イトムシ    〜 幼少期〜

夜束牡牛

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守護館の食堂

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○○○○○

 守護館の食堂。
 その賑やかと言うには度を超える喧騒の中、キイトは品の良い人形のように、大人しく座っていた。
 
 守護館に通って半月ほどが過ぎたが、昼食時の食堂には、いまだ驚かせられる。

 交代勤務だろうと、昼食時に現れる館士兵かんしへいの数は多い。
 その一人ひとりが、個性的な髪や目を引く立ち居振る舞いをするので、規律正しい宮守みやもり達に馴染んでいたキイトは、視覚の賑やかさに圧倒されていた。

 そして、そんな行きかう館士兵達に、キイトは視線を迷子にする事がしょっちゅうあった。
 それはを知ってから、人間に配慮をした結果でもあった。
 イトムシの目に、おくさず目を合わせて来る者には律儀に合わせ、反対に、注意深くキイトから視線を外す者からは、こちらからも視線を外し、敵意が無い事を幼いながらも示した。
 これが中々難しい。

 それがあったとしても、食堂の喧騒はキイトにとって愉快なものだった。

 館士兵達が怒鳴り合っているのかと思えば、それは『会話』で、胸倉を掴み合っているので喧嘩かと思えば、『打ち合わせ』だと言われた。
 いまだ判断に困るが、それらの喧騒はけして不快ではなかった。



 広い食堂にずらりと並ぶ長テーブル。その上に置かれた昼食は、肉類が多く、食器は全て木製だ。
 キイトは昼食を前にし、隣に座る菊の説明を受けていた。

「いいかキイト、これをこうしてこうだ!」

 菊が、皿に盛られた肉と野菜を、白米の上へと乗せる。

「さらに、こうだ」

 そこへ汁物の椀から、熱いみそ汁をかけていく。

「で、がーっと食う。わかったか!」

 菊が大きな顔をキイトに寄せ、笑った。
 闘犬の笑みは、子犬に向けられるように頼もしい。
 キイトもまたそれに答えるように、真っ直ぐに菊の目を見た。

「はいっ」
「おっと! キイトそうじゃねぇぞ」
「……?」

 キイトは、まわりの喧騒に負けじと返事をしたが、菊に「違う違う」と首を振られた。
 菊が強面こわおもての顔に、真剣な表情を浮かべる。

「いいか、男の返事は気合を入れて、……『おう』っ! だ」
「……おう?」
「なっちゃいねぇなぁ! もっとこう、腹に力を入れて……おぉうっ!」

 キイトは下腹に力を込め、菊を真似てみる。

「おう!」
「いいぞ! それでこそ守護館の男だ!」
「おぉう!」

 どことなく、幼い犬風情の呼応が響く。
 そんなやり取りを、正面で聞いていたイチヤがけらけらと笑った。

「なになに? 子犬が迷い込んだのかな?」

 さらにイチヤは、笑いながら片肘をつき、箸をカチカチと鳴らしてみせる。

「菊さん。キイト君を守護館風にしちゃだめって、深山みやま様に言われてなかったっけ?」
「だったか? アイツの言うことなんざ、いちいち覚えてねぇよ」
「ありゃま。まぁた、ヤモリンと喧嘩かなぁ」

 イチヤはへらりと笑い、はしで菊とキイトを交互に指し、少し遠くのワッカを呼んだ。

「ワの字のねーさん! 菊さんがキイト君に悪い事教え始めたよー」
「っ! いいじゃねぇかー。宮風みやふうなイトムシなんざ迫力に欠ける。だろ? キイト」
「……」
 
 菊が歯を見せて笑った。
 キイトは箸を取ると、ワッカを呼ぶイチヤを真似て、箸でイチヤと彼の皿を交互に指した。ついでに片肘もついてみる。

「菊、イチヤはお皿のうえ、別々だよ。いいの?」
「あぁ、こいつは食うの遅ぇからなぁ。この飛びきり美味い食い方すると、飯がふやけちまうんだよ」
「それは残念だね」
「だろ? その上、猫舌ねこじたと来やがる! 飯はかっらってこそだってのによぉ」

