32 / 38
第32話『裏切りの代償、信頼の名の下に』
朝靄を割るように、砦の外で警鐘が鳴った。
紫の旗が、地平線の向こうから立ち上がる。濃紫の騎士団装束が整列し、黒騎士団の砦を、確かな意思で包囲し始めていた。
テオさんは塔の上からその光景を見下ろし、静かに一度だけ目を伏せる。
「……ついに来たか」
呟きは風に消え、誰の耳にも届かない。
砦の中は一気に慌ただしくなった。隊長たちの怒声、兵士の駆け足、補給班の走る音。戦の準備とは、喧騒でできている。
僕は伝令役として走り回り、隊列の配置と防衛線の整理に追われた。地図を片手に通路を抜け、急ぎ指示を伝える。
「第三隊、北東壁に再配置! 通路を塞がないように!」
「補給班は第五区画へ、物資は後で追わせる!」
喉が焼けるようだった。息も絶え絶えなのに、脚だけが止まらない。
(とにかく、僕が出来ることをやるだけだ)
そんな中、ふと僕は視界の端に見慣れた姿を見つけた。
──長身の男。端整な顔立ちに、ピンと立った黒狼の耳。そして、黒の軍服。
「……え?」
彼がこちらへ歩いてくる。堂々とした足取りだった。
周囲の騎士たちが道を開けるように立ち止まる。
「やあ、レン。八面六臂の働きのようだな」
呼びかけられた名に、思わず声が漏れた。
「イーサン……団長?」
僕の背後から現れたテオさんが、わずかに表情を緩める。
「よくこの包囲の中を、見つからずに……戻れたな」
「隠密行動はそこそこ得意でな。……王都からの正式な調停使としての使命、背負ってきた」
イーサン・クラストは静かに言った。だがその声音の奥に、言葉にしきれない強い感情が見えた。
テオさんとイーサン団長が視線を交わす。
そこには、言葉以上の絆があった。互いの存在を探るでも、見定めるでもない。ただそこにあるものとして受け入れている、深い繋がり。
──ああ、これが番なんだ、と思った。
夫婦を超えたその先にある信頼性。
そこはまだ僕が知らない未知の世界だ。
※
「……王都は停戦を希望しているが、紫は動かない。もはやこれは、大義や正義ではなく、個人の感情だろうな」
イーサン団長の言葉に、テオさんは頷いた。
「ゼノス・アーチはもう、自分の誇りと私怨でしか動けないのだと思う。昔から変わらない人だ……」
「そうだな……調停は名目だ。実際には、お前たちを助けるために来た」
イーサン団長はゆっくりと息を吐き出す。
その時だった。
「……俺にも加勢させて下さい」
控えていたルースさんが、前へ出た。
まっすぐにイーサン団長を見つめるその顔には、もう迷いがなかった。
「地形と紫の配置は、この中なら俺が一番分かってる。隊列の構造もまだ記憶してるし……動き次第じゃ、進軍ルートを分断できるかもしれません」
「……信用できるか?」
イーサン団長が問う。冷静な目だ。言葉に情はない。でも、その瞳の奥には、判断の余地を探している色があった。
それに応えたのは、ロナルドさんだった。
「こいつは、黒騎士団の団員です。何かあった際には、俺が責任を負います」
ルースさんは少しだけ目を見開き、それから息を吐いて笑った。
「……そういうとこ、ほんと変わんねぇよな。……ありがとな、団長」
「誰が団長だ。団長は目の前にいるだろうが」
「はいはい、次期団長殿。貢献できたら次期副団長に推薦よろしく」
軽口が交わされる。さっきまで張り詰めていた空気が、ふっと和らいだ。
軽い言葉の奥にある信頼が、ちゃんと見えていた。
その後。
砦の地図を広げ、作戦会議が始まった。
「紫は主力を南側に集中させている。機動部隊は西門。おそらく北からは陽動が来る」
「騎獣の数が足りないのが難点だな……だが、地の利はこちらにある」
テオさんとイーサン団長が淡々と戦略を組み立てていく。
まるで元から並び立つように作られたような二人だと思った。
言葉は少ないのに、やり取りは迷いがない。
手の内を知りつくしている者同士の、呼吸の合った会話。
「ロナルド、通用口の監視と阻止を頼む。あいつらが本陣を抜けるような動きがあれば、即座に止めろ」
「了解。狙撃手をつけます。見張るだけじゃ足りない」
言葉少なに頷き合う彼らに、もう以前のわだかまりはなかった。
かつては裏切り者、かつては離反者。
それが今、同じ地図の上で同じ未来を描いている。
紫騎士団が迫るなか、砦の中に確かに一枚の強い意思が生まれていた。
この砦を守る。
それはここにいる誰かの居場所を守るということだ。
そして、夜が落ちる。
戦いの火ぶたが、静かに──切って落とされようとしていた。
———————
投稿は毎日21:30です。
リアクションやコメントいただけると嬉しいです♪
-——————
紫の旗が、地平線の向こうから立ち上がる。濃紫の騎士団装束が整列し、黒騎士団の砦を、確かな意思で包囲し始めていた。
