イトムシ    〜 幼少期〜

夜束牡牛

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粉屋7

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 三人の館士兵が死骸を囲んでいた。
 彼らは体をどかし、やって来るキイトを迎えると、明るい声を掛けてきた。

「来た来た、飛び入り参加のチビムシだ」
「あ! 君の事知っているよ! 前はもっと小さかったけど、大きくなったねぇ。や、年の割には小さい?」
「ってか、顔色が良くないなぁ、大丈夫か?」

 わいわいと声を掛けられるが、キイトの心は別にあった。
 改めて見た追放者の姿に、罪悪感とも、恐怖とも分からない感情が生まれてくる。
 駆けつけた時は、母に襲い掛かる生き物を見て必死だった。師に叩き込まれたままに体を動かし、計算するより先に、心臓が糸を紡いだ。あっという間だった。その結果が今、足元に転がっている死骸だ。

「……腹を裂いて、石を取り出します」

 自分でも情けないほど小さな声だった。

「えー、水守共に任せよぉぜ。根暗の得意分野だろ」
「そうだよ、やめときな。イトムシって手先が汚れるの嫌だろ?」
「ちと待ってろ。いくらイトムシでも、チビがやる事じゃねぇよ」

 わやわやと声をかけてくる館士兵に、キイトは背筋を正して答えた。

「師からの命です。イトムシの僕がやらせてもらいます」

 折しも、館士兵達が自然と口にした『イトムシ』の言葉が、キイトの弱った気持ちを奮い立たせてくれていた。

(そうだ。僕はイトムシで、ここは現場なんだ。……遊びじゃない、嫌じゃない。一人前のイトムシにならなきゃ)

 キイトは硬い地面に膝を付き、追放者の体へと手を伸ばした。
 光の無い黄色い目が空を見上げている。キイトは、そっとその目を閉じてやり、死を悼み手を合わせた。それにつられた館士兵たちも、同じように手を合わせ、互いに苦笑し、小さなイトムシを見下ろした。

「チビ、これを使え」

 館士兵が、黒石で出来た小刀を渡してきた。
 夜の生き物を、鉄で傷つけてはいけないのだ。体を分解し、楽園へ送るのは水館の仕事。その際、体に鉄傷を負わせていると、まじないが利き難くなってしまう。
 キイトは館士兵に礼を言い、刃先を死骸の腹へと当てた。指が震える。やはりやりたくない。

「小僧、日が暮れる。夕刻になればムシが騒ぎだす。さっさとしろ」

 遠くからの師の叱咤に、呆れる目の色が容易に想像できた。

(現場に勝手に来たのは僕だ。きちんと仕事をしなきゃ)

 キイトは覚悟を決めると、歯を喰いしばり刃先を差し入れた。
 
 ずぶりと肉に沈む小刀。息の漏れる音が聞こえ、突然、死んでいた追放者が体を起こそうと跳ね動いた。
 館士兵が身構えるよりも早く、キイトは倒れ込み、肘で追放者の首の骨を砕く。 
 しんと静まる中、荒い息づかいが聞こえる。キイトは、身を投げたままその音を聞いていると、自分の呼吸音だった。

(なんで? 生きていたの?)

 身を起こし、自分の頬に着いた血を触る。手元を見ると、体を倒した勢いで、小刀が追放者の腹を数十センチほど切り裂いていた。

「夜に常識は存在しない」

 不意に、低く穏やかな声が背後から掛けられた。
 振り返ると、見覚えのある大柄な男が立っていた。砂色の髪に、立派な館士服。
 館士兵たちが慌てて姿勢を正し、敬礼する。

「ワリオス館長、お疲れ様です」

 見上げるキイトに視線を合わせるため、ワリオス館長が隣へと身を落とした。
 それでも見上げる形は変わらない。キイトは穏やかなその目を仰いだ。
 ワリオス館長の声が、凄惨な場と、キイトの荒れた心を落ち着かせる。

「生き返ったのではない、眠っていたのだ。ムシは、痛みと苦しみをより長く与えるため、すぐには命を奪わない。それが追撃者、ムシだ。この追放者は眠りの中、その罰を受け続けていたのだろう。対するイトムシは、より早く、追放者を苦しみから解放し、楽園へと送る。キイトはいま、この追放者を罰から解放し、魂を楽園へと送ったのだ」

 名を呼ばれ、キイトは彼を思い出した。
 守護館のワリオス・アイコー館長。
 幼い頃、母に手を引かれ訪れていた守護館の中、どっしりと構え、膝に乗せてくれた、守護神のような存在。静かで穏やかな眼差しが、昔と変わらない。

「……ワリオス館長様」
「大きくなったな、キイト」

 黒い瞳で見上げるキイトに、ワリオスはピタリと視線を合わせ、励ますように強く頷いた。

「出来るか」
「はい」 

 キイトはそう返事をし、刺さったままの小刀に手を添えると、力を入れ、追放者の腹を裂きはじめた。
 首を砕いたからだろうか、それとも館長が見守っているからだろうか、指の震えは止まっていた。

 開いた場所から両手で、熱い泥に似た腹の中を探ると、思いがけず鮮やかな色が飛び込んできた。 
 赤、紫、黄。石は見つからない。

「下だ」

 ワリオスの指示に従い手を潜らせると、指に硬い物が当たった。手繰り、胃に似た臓腑に穴を開けて取り出すと、それは灰色の石だった。
 キイトがぼんやりと石を眺めていると、隣から腕が伸び、石を掴もうとした。
 キイトは慌てて身をよじり、ワリオスの手から石を離す。

「駄目です、手が汚れてしまいます」

 その言葉を聞き何に驚いたのか、ワリオスは目を丸くした後、初めて笑った。そして穏やかな笑顔のまま、大きな手で、飴玉を掴むように気軽く石を取り上げてしまう。

「もう汚れている」

 そう言い立ち上がると、空いている片手で、キイトの肩を強く叩き、労いの視線を向けた。

「よくやったキイト。これは私が届ける。後は水館がやってくれるだろう。おい、清めの水を持って来てやれ」

 固まっていた館士兵が走り出す。

「またな、キイト」

 『よくやった』労いの言葉がじんわりと広がっていき、キイトはじっと身を固くした。
 追放者から受けた悲しさと、人間から受けた温かさが混ざって、不思議な感じだ。
 考え込んでいる内に、ワリオスが大きな背を向け去っていく。キイトはそれに気付き、慌てて声を出した。

「館長様!ありがとうございますっ」

 とっさに出た言葉だが、ワリオスはひらひらと手を振り、答えてくれた。
 その手は、キイトと同じ、夜の生き物の血で汚れていた。
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