 キイトは少しだけ首を傾げた。

「ねこじた」

 意味を知らずに不思議そうに繰り返すと、イチヤが「に゛ゃあ」っと鳴いた。高く結った金髪が、猫の尾のように左右に揺らされる。
 菊が厳しく眉を寄せて見せた。

「なぁにが『に゛ぁ』だ! シチューを冷して食べる事なんざ、キイトに教えんなよ! それこそ『悪い事』だかんな!」
「旨えっすよ?」
「猫舌の上に馬鹿舌か! 動物だらけで騒がしい……猫だけにしろ!」
「へへ」

 菊は、イチヤの悪い事――食事中に片肘をつき、箸で人を指す――を咎めずに、イチヤの猫舌だけを非難した。
 しかし、菊に怒鳴られてもイチヤは飄々としたもので、箸をくわえてキイトへと笑いかけた。

「キイト君。熱いものを食べられないのが猫舌。旨いかどうかわかんないのが、馬鹿舌。で、馬鹿って馬と鹿で表すさ。守護館は漢字とか使うんだよ、宮とは違うさ……ま、おいおい教えてやるからねー」
「……」

 イチヤが話すたびに、口にした箸がぴょこぴょこと動く。
 キイトは、この『悪い事』もすぐに真似た。手にした箸を咥えてみる。しかし今度は、菊がキイトの後頭部を大きな手で固定し、その箸を慎重に抜いた。

「子供が箸を咥えんな、後から誰かぶつかったら危ねぇだろ? それにイトムシなんだ口ん中大切にしろ!」
「……」

 菊はキイトが瞬きわかったをしたのを確認すると、自分たちの椀を覗き、慌てて言った。

「おっと! こっちの食べ頃を逃しちまう。キイト、手ぇ合わせろ……いただきます!」
「いただきます!」
「いただいてまぁーす」

 さっそくキイトは、菊直伝の飛びきり美味い食い方をしようとするが、汁をかけた白米は形を崩し、箸で掴めない。困って菊を見上げると、彼は椀に直接口を当て、かき込んでいる。なるほど。キイトは納得し、それを真似て椀に口を付け、箸で送った。熱い汁と肉のタレが口に広がる。

「どうだ、美味いか?」
「おうっ」

 その返事に菊が大声で笑い、ごんっと音を立て、椀を置いた。すでに空っぽだ。
 キイトは手を止め、まじまじと菊を見上げた。

「菊……ちゃんと噛んでいる?」
「いや、飲んでる」

 菊はそう言い切り、「真似すんなよ」とキイトの頭をガシガシと撫でた。
 そこへと、キイトが知らない館士兵がやって来た。

「おっす、菊は子育て中か! ……昨日、酒飲み過ぎちまってよぉ。食うだろ? 育ち盛り共」

 館士兵は持ってきた肉を、菊の皿の上に置いた。菊が笑顔で、肉をキイトの椀へと入れていく。

「沢山食えよ、キイト。イトムシの糸は血から出来てるかんな、血をがしゃがしゃ作れ!」

「そだぞー、イトムシの坊っちゃん。大きくなって、ヒノデちゃんみたいな別嬪べっぴんさんになれよー!……本当に惜しいなぁ、坊っちゃんオスで。ま! ヒノデちゃんに似ればいいかっ!」

「そうだ! ヒノデに似ればいいっ。沢山食べてヒノデになれっ」

「それがいい!」

 そう言い合う菊と館士兵に、イチヤが呆れたように苦笑した。

「期待重っ……」

 キイトはやっと口の中を片付けると、遅れたが、肉をくれた館士兵へと挨拶をした。

「おうっ!」
「お? いいねぇ、坊ちゃん。でもなぁ、強い男の挨拶ってのは、『押忍!』っだぞぉ?」
「おす」
「で、女はめす」
「めす」

 そこで様子を見に来たワッカが、館士兵の後頭部を思い切り殴った。
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