テオさんは塔の上からその光景を見下ろし、静かに一度だけ目を伏せる。
「……ついに来たか」
呟きは風に消え、誰の耳にも届かない。
砦の中は一気に慌ただしくなった。隊長たちの怒声、兵士の駆け足、補給班の走る音。戦の準備とは、喧騒でできている。
僕は伝令役として走り回り、隊列の配置と防衛線の整理に追われた。地図を片手に通路を抜け、急ぎ指示を伝える。
「第三隊、北東壁に再配置! 通路を塞がないように!」
「補給班は第五区画へ、物資は後で追わせる!」
喉が焼けるようだった。息も絶え絶えなのに、脚だけが止まらない。
(とにかく、僕が出来ることをやるだけだ)
そんな中、ふと僕は視界の端に見慣れた姿を見つけた。
──長身の男。端整な顔立ちに、ピンと立った黒狼の耳。そして、黒の軍服。
「……え?」
彼がこちらへ歩いてくる。堂々とした足取りだった。
周囲の騎士たちが道を開けるように立ち止まる。
「やあ、レン。八面六臂の働きのようだな」
呼びかけられた名に、思わず声が漏れた。
「イーサン……団長?」
僕の背後から現れたテオさんが、わずかに表情を緩める。
「よくこの包囲の中を、見つからずに……戻れたな」
「隠密行動はそこそこ得意でな。……王都からの正式な調停使としての使命、背負ってきた」
イーサン・クラストは静かに言った。だがその声音の奥に、言葉にしきれない強い感情が見えた。
テオさんとイーサン団長が視線を交わす。
そこには、言葉以上の絆があった。互いの存在を探るでも、見定めるでもない。ただそこにあるものとして受け入れている、深い繋がり。
──ああ、これが番なんだ、と思った。
夫婦を超えたその先にある信頼性。
そこはまだ僕が知らない未知の世界だ。
※
「……王都は停戦を希望しているが、紫は動かない。もはやこれは、大義や正義ではなく、個人の感情だろうな」
イーサン団長の言葉に、テオさんは頷いた。
「ゼノス・アーチはもう、自分の誇りと私怨でしか動けないのだと思う。昔から変わらない人だ……」
「そうだな……調停は名目だ。実際には、お前たちを助けるために来た」
イーサン団長はゆっくりと息を吐き出す。
その時だった。
「……俺にも加勢させて下さい」
控えていたルースさんが、前へ出た。
まっすぐにイーサン団長を見つめるその顔には、もう迷いがなかった。
「地形と紫の配置は、この中なら俺が一番分かってる。隊列の構造もまだ記憶してるし……動き次第じゃ、進軍ルートを分断できるかもしれません」
「……信用できるか?」
イーサン団長が問う。冷静な目だ。言葉に情はない。でも、その瞳の奥には、判断の余地を探している色があった。
それに応えたのは、ロナルドさんだった。
「こいつは、黒騎士団の団員です。何かあった際には、俺が責任を負います」
ルースさんは少しだけ目を見開き、それから息を吐いて笑った。
「……そういうとこ、ほんと変わんねぇよな。……ありがとな、団長」
「誰が団長だ。団長は目の前にいるだろうが」
「はいはい、次期団長殿。貢献できたら次期副団長に推薦よろしく」
軽口が交わされる。さっきまで張り詰めていた空気が、ふっと和らいだ。
軽い言葉の奥にある信頼が、ちゃんと見えていた。
その後。
砦の地図を広げ、作戦会議が始まった。
「紫は主力を南側に集中させている。機動部隊は西門。おそらく北からは陽動が来る」
「騎獣の数が足りないのが難点だな……だが、地の利はこちらにある」
テオさんとイーサン団長が淡々と戦略を組み立てていく。
まるで元から並び立つように作られたような二人だと思った。
言葉は少ないのに、やり取りは迷いがない。
手の内を知りつくしている者同士の、呼吸の合った会話。
「ロナルド、通用口の監視と阻止を頼む。あいつらが本陣を抜けるような動きがあれば、即座に止めろ」
「了解。狙撃手をつけます。見張るだけじゃ足りない」
言葉少なに頷き合う彼らに、もう以前のわだかまりはなかった。
かつては裏切り者、かつては離反者。
それが今、同じ地図の上で同じ未来を描いている。
紫騎士団が迫るなか、砦の中に確かに一枚の強い意思が生まれていた。
この砦を守る。
それはここにいる誰かの居場所を守るということだ。
そして、夜が落ちる。
戦いの火ぶたが、静かに──切って落とされようとしていた。
———————
投稿は毎日21:30です。
リアクションやコメントいただけると嬉しいです♪
-——————
あなたにおすすめの小説
【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。
N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間
