イトムシ    〜 幼少期〜

夜束牡牛

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指の傷7

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 ヌーはそう言うと、を直視しないための目鏡を外した。

「確かに、『僕の目も見られないくせに』は、許せませんね。もちろん、私自身を許せない、と言う意味です。ですので、友達としての自信をつけたいと思います」
「友達としての自信?」
「はい。どうか、夜の目を覗かせてください」
「……」

 ヌーはそう言うと裸目のままで、キイトの夜の目と視線を合わせた。目元の筋肉が緊張し、心がざわついたが、ヌーは目を逸らさない。
 眼鏡を通さない琥珀色が、ひと際明るく、キイトは眩しそうに瞬きをした。

(どこまでも真面目で面白い……僕の友達)

 その人ヌーの目は、柔らかく暖かかった。
 イトムシキイトには無い瞳の色味が、はじめて硝子越しではなく訪れる。
 夜を照らす、ランプの灯り。
 
(暖かい。ヌーの手の暖かさは、この灯りだったんだ)

 夜の湖。その豊かで暗い水面みなもに、琥珀色の灯りが飲み込まれ、きらきらと反射する。
 キイトは笑顔を浮かべた。

「ヌゥ、目を見てくれてありがとう。初めて君のことがわかった気がする」

 そう言うと、キイトはヌーに向かい、両手をそろえて差し出した。
 ヌーの目が丸くなる。

(イトムシが、手を? 人間の私に?)

 イトムシの指。その指は、糸紡ぎのために、口元へと運ぶ手と一緒で、常に清潔でありたいと神経質に管理される。
 また、同族と意思疎通を図るアイコンタクト以外のハンドサインも多くあるように、手と指は、イトムシにとって重要視される部位だった。
 それが、無防備に人へと差し出された。
 ヌーは、イトムシ付きの職務で得た知識を、ぐるぐると頭の中で巡らせた。

(いいのだろうか……キイト様を不愉快な気持ちにさせてしまわないだろうか。と言うか、無理をなさっているんじゃ……)

 差し出された両手を見つめ、確認するために、キイトの目をもう一度見る。

 キイトから瞬きを送られた。
 
 イトムシの瞬きが表す意味は知っていた。『同意』や『了承』、『許し』の合図。

(ありがとうございます)

 ヌーは視線をそらさずに、自分の手を包帯の巻かれた手へと置いた。
 そっと指を包むように、握る。
 キイトの目が細められた。
 夜が琥珀を捕え、自身の深みを見せる。 

(あ、しずめられる……)

 ヌーは、初めて招かれたイトムシの夜に、一瞬、自分人間の世界を忘れた。

 喧騒じみたまわりの音が消えたのに、静かなそこは豊かで、形をなくした自分が、ひんやりとした水の中を揺蕩う。
 沈められるとはまったく反対の、心が満ちる夜の湖。
 ヌーはその世界で、ひとつ、イトムシを理解した。

(あぁそうか。『しずめられる』は、『しずめられる』なんだ)

 理解の色を示すヌーへと、キイトが嬉しそうに言った。

「ヌゥは、手も目もあったかい」
「キイト様は、目も、指も、とても涼やかです」

 キイトが捕えたヌーの視線を逃がしてやると、世界の喧騒が戻って来る。ヌーもまた、ゆっくりとキイトの手を放した。

 キイトは、離された手をぎゅっと握り、自身の胸へと持って行った。

「人間の大人に、こんなに見つめてもらったのははじめて! ヌゥ、僕たちは友達だ」

 キイトはそう言うと、嬉しそうに片手を伸ばし、糸を絡める仕草をした。ヌーも笑いながら、それを真似る。

「ヌゥ、これは解けない糸の結び方。約束より、もっともっと強い印だよ」
「これは難しい、私の指はそんなに器用に動きません。……三時間頂けますか? 完璧にしますので。おっと、失礼。目鏡に度を入れていたので」

 そろって歩き出した途端に、ヌーがつまずいた。

「いいよ、目鏡して。仲直りしたもの」

 ヌーは有難く目鏡をかけた。それを見届けてから、キイトが悪気なく言った。

「目鏡していないと、なんだかヌゥっぽくないもの」
「もとの私は、眼鏡をかけていないんですが」
「それじゃあ、僕のヌゥじゃない。眼鏡をかけてないヌゥは偽物」
「偽物ですか……」
「僕の専従だから、いつも眼鏡をかけないとダメだ。ヌゥ」
「……」

 それを聞いたヌーは口をへの字に曲げると、手を伸ばし、くんっと軽くキイトの髪を引っ張った。

 宮では『素直』と評される小さいイトムシだが、どうやら評価点が低いらしい。友達になったばかりの小さいイトムシは、少年らしいワガママも備えている。
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