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第30話『埋葬の夜、立ち止まる場所』
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夜明け前の空は、まだ色を変える気配もなく、黒いままだった。
砦へ戻る道のりは、思ったよりも長く、重たかった。
誰も言葉を発さず、ただ、馬の蹄のと呼吸だけが、夜気を裂いた。
ルースさんの母の亡骸は、テオさんが背負っていた。
一度も、誰にも持たせなかった。
まるで、責任でも、贖罪でもあるかのように。
ロナルドさんは、ルースさんのすぐ横を黙って歩き、僕はその後ろをついていく。
空がわずかに白み始めた頃、ようやく、砦の裏手が見えてきた。
※
仮設の墓地は、砦の西側、風の通る小さな斜面にあった。
埋葬されたのは、戦死した騎士たち、名も知らぬ従者たち。
そして──今、その列の端に、ひとつ新たな名が刻まれようとしていた。
「火、入れるぞ」
ロナルドさんが静かに言う。
ルースさんが頷き、彼の手にした火口を受け取る。
遺体は白布に包まれ、その下には乾いた薪が組まれていた。
言葉はいらない。ただ、火が灯る。
焔が静かに舞い上がる。
誰も泣かない。けれど、誰もが目を伏せた。
焔はすぐに遺骸を包み、その姿を天へ返していく。
一陣の風が吹いて、布の端が舞った。
その下にあった穏やかな横顔が、ほんの一瞬だけ、僕の目に映った。
──やすらかに。
心の中で呟く。
火葬を終えた後、ロナルドさんとテオさんは静かにその場を離れた。
ルースさんと、僕だけが、墓標の前に残された。
燃え尽きた灰は、布ごと土に埋められ、上には剣の柄を削った簡易な墓印が立っている。
その名は、まだ刻まれていなかった。
ルースさんはずっと、何も言わずに佇んでいた。
僕は、そっと声をかけた。
「ルースさん、あの……」
「ん?」
振り返らないままの声に、僕は唇を噛んだ。
「……すみません。僕が、もっと早く……着いていれば。僕が、舐めてさえいれば──」
「そこ、お前が謝るとこじゃねーだろ?」
ルースさんの声は、思ったよりも静かだった。
「でも……僕、治せたかもしれないって……」
「……まあ、そりゃ……治ったかもしれねーけどさ」
焔の跡に手を伸ばし、指先で灰をつまんで、地面に落とす。
「でも、もう限界だったと思うよ。母さん、ずっと……痛そうだったしな」
風の中に、その言葉が溶けていった。
僕は何も言えなかった。
言葉なんかで拭えるものじゃないと、分かっていたから。
けれど──
「ありがとうな、レン」
突然、ルースさんがそう言った。
「お前が来てくれて……よかった」
それだけで、僕はもう、涙がこぼれそうになった。
※
その夜遅く、砦の一角にある小さな会議室に、再び四人が集まった。
テオさんが椅子に深く腰を下ろし、ロナルドさんは壁に背を預けて腕を組んでいた。
僕は机の端に腰掛け、ルースさんは少しだけ距離を置いて立っていた。
誰も喋らない時間が、しばらく続いた。
先に口を開いたのは、テオさんだった。
「話す気になったか」
「……ああ」
ルースさんは、わずかに頷いた。
「全部話す。俺が何をしたか、何のために動いてたか──全部」
その声音に、迷いはなかった。
「出頭でもするつもりか?」
ロナルドさんが訊いた。
声は冷静だったが、僅かな怒気が滲んでいた。
「……ああ」
ルースは頷く。
「全部俺の責任だしな。母さんも……死んじまったし」
「馬鹿か、お前は」
ロナルドさんが、わずかに声を荒らげる。
「お前、黒騎士団の団員だろうが」
「……は? 正気か?」
ルースさんは笑ってみせた。その笑顔はどこかわざとらしい。
「これだから坊ちゃん育ちは……感情で全部片付けやがる」
その瞬間。
ガッ。
鈍い音が響いた。ロナルドさんの拳が、ルースさんの頬を捉えていた。
「……いい加減、本音で話せ」
殴られたルースさんは、目を見開き、その場に立ち尽くした。
僕は、そっと一歩踏み出して、彼の隣に立った。
「一緒に戦いましょう、ルースさん」
その言葉に、彼はまた目を細めた。
怒ってもいない、泣いてもいない。けれど、その表情はどこか、ほっとしているようだった。
「ルース」
テオさんが口を開いた。
「お前はこちら側の間諜だった。……そういうことにしておく。紫の砦の構造、知っている限り話してくれ。他にも全て話してもらうぞ」
ルースさんは、ふうとため息をついた。
「……揃いも揃って、面倒臭い奴らだな」
そう言って、彼は椅子に腰を下ろした。
そして──ゆっくりと、全てを語り始めた。
———————