ファンタジーしてます。
攻めが出てくるのは中盤から。
結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。
表紙絵
⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101)
挿絵『0 琥』
⇨からさね 様 X (@karasane03)
挿絵『34 森』
⇨くすなし 様 X(@cuth_masi)
◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。
【完結】待って、待って!僕が好きなの貴方です!
N2O
BL
脳筋ゆえ不本意な塩対応を只今猛省中、ユキヒョウの獣人
×
箱入りゆえガードが甘い愛され体質な竜人
愛しい幼馴染が有象無象に狙われて、居ても立っても居られなくなっていく余裕のない攻めの話。
(安心してください、想像通り、期待通りの展開です)
Special thanks
illustration by みとし (X:@ibarakiniarazu)
※独自設定かつ、ふんわり設定です。
※素人作品です。
※保険としてR設定にしていますが、基本健全。ほぼない。
拾った異世界の子どもがどタイプ男子に育つなんて聞いてない。
おまめ
BL
召喚に巻き込まれ異世界から来た少年、ハルを成り行きで引き取ることになった男、ソラ。立派に親代わりを務めようとしていたのに、一緒に暮らしていくうちに少年がどタイプ男子になっちゃって困ってます。
✻✻✻
2026/01/10 『1.出会い』を分割し、後半部分を『2.引き取ります。』として公開しました。
あと一度だけでもいいから君に会いたい
藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。
いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。
もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。
※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件
碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。
状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。
「これ…俺、なのか?」
何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。
《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》
────────────
~お知らせ~
※第3話を少し修正しました。
※第5話を少し修正しました。
※第6話を少し修正しました。
※第11話を少し修正しました。
※第19話を少し修正しました。
※第22話を少し修正しました。
※第24話を少し修正しました。
※第25話を少し修正しました。
※第26話を少し修正しました。
※第31話を少し修正しました。
※第32話を少し修正しました。
※第33話を少し修正しました。
────────────
※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!!
※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。
【完結】第三王子は、自由に踊りたい。〜豹の獣人と、第一王子に言い寄られてますが、僕は一体どうすればいいでしょうか?〜
N2O
BL
気弱で不憫属性の第三王子が、二人の男から寵愛を受けるはなし。
表紙絵
⇨元素 様 X(@10loveeeyy)
※独自設定、ご都合主義です。
※ハーレム要素を予定しています。
最弱白魔導士(♂)ですが最強魔王の奥様になりました。
はやしかわともえ
BL
のんびり書いていきます。
2023.04.03
閲覧、お気に入り、栞、ありがとうございます。m(_ _)m
お待たせしています。
お待ちくださると幸いです。
2023.04.15
閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
更新頻度が遅く、申し訳ないです。
今月中には完結できたらと思っています。
2023.04.17
完結しました。
閲覧、栞、お気に入りありがとうございます!
すずり様にてこの物語の短編を0円配信しています。よろしければご覧下さい。