54 / 119
粉屋7
しおりを挟む三人の館士兵が死骸を囲んでいた。
彼らは体をどかし、やって来るキイトを迎えると、明るい声を掛けてきた。
「来た来た、飛び入り参加のチビムシだ」
「あ! 君の事知っているよ! 前はもっと小さかったけど、大きくなったねぇ。や、年の割には小さい?」
「ってか、顔色が良くないなぁ、大丈夫か?」
わいわいと声を掛けられるが、キイトの心は別にあった。
改めて見た追放者の姿に、罪悪感とも、恐怖とも分からない感情が生まれてくる。
駆けつけた時は、母に襲い掛かる生き物を見て必死だった。師に叩き込まれたままに体を動かし、計算するより先に、心臓が糸を紡いだ。あっという間だった。その結果が今、足元に転がっている死骸だ。
「……腹を裂いて、石を取り出します」
自分でも情けないほど小さな声だった。
「えー、水守共に任せよぉぜ。根暗の得意分野だろ」
「そうだよ、やめときな。イトムシって手先が汚れるの嫌だろ?」
「ちと待ってろ。いくらイトムシでも、チビがやる事じゃねぇよ」
わやわやと声をかけてくる館士兵に、キイトは背筋を正して答えた。
「師からの命です。イトムシの僕がやらせてもらいます」
折しも、館士兵達が自然と口にした『イトムシ』の言葉が、キイトの弱った気持ちを奮い立たせてくれていた。
(そうだ。僕はイトムシで、ここは現場なんだ。……遊びじゃない、嫌じゃない。一人前のイトムシにならなきゃ)
キイトは硬い地面に膝を付き、追放者の体へと手を伸ばした。
光の無い黄色い目が空を見上げている。キイトは、そっとその目を閉じてやり、死を悼み手を合わせた。それにつられた館士兵たちも、同じように手を合わせ、互いに苦笑し、小さなイトムシを見下ろした。
「チビ、これを使え」
館士兵が、黒石で出来た小刀を渡してきた。
夜の生き物を、鉄で傷つけてはいけないのだ。体を分解し、楽園へ送るのは水館の仕事。その際、体に鉄傷を負わせていると、呪いが利き難くなってしまう。
キイトは館士兵に礼を言い、刃先を死骸の腹へと当てた。指が震える。やはりやりたくない。
「小僧、日が暮れる。夕刻になればムシが騒ぎだす。さっさとしろ」
遠くからの師の叱咤に、呆れる目の色が容易に想像できた。
(現場に勝手に来たのは僕だ。きちんと仕事をしなきゃ)
キイトは覚悟を決めると、歯を喰いしばり刃先を差し入れた。
ずぶりと肉に沈む小刀。息の漏れる音が聞こえ、突然、死んでいた追放者が体を起こそうと跳ね動いた。
館士兵が身構えるよりも早く、キイトは倒れ込み、肘で追放者の首の骨を砕く。
しんと静まる中、荒い息づかいが聞こえる。キイトは、身を投げたままその音を聞いていると、自分の呼吸音だった。
(なんで? 生きていたの?)
身を起こし、自分の頬に着いた血を触る。手元を見ると、体を倒した勢いで、小刀が追放者の腹を数十センチほど切り裂いていた。
「夜に常識は存在しない」
不意に、低く穏やかな声が背後から掛けられた。
振り返ると、見覚えのある大柄な男が立っていた。砂色の髪に、立派な館士服。
館士兵たちが慌てて姿勢を正し、敬礼する。
「ワリオス館長、お疲れ様です」
見上げるキイトに視線を合わせるため、ワリオス館長が隣へと身を落とした。
それでも見上げる形は変わらない。キイトは穏やかなその目を仰いだ。
ワリオス館長の声が、凄惨な場と、キイトの荒れた心を落ち着かせる。
「生き返ったのではない、眠っていたのだ。ムシは、痛みと苦しみをより長く与えるため、すぐには命を奪わない。それが追撃者、ムシだ。この追放者は眠りの中、その罰を受け続けていたのだろう。対するイトムシは、より早く、追放者を苦しみから解放し、楽園へと送る。キイトはいま、この追放者を罰から解放し、魂を楽園へと送ったのだ」
名を呼ばれ、キイトは彼を思い出した。
守護館のワリオス・アイコー館長。
幼い頃、母に手を引かれ訪れていた守護館の中、どっしりと構え、膝に乗せてくれた、守護神のような存在。静かで穏やかな眼差しが、昔と変わらない。
「……ワリオス館長様」
「大きくなったな、キイト」
黒い瞳で見上げるキイトに、ワリオスはピタリと視線を合わせ、励ますように強く頷いた。
「出来るか」
「はい」
キイトはそう返事をし、刺さったままの小刀に手を添えると、力を入れ、追放者の腹を裂きはじめた。
首を砕いたからだろうか、それとも館長が見守っているからだろうか、指の震えは止まっていた。
開いた場所から両手で、熱い泥に似た腹の中を探ると、思いがけず鮮やかな色が飛び込んできた。
赤、紫、黄。石は見つからない。
「下だ」
ワリオスの指示に従い手を潜らせると、指に硬い物が当たった。手繰り、胃に似た臓腑に穴を開けて取り出すと、それは灰色の石だった。
キイトがぼんやりと石を眺めていると、隣から腕が伸び、石を掴もうとした。
キイトは慌てて身をよじり、ワリオスの手から石を離す。
「駄目です、手が汚れてしまいます」
その言葉を聞き何に驚いたのか、ワリオスは目を丸くした後、初めて笑った。そして穏やかな笑顔のまま、大きな手で、飴玉を掴むように気軽く石を取り上げてしまう。
「もう汚れている」
そう言い立ち上がると、空いている片手で、キイトの肩を強く叩き、労いの視線を向けた。
「よくやったキイト。これは私が届ける。後は水館がやってくれるだろう。おい、清めの水を持って来てやれ」
固まっていた館士兵が走り出す。
「またな、キイト」
『よくやった』労いの言葉がじんわりと広がっていき、キイトはじっと身を固くした。
追放者から受けた悲しさと、人間から受けた温かさが混ざって、不思議な感じだ。
考え込んでいる内に、ワリオスが大きな背を向け去っていく。キイトはそれに気付き、慌てて声を出した。
「館長様!ありがとうございますっ」
とっさに出た言葉だが、ワリオスはひらひらと手を振り、答えてくれた。
その手は、キイトと同じ、夜の生き物の血で汚れていた。
0
あなたにおすすめの小説
完 弱虫のたたかい方 (番外編更新済み!!)
