
唇をかすかに引きつらせながら、ルースは言った。
「渡すかどうかは、貴様の報告次第だ。黒騎士団の内部図と、補給再編案の写し。あのイーサンの番が作った書類も、だ」
イーサンの番──テオのことだ。
ゼノス・アーチはかつて、彼の婚約者でもあったということを、ルースは母から聞いたことがある。
だが目の前の男の目に映るのは、かつての愛ではない。
ただの奪われた所有物への執着だ。
それが、ルースには我慢ならなかった。
「俺が従ってるのは、お前じゃない。……この薬があるからだ。あんたは親でもない。ただの、鎖だ」
吐き捨てて、ルースは扉を開けた。
その背に、ゼノスはただ嗤った。
「犬は、首輪がなきゃ彷徨うだけだ」
返事をする気にもなれなかった。
ドアを閉じる音だけが、静かな廊下に虚しく響いた。
※
補給班の倉庫に積み上がった帳簿と、再編案の書状。
「……こんな簡素化できるの、よく気づいたな」
テオさんが書類をめくりながら言った。
「現場で、実際に回らなくなってるのを見たので……あ、ここです。搬送ルートを変えると、兵の疲弊が減って――」
「……待て」
急にテオさんが指を止めた。
「この内容、恐らく……筒抜けだと思っていい」
「えっ……?」
「この再編案はいつ考えたものだ?」
「ロナルドさんと出る前に……」
「ならば、もう……誰かに渡されている」
背筋が冷える感覚。
そこへ、ロナルドさんも部屋に入ってきた。
「駄目だ、やはり王都からの支援は届かない」
「だろうな……深手のものがいないのが幸いか……情報を持ち去ったのは……」
テオさんが重く言い、ちらりと名簿に目をやる。そのページの隅には、ルースさんの名前が……。
「……ルース……」
ロナルドさんが低く呟く。
「……あいつがそんな真似をするなんて信じられない」
「そうだな。だが……そんな真似をさせるものが、あったとしたら?」
「させるもの……?」
僕が問うと、テオさんは静かに言った。
「選べない時がある。選んだつもりでも、選ばされる時がある」
どこか、遠い目をしていた。
「……理由があるなら、僕は知りたいです。たとえルースさんが敵でも」
僕の声に、二人が振り返った。
※
僕は再度補給のチェックをするために、倉庫の前にいた。
採算とチェック入れるものの、やはり心配にはなる。
何せ、今は補給が絶たれている状況だ。
(無駄を出さないようにしないと……)
その時だった。
「……レン」
声をかけられて振り返ると、そこにいたのはルースさんだった。
「えっ……! ルースさん……?」
「変わったな、お前。ほんと、変わっちまった」
「……ルースさんのほうこそ、なんか……」
「……そうだな。俺も、変わらなきゃいけないんだよ」
夜の闇が濃くなる中で、ルースさんは笑っていた。
その笑顔が、どこか寂しくて。
「なあ、レン。お前は選べ。どこで、誰と生きていくか。絶対に、自分で選べ」
その言葉を残して、ルースさんは影の中へ消えていった。
僕は、一歩も動けなかった。
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だけど──まだ、それが何なのかは、分からなかった。
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