投稿は毎日21:30です。
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砦へ戻る道のりは、思ったよりも長く、重たかった。
誰も言葉を発さず、ただ、馬の蹄のと呼吸だけが、夜気を裂いた。
ルースさんの母の亡骸は、テオさんが背負っていた。
一度も、誰にも持たせなかった。
まるで、責任でも、贖罪でもあるかのように。
ロナルドさんは、ルースさんのすぐ横を黙って歩き、僕はその後ろをついていく。
空がわずかに白み始めた頃、ようやく、砦の裏手が見えてきた。
※
仮設の墓地は、砦の西側、風の通る小さな斜面にあった。
埋葬されたのは、戦死した騎士たち、名も知らぬ従者たち。
そして──今、その列の端に、ひとつ新たな名が刻まれようとしていた。
「火、入れるぞ」
ロナルドさんが静かに言う。
ルースさんが頷き、彼の手にした火口を受け取る。
遺体は白布に包まれ、その下には乾いた薪が組まれていた。
言葉はいらない。ただ、火が灯る。
焔が静かに舞い上がる。
誰も泣かない。けれど、誰もが目を伏せた。
焔はすぐに遺骸を包み、その姿を天へ返していく。
一陣の風が吹いて、布の端が舞った。
その下にあった穏やかな横顔が、ほんの一瞬だけ、僕の目に映った。
──やすらかに。
心の中で呟く。
火葬を終えた後、ロナルドさんとテオさんは静かにその場を離れた。
ルースさんと、僕だけが、墓標の前に残された。
燃え尽きた灰は、布ごと土に埋められ、上には剣の柄を削った簡易な墓印が立っている。
その名は、まだ刻まれていなかった。
ルースさんはずっと、何も言わずに佇んでいた。
僕は、そっと声をかけた。
「ルースさん、あの……」
「ん?」
振り返らないままの声に、僕は唇を噛んだ。
「……すみません。僕が、もっと早く……着いていれば。僕が、舐めてさえいれば──」
「そこ、お前が謝るとこじゃねーだろ?」
ルースさんの声は、思ったよりも静かだった。
「でも……僕、治せたかもしれないって……」
「……まあ、そりゃ……治ったかもしれねーけどさ」
焔の跡に手を伸ばし、指先で灰をつまんで、地面に落とす。
「でも、もう限界だったと思うよ。母さん、ずっと……痛そうだったしな」
風の中に、その言葉が溶けていった。
僕は何も言えなかった。
言葉なんかで拭えるものじゃないと、分かっていたから。
けれど──
「ありがとうな、レン」
突然、ルースさんがそう言った。
「お前が来てくれて……よかった」
それだけで、僕はもう、涙がこぼれそうになった。
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その夜遅く、砦の一角にある小さな会議室に、再び四人が集まった。
テオさんが椅子に深く腰を下ろし、ロナルドさんは壁に背を預けて腕を組んでいた。
僕は机の端に腰掛け、ルースさんは少しだけ距離を置いて立っていた。
誰も喋らない時間が、しばらく続いた。
先に口を開いたのは、テオさんだった。
「話す気になったか」
「……ああ」
ルースさんは、わずかに頷いた。
「全部話す。俺が何をしたか、何のために動いてたか──全部」
その声音に、迷いはなかった。
「出頭でもするつもりか?」
ロナルドさんが訊いた。
声は冷静だったが、僅かな怒気が滲んでいた。
「……ああ」
ルースは頷く。
「全部俺の責任だしな。母さんも……死んじまったし」
「馬鹿か、お前は」
ロナルドさんが、わずかに声を荒らげる。
「お前、黒騎士団の団員だろうが」
「……は? 正気か?」
ルースさんは笑ってみせた。その笑顔はどこかわざとらしい。
「これだから坊ちゃん育ちは……感情で全部片付けやがる」
その瞬間。
ガッ。
鈍い音が響いた。ロナルドさんの拳が、ルースさんの頬を捉えていた。
「……いい加減、本音で話せ」
殴られたルースさんは、目を見開き、その場に立ち尽くした。
僕は、そっと一歩踏み出して、彼の隣に立った。
「一緒に戦いましょう、ルースさん」
その言葉に、彼はまた目を細めた。
怒ってもいない、泣いてもいない。けれど、その表情はどこか、ほっとしているようだった。
「ルース」
テオさんが口を開いた。
「お前はこちら側の間諜だった。……そういうことにしておく。紫の砦の構造、知っている限り話してくれ。他にも全て話してもらうぞ」
ルースさんは、ふうとため息をついた。
「……揃いも揃って、面倒臭い奴らだな」
そう言って、彼は椅子に腰を下ろした。
そして──ゆっくりと、全てを語り始めた。
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