水鳥楓椛
恋愛
「お姉様、コレちょーだい」
無邪気な笑顔でオネガイする天使の皮を被った義妹のラテに、大好きなお人形も、ぬいぐるみも、おもちゃも、ドレスも、アクセサリーも、何もかもを譲って来た。
ラテの後ろでモカのことを蛇のような視線で睨みつける継母カプチーノの手前、譲らないなんていう選択肢なんて存在しなかった。
だからこそ、モカは今日も微笑んだ言う。
「———えぇ、いいわよ」
たとえ彼女が持っているものが愛しの婚約者であったとしても———、
氷雨と猫と君〖完結〗
カシューナッツ
恋愛
彼とは長年付き合っていた。もうすぐ薬指に指輪をはめると思っていたけれど、久しぶりに呼び出された寒い日、思いもしないことを言われ、季節外れの寒波の中、帰途につく。
後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜
二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。
そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。
その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。
どうも美華には不思議な力があるようで…?
死ぬ瞬間にだけ、愛してほしい
しょくぱん
恋愛
「代わって。死なない程度に、ね?」
異母姉リリアーヌの言葉一つで、エルゼの体は今日もボロボロに削られていく。
エルゼの魔法は、相手の傷と寿命を自らに引き受ける「禁忌の治癒」。
その力で救い続けてきたのは、初恋の人であり、姉の婚約者となった王太子アルベルトだった。
自分が傷つくほど、彼は姉を愛し、自分には冷ややかな視線を向ける。
それでもいい。彼の剣が折れぬなら、この命、一滴残らず捧げよう。
だが、エルゼの寿命は残りわずか。
せめて、この灯火が消える瞬間だけは。
偽りの聖女ではなく、醜く焼けた私を、愛してほしい。
【完結】メルティは諦めない~立派なレディになったなら
すみ 小桜(sumitan)
恋愛
レドゼンツ伯爵家の次女メルティは、水面に映る未来を見る(予言)事ができた。ある日、父親が事故に遭う事を知りそれを止めた事によって、聖女となり第二王子と婚約する事になるが、なぜか姉であるクラリサがそれらを手にする事に――。51話で完結です。
妹のために愛の無い結婚をすることになりました
バンブー竹田
恋愛
「エミリー、君との婚約は破棄することに決まった」
愛するラルフからの唐突な通告に私は言葉を失ってしまった。
婚約が破棄されたことはもちろんショックだけど、それだけじゃない。
私とラルフの結婚は妹のシエルの命がかかったものでもあったから・・・。
落ちこむ私のもとに『アレン』という大金持ちの平民からの縁談が舞い込んできた。
思い悩んだ末、私は会ったこともない殿方と結婚することに決めた。
孤児が皇后陛下と呼ばれるまで
香月みまり
ファンタジー
母を亡くして天涯孤独となり、王都へ向かう苓。
目的のために王都へ向かう孤児の青年、周と陸
3人の出会いは世界を巻き込む波乱の序章だった。
「後宮の棘」のスピンオフですが、読んだことのない方でも楽しんでいただけるように書かせていただいております。
婚約破棄されたはずなのに、溺愛が止まりません!~断罪された令嬢は第二の人生で真実の愛を手に入れる~
sika
恋愛
社交界で名高い公爵令嬢・アイリスは、婚約者である王太子に冤罪をでっち上げられ、婚約破棄と同時にすべてを失った。
誰も信じられず国外に逃れた彼女は、名を偽り辺境の地で静かに生きるはずだった――が、そこで出会った青年将軍が、彼女に異常なまでの執着と愛を向け始める。
やがて明らかになる陰謀の真相、そして王都から彼女を探す“元婚約者”の焦燥。
過去を乗り越え、愛を選ぶ彼女の物語は、痛快な逆転劇と甘く濃密な溺愛とともに幕を開ける。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる