異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!

めがねあざらし

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第32話『裏切りの代償、信頼の名の下に』

朝靄を割るように、砦の外で警鐘が鳴った。
紫の旗が、地平線の向こうから立ち上がる。濃紫の騎士団装束が整列し、黒騎士団の砦を、確かな意思で包囲し始めていた。

テオさんは塔の上からその光景を見下ろし、静かに一度だけ目を伏せる。

「……ついに来たか」

呟きは風に消え、誰の耳にも届かない。

砦の中は一気に慌ただしくなった。隊長たちの怒声、兵士の駆け足、補給班の走る音。戦の準備とは、喧騒でできている。

僕は伝令役として走り回り、隊列の配置と防衛線の整理に追われた。地図を片手に通路を抜け、急ぎ指示を伝える。

「第三隊、北東壁に再配置! 通路を塞がないように!」
「補給班は第五区画へ、物資は後で追わせる!」

喉が焼けるようだった。息も絶え絶えなのに、脚だけが止まらない。

(とにかく、僕が出来ることをやるだけだ)

そんな中、ふと僕は視界の端に見慣れた姿を見つけた。
──長身の男。端整な顔立ちに、ピンと立った黒狼の耳。そして、黒の軍服。

「……え?」

彼がこちらへ歩いてくる。堂々とした足取りだった。
周囲の騎士たちが道を開けるように立ち止まる。

「やあ、レン。八面六臂の働きのようだな」

呼びかけられた名に、思わず声が漏れた。

「イーサン……団長?」

僕の背後から現れたテオさんが、わずかに表情を緩める。

「よくこの包囲の中を、見つからずに……戻れたな」
「隠密行動はそこそこ得意でな。……王都からの正式な調停使としての使命、背負ってきた」

イーサン・クラストは静かに言った。だがその声音の奥に、言葉にしきれない強い感情が見えた。

テオさんとイーサン団長が視線を交わす。
そこには、言葉以上の絆があった。互いの存在を探るでも、見定めるでもない。ただそこにあるものとして受け入れている、深い繋がり。

──ああ、これが番なんだ、と思った。

夫婦を超えたその先にある信頼性。
そこはまだ僕が知らない未知の世界だ。



「……王都は停戦を希望しているが、紫は動かない。もはやこれは、大義や正義ではなく、個人の感情だろうな」

イーサン団長の言葉に、テオさんは頷いた。

「ゼノス・アーチはもう、自分の誇りと私怨でしか動けないのだと思う。昔から変わらない人だ……」
「そうだな……調停は名目だ。実際には、お前たちを助けるために来た」

イーサン団長はゆっくりと息を吐き出す。
その時だった。

「……俺にも加勢させて下さい」

控えていたルースさんが、前へ出た。
まっすぐにイーサン団長を見つめるその顔には、もう迷いがなかった。

「地形と紫の配置は、この中なら俺が一番分かってる。隊列の構造もまだ記憶してるし……動き次第じゃ、進軍ルートを分断できるかもしれません」
「……信用できるか?」

イーサン団長が問う。冷静な目だ。言葉に情はない。でも、その瞳の奥には、判断の余地を探している色があった。
それに応えたのは、ロナルドさんだった。

「こいつは、黒騎士団の団員です。何かあった際には、俺が責任を負います」

ルースさんは少しだけ目を見開き、それから息を吐いて笑った。

「……そういうとこ、ほんと変わんねぇよな。……ありがとな、団長」
「誰が団長だ。団長は目の前にいるだろうが」
「はいはい、次期団長殿。貢献できたら次期副団長に推薦よろしく」

軽口が交わされる。さっきまで張り詰めていた空気が、ふっと和らいだ。
軽い言葉の奥にある信頼が、ちゃんと見えていた。

その後。
砦の地図を広げ、作戦会議が始まった。

「紫は主力を南側に集中させている。機動部隊は西門。おそらく北からは陽動が来る」
「騎獣の数が足りないのが難点だな……だが、地の利はこちらにある」

テオさんとイーサン団長が淡々と戦略を組み立てていく。
まるで元から並び立つように作られたような二人だと思った。
言葉は少ないのに、やり取りは迷いがない。
手の内を知りつくしている者同士の、呼吸の合った会話。

「ロナルド、通用口の監視と阻止を頼む。あいつらが本陣を抜けるような動きがあれば、即座に止めろ」
「了解。狙撃手をつけます。見張るだけじゃ足りない」

言葉少なに頷き合う彼らに、もう以前のわだかまりはなかった。
かつては裏切り者、かつては離反者。
それが今、同じ地図の上で同じ未来を描いている。

紫騎士団が迫るなか、砦の中に確かに一枚の強い意思が生まれていた。

この砦を守る。
それはここにいる誰かの居場所を守るということだ。

そして、夜が落ちる。
戦いの火ぶたが、静かに──切って落とされようとしていた。



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