イトムシ    〜 幼少期〜

夜束牡牛

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ナナフシ

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○○○○○

 柔らかい眠りの中、窓を叩く音でキイトは目を覚ました。
 一階庭に面した部屋で、寝起きをするようになり、初めての夜は、木々の影が恐ろしく泣いたこともあったが、それもいまは慣れたものだ。
 キイトは起き上がり、友人の影が待つ窓へと向かうと、鍵を開けた。

「ごめんナナフシ。なんだかよく寝ちゃって」

 そう言いながら、窓の外に立つ友人が入れるように、身を引いた。しかしナナフシは声を潜め、窓枠に肘を置くだけだ。

「初めての送りで疲れてんだろ、すぐ帰る。これを届けに来た、ほらよ」

 ナナフシは手に握っていた物を差し出した。昼間に小石丸から盗んだ糸だ。青白い月明かりに、くっきりと赤が浮かび上がる。
 キイトは思わず歓声を上げ、慌てて声を潜めた。

「凄いやナナフシ! 小石丸様、それの事を言い出さないからさ、今回だけは楽園に免じて、許してくれたのかと思たんだ」
「小石丸様なんて呼ぶな、じじぃでいいんだよ。じじぃ。うへぇ、その腕痛そうだな」

 差し出された剥き出しの両腕を見て、ナナフシが顔をしかめる。そこには、手の甲と肘との間に、黒と紫それに橙の混ざった、新しい痣が浮かんでいた。
 キイトは腕を返し、痣をまじまじと眺めた。

「昼間、石を受けたやつかな。全然痛くないから気が付かなかった」
「目玉みたいでかっこいいぞ」
「馬鹿にしやがって」

 ナナフシの乱暴な口調を真似て言うと、友人は「似合わねぇ」と笑った。そして窓から一歩下がり、ポケットへと手を突っ込む。
 月明かりの下で、ナナフシの目が、弾ける前の木の実になる。

「キイト、お前は追放者を送った。もう本物のイトムシだ、おめでとう」

 ナナフシとキイトの視線が重なる。

「だから、昼間の答えを教えてやるよ。ほら、大葉川でさ、教育館を出たらって話。……俺は、この国を出るんだ」

 キイトの心臓が驚き跳ね、言葉を忘れた。

(この国を出る? 何で? もう会えないの?)

「俺ら教育館出身は、守護館に仕え、国に恩を返すのが当たり前だ。俺それが嫌でさ。まぁ、すぐにって訳じゃねぇけど……。金がたまって、チビたちにもうちょい世間を教えたらかな」

 窓枠を挟んでの、友人との距離がひどく遠い。
 たった一人の友達、親友のナナフシ。

「本当、お前とは正反対だな。別に、国に仕えるお前を悪くは思わないさ、でもよ、最初から全部、まわりに決められちまっているって、どうよ?」

 ナナフシが挑むような言葉を、寂しそうな目でキイトに問いかけて来る。
 キイトは言葉が見つからず、自分の心臓へと手を当てた。戸惑い、開かれた目だけが、ナナフシへと届く。
 ナナフシは視線を下げ、爪先で土を弄った。

「ま、別に。俺には関係ねぇけどさ」
「やっぱ、盗賊?」

 ナナフシが驚き顔を上げる。そこには、真剣に視線を合わせて来るイトムシ。窓枠から身を乗り出し、黒い目に月の光が差し込む。

「盗賊でも、人を傷つけちゃ駄目だ。人間は数が多いから、すぐに喧嘩するんだろ? だからって、互いに傷つけ合うのは良くないなって、いつも思っていたんだ。せっかく仲間の多い種族なのに。暴力は反対」

 それに君たち怪我の治り遅いし、と、キイトが心配そうに呟く。ナナフシは呆れたように笑い、素早く窓辺へ寄ると、キイトの額を弾いた。

「そんなに俺を盗賊にしたいのか、頑固者」
「だって、よく盗みの練習をしているじゃないか。僕の希望は、人に怪我させない盗賊がいいな」
「うん。じゃ、義賊って奴だな」
「あっ、料理人も良いね! ナナフシが選んだ食べ物は、全部美味しい」
「だろ? 俺、舌には自信があるんだ」

 悲しそうな目の色を払いのけ、けらけらと笑うナナフシを、キイトは眩しそうに見た。

「何だってなれるね。ナナフシ。僕も、この国の立派なイトムシになるんだ」

 イトムシの不思議な目は、夜になりますます深く澄んでいる。
 イトムシは、目を見て嘘をつかない。心情を表す目が、全てを伝えてしまうから。
 ナナフシはキイトの目を見て言った。

「……そうだな。お前は、これから立派なイトムシになるんだ。キイトにはキイトの生き方があるもんな。……さぁて! 長居しちまったな」

 そう言うが早いか、ナナフシは身を返し「じゃ。良い夜を」と、夜の庭を去って行ってしまった。
 耳を澄ませていると、彼を待っていたもう一人の声が聞こえ、何やら言い合った後、通りへと去って行った。
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