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粉屋8
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館長が去り、館士兵たちがほっと息を付いていると、追放者の亡骸を運ぶため、水守が二人寄って来た。
初めにキイトに声を掛けてくれた館士兵が、水守を迎える。
「お疲れさん、頼むよ。運べるか? 見た目よりけっこう重いぞ。手伝ってやろうか?」
「……」
対する水守は何も答えない。頭を動かす反応さえしなかった。
水守は皆、ローブの所為で、性別、年齢の判断が出来ない。表情は深く被ったフードで見えず、口元が影に浮かぶ程度。その上、彼らはいつも極端に無口なのだ。
答えない水守に苛立ち、小刀を貸してくれた館士兵が舌打ちをする。
「おい、親切で聞いてやってんだ、何かしゃべれや」
「……」
キイトは大人たちのやり取りを聞きながら、糸輪から糸を抜き、追放者の胴を巻き締め、傷口が開かぬように括った。
(鉄の針しかないや、ナナフシに頼めば、黒石で針を作ってもらえるかな)
走り去った館士兵が、水桶を抱え戻って来た。
「はいよチビムシ、使って。うお、大変、血だらけー」
「ありがとうございます」
キイトは水桶の礼を言い、借りた小刀をそこに浸した。それを見て館士兵が呆れたように言う。
「そっちじゃねぇよ、ほら、手」
「手?あ……」
キイトは館士兵に肘を掴まれ、水の中でじゃぶじゃぶと洗われた。水桶の中が赤く染まっていく。
「小僧!」
「っはい」
師の鋭い声が刺さる。
キイトは急いで館士兵の手から逃れると、水桶の底から小刀を出し、服で拭った。そして、水守と睨み合っている二人の館士兵の内、小刀を貸してくれた方に、両手で差し出し、さっと頭を下げる。
「助かりました、ありがとうございます」
「おう、何て事ねぇよ。そのうち専用のが貰えるからな」
館士兵がまたもキイトの動作につられ、両手で小刀を受け取った。続いてキイトは、水守を見上げると、こちらにもきちんと頭を下げた。
「体、よろしくお願いします」
「お任せください」
キイトの言葉に、水守のフードの中から、思いがけず若い女の声が返ってきた。
キイトは最後に一同に礼をし、師の元へ走って戻った。
その後ろで、イトムシを見送るのも忘れ、三人の館士兵は水守をじっと見つめていた。
「喋れるじゃねぇか」
「イトムシ贔屓か、この野郎」
「野郎じゃねぇなぁこのヤロウ!」
「……」
「おいっ」
二人の水守は黙ったまま、追放者の体を解体しはじめた。
○○○○○
キイトは師に続き粉屋へと入った。
割れた大窓の下に、点々と赤い血の跡が残っている。
頬に視線を感じ、見ると、館士兵が慌てキイトから目を逸らした。逸らされた目と、顔に浮かぶ明らかな嫌悪。
キイトは、初対面の人間からの拒絶に驚き、そして傷付いた。その後も何人かの館士兵は、若いイトムシを見ては、何とも言えぬ顔で目を背けていく。
何故、遠巻きにされるのか、キイト自身は訳も分からず、見当もつかない。仕方なく、極力気にしないようにして、師の背だけを見続けた。
「小僧、これがムシだ。いまはヒノデが作った『封じ糸』で止めてある」
キイトは、壁に広がる赤いシミを見た。先ほど腕を這ってきた赤色だ。
シミは上に被さる、編み込まれた糸に捉えられている。糸は仄かに煌めき、赤い花に掛かった、雨上がりの蜘蛛の巣のようで美しい。
「ムシは様々な形をもつ。そして、淡いに出た追放者を追い、罰を与える。ムシより先に追放者を送れ。事が済んだ後は、ほうっておけ。ムシは自身の世界へ勝手に帰る。時には追放者の体を伝い、戻る時もある」
説明を聞きながらも、キイトは師の右腕の赤い糸を狙っていた。
師の傍へと寄り、壁に触れる装いで手を伸ばし、指をさっと動かす――
「痛っ」
「馬鹿者。指の動きが不自然だ」
赤い糸に触れる直前に腕を掴まれ、肩を固められた。キイトを絞めあげつつ、小石丸が冷たく続ける。
「あのムシは、お前が湧かせたのではない。五本足の血を辿り、お前の足元に出たまでの事。お前なんぞに操れん」
肩を軋ませる痛みに汗が噴き出る。キイトが肩を外される覚悟した時、師の体が離れた。
キイトはすかさず距離を取り、肩を抑える。そして、後悔したように下を向いた。
「下手な芝居はやめろ。もう一度仕掛けるつもりなら、接近したままやれ」
「……」
すぐに見破られた。
キイトは顔を上げ、師と視線を合わせた。夜の目同士がぶつかった。
若さが水面に輝く、黒く、深みの知れない夜の湖。そして、それを飲み込まんばかりの黒は、年月を重ね、何かが潜む黒い夜の沼。
ちりちりと、視線が重なり擦れる音が聞こえるようだ。
小屋の中で、館士兵たちが息を潜め、イトムシ同士の視線の攻防を見守る。先に瞼が閉じられたのは、夜の湖。キイトの目だった。
キイトは下を向き、噴き出た額の汗を拭った。小石丸は何事も無かったように、再びムシへと向き直る。
「組み方を真似、本糸で止め置いておけ」
「はい、小石丸様……」
小石丸はキイトに背を向けた。視線を通さずとも、拒絶を示す冷たい声が言った。
