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ナナフシ2
しおりを挟む去って行く足音を聞き届け、キイトはまるい月を見上げた。
ベッドへと戻り横になるが、目が冴えて眠れない。
赤い糸を糸輪へと組み込みながら、ナナフシの言葉を思い出した。
『最初から全部、まわりに決められちまっているって、どうよ?』
(僕は、イトムシ。他の者になんかなりたくない。小石丸様の所で強くなれば、母さんと同じ現場に立てる。母さんが怪我をしないですむ。だから絶対、強いイトムシになるんだ)
この三年間、ただひたすらに思い続けていた未来を胸に、そっと手を合わせ、キイトはイトムシの主神である、夜の奥方に祈りを捧げた。
「尊き夜の奥方さま。母さんの怪我を癒して下さい。どうか早く痛みを取って下さい。忙しく無かったら、小石丸様のもお願いします。全ての夜を貴女に」
部屋中に、庭の木の薄青い影が映されていた。
影は、夏夜の弱い風に揺られ、水底のように揺蕩う。
眠っていたキイトは不思議な気配を感じ、目を開いた。
身を起こし、薄暗い部屋を見回す。何かがいつもと違う。
立ち上がろうとしたその時、手元の白いシーツの上に、ヒョロリと小さな影が現れた。
影の大きさは蜥蜴ほどしかない。手を伸ばし、戯れに影を掌へ映そうとすると、まるで溶けるように影は消えてしまった。
ふわり。今度は丸い影が浮かび、見つめるとやはり溶け消えてしまう。
「……」
満ちる気配に、もう一度部屋を見回すと、どう言うことだろう。いつの間にか、部屋中に不思議な影が浮かび上がり、賑やかな世界へと変化していた。
不思議な影は飛んだり跳ねたり、消えたかと思えば、より大きくなって現れた。
壁を伝い、家具を上がり、引き出しの上を這う青い影。木の影はそれよりも濃く、それらを遊ばせるように、ゆっくりと揺れている。
(追放者? 違う。追放者ならば、昼に追放されるはずだ)
キイトの胸が高鳴る。ふと、窓の外を見ると、庭にも変化があった。
人間には分からない変化だが、彼はそれを全身で感じ、開いた窓へと駆け寄った。部屋の影たちもイトムシについて行き、ざぁっと流れ追いかけてゆく。
(これは水の匂い。御加水が空気になったみたいに、庭中にいっぱいだ。凄い!)
キイトは窓を飛び越え、裸足のまま、夜の庭へと飛び出した。
キイトのあとを付いてきた影たちが、散らばり跳ねては、声にならない歓喜を上げている。月明かりの庭で、キイトも、幸せで満ち足りた気持ちになり、声をあげ笑っていた。
賑やかな影たちはキイトを誘い、庭へと面した茂みへと集まり出した。
茂みの奥は、何の変哲もない緑地へと続いているはずだが、影に誘われ茂みの前に立つと、そこは、不思議な奥行きを感じさせた。まるで、奥深い森の入口に立ったように、二度と戻れないような、甘い不安と秘密の香りがする。
影たちが、さわさわと茂みの中へと入って行く。
キイトもゆっくりと足を踏み出した。
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