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第31話『もう一度、居場所を』
高窓から差す月光が、紫騎士団団長の執務室を照らしていた。
机の上には、小箱がひとつ置かれている。金縁のそれをゼノス・アーチは無言で開け、銀の指輪を取り出す。
細工は細やかで、年を経ても曇りひとつない。
かつて贈った指輪だった。──テオ・アールグレイへ。
「……まだ、汚れていないな」
彼はその指輪を掌に転がしながら、記憶の奥にある面影を呼び戻す。
銀の髪、真っ直ぐな青の瞳。
いつも静かに、けれど強い意志を秘めていた男。
若い頃の自分は、あの男を手に入れようとした。
家門の名誉のため、騎士団の威光のため、そして──男として。
だが、結局何ひとつ掴めなかった。
テオはすべてを振り払うようにして、黒騎士団に渡った。
あろうことか、そのままイーサン・クラストの番になったのだ。
家を裏切り、自分を裏切り。
ゼノスは、指輪をゆっくりと握りしめた。
その背後の机には、魔具印の入った勧告書が広げられている。
王都からの通告。
黒騎士団──テオたちが提出した証拠による、紫騎士団の人事と補給の腐敗に関する、告発の文書。
「……私の誇りを返せ、テオ」
誰にも届かない呟きが、石造りの室内に溶けて消えた。
※
その頃、黒騎士団本部の通信室では、魔具端末が静かに光を放っていた。
僕は、テオさんと並んで、その端末に最後の送信命令を入力していた。
「これで……全部、送信完了です」
これを出せば、後には引けない。
おそらくは全面的な争いになるだろう。
けれど、僕たちはもう止まれなかった。
「私たちが手を汚すのは、守るべきものがある時だけだ」
テオさんの言葉は、静かだった。でも、重みがあった。
──ルースさんも、あの砦から戻ってきた。
もう、あの人の心を見捨てるわけにはいかない。
通信が完了した魔具が小さく音を立てた時、遠くで鐘が鳴った。
警鐘──それは、始まりの音だった。
※
その日の午後。城門の上から、紫の旗が見えた。
紫騎士団の部隊が、こちらへ向かって行軍を始めていた。
「補給班、第二ラインまで移動! 医療班、砦中央に集結! 副官は配置確認急いで!」
砦内は一気に慌ただしくなる。
僕もあちこちを走り回っていた。
地図を片手に、配備された兵の隊列を目視で確認し、足りない場所に伝令を走らせる。
……コンビニ店長をしていた時はこんな仕事するなんて思っても見なかった。でも、もう何が本職だったかも忘れそうだ。
「……弓兵、南門に追加配置。三分以内に!」
ロナルドさんの言葉に、僕はすぐ指示を返す。
紫騎士団の人数は圧倒的だった。でも、僕たちには地の利がある。
それに、今ここを譲ったら──誰かの居場所がなくなってしまう。
それだけは、絶対に嫌だった。
門のそばで、ルースさんは一人立っていた。
その横に、ロナルドさんが歩み寄る。
黙って立つ彼の肩に、軽く拳をぶつけるようにして。
「……俺に、居場所をくれ」
「だったらもう一度、自分で掴め」
ロナルドさんの言葉に、ルースさんは小さく笑った。
「お前は、黒騎士団の団員だろう?」
今度は、はっきりと目を見て、そう言った。
ほんの少しだけ、ルースさん目を見開き、息を吐いてから笑う。
その姿を見て僕も笑った。
──帰ってきてくれて、よかった。
風が吹いて、砦の旗がなびく。
紫と黒。かつて同じ国を守っていたはずのその二つが、いま真っ向からぶつかろうとしていた。
でも、僕たちは知っている。
「正義」が誰のものかじゃない。誰かの「居場所」を守るために、剣を取るということを。
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投稿は毎日21:30です。
リアクションやコメントいただけると嬉しいです♪
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机の上には、小箱がひとつ置かれている。金縁のそれをゼノス・アーチは無言で開け、銀の指輪を取り出す。
細工は細やかで、年を経ても曇りひとつない。
かつて贈った指輪だった。──テオ・アールグレイへ。
「……まだ、汚れていないな」
彼はその指輪を掌に転がしながら、記憶の奥にある面影を呼び戻す。
銀の髪、真っ直ぐな青の瞳。
いつも静かに、けれど強い意志を秘めていた男。
若い頃の自分は、あの男を手に入れようとした。
家門の名誉のため、騎士団の威光のため、そして──男として。
だが、結局何ひとつ掴めなかった。
テオはすべてを振り払うようにして、黒騎士団に渡った。
あろうことか、そのままイーサン・クラストの番になったのだ。
家を裏切り、自分を裏切り。
ゼノスは、指輪をゆっくりと握りしめた。
その背後の机には、魔具印の入った勧告書が広げられている。
王都からの通告。
黒騎士団──テオたちが提出した証拠による、紫騎士団の人事と補給の腐敗に関する、告発の文書。
「……私の誇りを返せ、テオ」
誰にも届かない呟きが、石造りの室内に溶けて消えた。
※
その頃、黒騎士団本部の通信室では、魔具端末が静かに光を放っていた。
僕は、テオさんと並んで、その端末に最後の送信命令を入力していた。
「これで……全部、送信完了です」
これを出せば、後には引けない。
おそらくは全面的な争いになるだろう。
けれど、僕たちはもう止まれなかった。
「私たちが手を汚すのは、守るべきものがある時だけだ」
テオさんの言葉は、静かだった。でも、重みがあった。
──ルースさんも、あの砦から戻ってきた。
もう、あの人の心を見捨てるわけにはいかない。
通信が完了した魔具が小さく音を立てた時、遠くで鐘が鳴った。
警鐘──それは、始まりの音だった。
※
その日の午後。城門の上から、紫の旗が見えた。
紫騎士団の部隊が、こちらへ向かって行軍を始めていた。
「補給班、第二ラインまで移動! 医療班、砦中央に集結! 副官は配置確認急いで!」
砦内は一気に慌ただしくなる。
僕もあちこちを走り回っていた。
地図を片手に、配備された兵の隊列を目視で確認し、足りない場所に伝令を走らせる。
……コンビニ店長をしていた時はこんな仕事するなんて思っても見なかった。でも、もう何が本職だったかも忘れそうだ。
「……弓兵、南門に追加配置。三分以内に!」
ロナルドさんの言葉に、僕はすぐ指示を返す。
紫騎士団の人数は圧倒的だった。でも、僕たちには地の利がある。
それに、今ここを譲ったら──誰かの居場所がなくなってしまう。
それだけは、絶対に嫌だった。
門のそばで、ルースさんは一人立っていた。
その横に、ロナルドさんが歩み寄る。
黙って立つ彼の肩に、軽く拳をぶつけるようにして。
「……俺に、居場所をくれ」
「だったらもう一度、自分で掴め」
ロナルドさんの言葉に、ルースさんは小さく笑った。
「お前は、黒騎士団の団員だろう?」
今度は、はっきりと目を見て、そう言った。
ほんの少しだけ、ルースさん目を見開き、息を吐いてから笑う。
その姿を見て僕も笑った。
──帰ってきてくれて、よかった。
風が吹いて、砦の旗がなびく。
紫と黒。かつて同じ国を守っていたはずのその二つが、いま真っ向からぶつかろうとしていた。
でも、僕たちは知っている。
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