「お前は弱い」
「……」
小石丸はそう言い捨てると、一人、出口へと向かった。
初めにキイトに声を掛けてくれた館士兵が、水守を迎える。
「お疲れさん、頼むよ。運べるか? 見た目よりけっこう重いぞ。手伝ってやろうか?」
「……」
対する水守は何も答えない。頭を動かす反応さえしなかった。
水守は皆、ローブの所為で、性別、年齢の判断が出来ない。表情は深く被ったフードで見えず、口元が影に浮かぶ程度。その上、彼らはいつも極端に無口なのだ。
答えない水守に苛立ち、小刀を貸してくれた館士兵が舌打ちをする。
「おい、親切で聞いてやってんだ、何かしゃべれや」
「……」
キイトは大人たちのやり取りを聞きながら、糸輪から糸を抜き、追放者の胴を巻き締め、傷口が開かぬように括った。
(鉄の針しかないや、ナナフシに頼めば、黒石で針を作ってもらえるかな)
走り去った館士兵が、水桶を抱え戻って来た。
「はいよチビムシ、使って。うお、大変、血だらけー」
「ありがとうございます」
キイトは水桶の礼を言い、借りた小刀をそこに浸した。それを見て館士兵が呆れたように言う。
「そっちじゃねぇよ、ほら、手」
「手?あ……」
キイトは館士兵に肘を掴まれ、水の中でじゃぶじゃぶと洗われた。水桶の中が赤く染まっていく。
「小僧!」
「っはい」
師の鋭い声が刺さる。
キイトは急いで館士兵の手から逃れると、水桶の底から小刀を出し、服で拭った。そして、水守と睨み合っている二人の館士兵の内、小刀を貸してくれた方に、両手で差し出し、さっと頭を下げる。
「助かりました、ありがとうございます」
「おう、何て事ねぇよ。そのうち専用のが貰えるからな」
館士兵がまたもキイトの動作につられ、両手で小刀を受け取った。続いてキイトは、水守を見上げると、こちらにもきちんと頭を下げた。
「体、よろしくお願いします」
「お任せください」
キイトの言葉に、水守のフードの中から、思いがけず若い女の声が返ってきた。
キイトは最後に一同に礼をし、師の元へ走って戻った。
その後ろで、イトムシを見送るのも忘れ、三人の館士兵は水守をじっと見つめていた。
「喋れるじゃねぇか」
「イトムシ贔屓か、この野郎」
「野郎じゃねぇなぁこのヤロウ!」
「……」
「おいっ」
二人の水守は黙ったまま、追放者の体を解体しはじめた。
○○○○○
キイトは師に続き粉屋へと入った。
割れた大窓の下に、点々と赤い血の跡が残っている。
頬に視線を感じ、見ると、館士兵が慌てキイトから目を逸らした。逸らされた目と、顔に浮かぶ明らかな嫌悪。
キイトは、初対面の人間からの拒絶に驚き、そして傷付いた。その後も何人かの館士兵は、若いイトムシを見ては、何とも言えぬ顔で目を背けていく。
何故、遠巻きにされるのか、キイト自身は訳も分からず、見当もつかない。仕方なく、極力気にしないようにして、師の背だけを見続けた。
「小僧、これがムシだ。いまはヒノデが作った『封じ糸』で止めてある」
キイトは、壁に広がる赤いシミを見た。先ほど腕を這ってきた赤色だ。
シミは上に被さる、編み込まれた糸に捉えられている。糸は仄かに煌めき、赤い花に掛かった、雨上がりの蜘蛛の巣のようで美しい。
「ムシは様々な形をもつ。そして、淡いに出た追放者を追い、罰を与える。ムシより先に追放者を送れ。事が済んだ後は、ほうっておけ。ムシは自身の世界へ勝手に帰る。時には追放者の体を伝い、戻る時もある」
説明を聞きながらも、キイトは師の右腕の赤い糸を狙っていた。
師の傍へと寄り、壁に触れる装いで手を伸ばし、指をさっと動かす――
「痛っ」
「馬鹿者。指の動きが不自然だ」
赤い糸に触れる直前に腕を掴まれ、肩を固められた。キイトを絞めあげつつ、小石丸が冷たく続ける。
「あのムシは、お前が湧かせたのではない。五本足の血を辿り、お前の足元に出たまでの事。お前なんぞに操れん」
肩を軋ませる痛みに汗が噴き出る。キイトが肩を外される覚悟した時、師の体が離れた。
キイトはすかさず距離を取り、肩を抑える。そして、後悔したように下を向いた。
「下手な芝居はやめろ。もう一度仕掛けるつもりなら、接近したままやれ」
「……」
すぐに見破られた。
キイトは顔を上げ、師と視線を合わせた。夜の目同士がぶつかった。
若さが水面に輝く、黒く、深みの知れない夜の湖。そして、それを飲み込まんばかりの黒は、年月を重ね、何かが潜む黒い夜の沼。
ちりちりと、視線が重なり擦れる音が聞こえるようだ。
小屋の中で、館士兵たちが息を潜め、イトムシ同士の視線の攻防を見守る。先に瞼が閉じられたのは、夜の湖。キイトの目だった。
キイトは下を向き、噴き出た額の汗を拭った。小石丸は何事も無かったように、再びムシへと向き直る。
「組み方を真似、本糸で止め置いておけ」
「はい、小石丸様……」
小石丸はキイトに背を向けた。視線を通さずとも、拒絶を示す冷たい声が言った。
「お前は弱い」
「……」
小石丸はそう言い捨てると、一人、出口へと向かった。
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